20 呪医のなりそこね
タスマのところでベアリスが話すところを見て、タスマからも話を聞いて今回の「往診」を終えた。
「ありがとうございます、助かりました。これで患者を助けることができる気がしてきました」
「おやおや」
タスマが心底呆れた顔で続ける。
「そんな頼りないことのために、私は企業秘密を先生にお見せしたんですかね? 気がするじゃ困ります、必ず解決する、そう言ってもらわないと」
「ええと、あの、はい、がんばります」
テイト・ラオはカリカリと頭をかいて恐縮した。確かにこれだけのことをしてくれたのは、タスマもベアリスを助けてやりたいと思っているからだろう。
「今の状況がいいことじゃないと私も分かってます。ですが実際に毎回楽になっている、その状態がいいと言われて、あれだけ信頼してくれているのにと正直困ってもいました」
「そうでしょうね」
タスマが正直にそう言ってくれたことでちょっとホッとした。もしもタスマが自分がやっていることが正しい、これを続けていけばベアリスが言うようにいつかは勝つ、それも近々と信じているのなら、ちょっと手出しがしにくいと思っていたからだ。
「まあ、ラオ先生がだめでも、その時にはキュウリル師匠もいらっしゃいますしね、気楽におやりになればいいんじゃないですか?」
「…………」
どうやらタスマは師匠の名前を出すことでテイト・ラオを焚き付けているつもりなのだろう。そうは思うがなんとももやもやしてしまう。
「私はね、元々は呪医になりたかったんですよ」
「え?」
「けど、その素質はない、そう言われてそれならと魔女になる道を選んだんです。ですから、まだ子どものラオ先生が呪医の後継者と聞いた時、そりゃもう色々と考えることになりました。まさかそんな子ども、しかも男の子が呪医ってとね」
タスマが言うように呪医の大部分は女性だ。その理由をテイト・ラオは聞いてはいるが、呪医になれずに魔女になるという話は初めて聞いたのものでかなり驚いた。
「さて、もうこれで恩は返したと思いますけどね。用が終わったらとっとと帰ってくださいな。私もまだ仕事がありますのでね。今日も札とお守りがたくさん売れてよかったよかった」
タスマはそう言うと立ち上がり、庵の扉を開けて外を指し示す。
「あの、ありがとうございました。必ずご期待に添えるようにがんばります」
「はいはい、いい報告を待ってますよ」
テイト・ラオはその足でクラシブの乳母の家へ向かった。もしかしたら帰りにベアリスが立ち寄る可能性があるが、その時には乳母の神経痛の薬を持ってきたということになっている。
幸いにもベアリスはいなかった。代わりにクラシブがいる。相変わらずのいい男だ。
テイト・ラオはタスマのところで見聞きしたことを説明し、乳母に一つ確認をとった。
「タスマさんはそんなにベアリスさんのおばあさんに似てるんですか?」
「ええ、似てると言えば似てますね。でも、そんなに瓜二つというほどではないように思うんですけど」
「話し方とか、何かのクセとかはどうでしょう」
「私はタスマさんをそれほどじっくりと見たことがないもので、そのへんはなんとも」
「あ、それなら聞いたことがあります」
クラシブが何かを思い出したようだ。
「初めてタスマさんのところに行った時、話をしていた時に何かの仕草が似てると言ってましたね。なんだったかなあ」
「ということは、見た目がどちらかといえば似ていて、その何かの仕草がベアリスさんの心にひっかかった。それであれほどタスマさんを信頼していると思っていいみたいですね」
「そうかも知れません。何しろタスマさんのところから帰ってきた時には、本当に幸せそうなんです。それで毎回、今度こそこれで終わってくれたかなと思ったら、また具合が悪くなるという具合で」
「ふむふむ」
テイト・ラオは乳母とクラシブから聞いたこともメモしていく。
「そういえば、こちらはタスマさんの庵とご自宅の真ん中あたりですよね」
「ええ」
「帰り道にここで具合が悪くなったことがあると言ってましたが、その時に何か特別なことがあったということはありませんか?」
「ええと、あの時は、どうでしたっけ……」
乳母が首を捻って考える。
「何しろ、ベアリスが少し気分が悪いと言ったものですから、あの、私慌てておめでたではないかと言ってしまって」
そういえば何かあったらすぐに言われるとベアリスが不満そうに言っていたなと思い出したが、そのことは言わずにおくことにする。乳母だって悪気があって言ったわけではないのだし、そのうち本当になるかも知れないことだ。
「そうしたら激しく怒り出して、また具合が悪くなった、このまま帰らずにもう一度タスマさんのところに行くと言って出ていってしまったんです」
「ふむふむ」
ということは、その時はもしかしたら本当にまた呪いにつかれたと言うよりも、乳母の言葉に不愉快に感じて不調になったということなのか。
「だとしたら……」
テイト・ラオはいつものようにペンの尻でカリカリと頭をかき、
「もしかしたら、うん、そういう可能性があるな」
と、口の中でつぶやいた。
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