18 一からずっと

 今のままタスマのところに通いたい。ベアリスのその意思は固そうだ。そしてその意思を支えているのは勝ちたいという気持ちからだということが分かった気がする。


「そういえば、最初にここに来たのはどういうことからでしたっけね」


 ふいにタスマが話を変えた。


「それは、私が街でタスマさんが占いをしてらっしゃるのを見かけて、それで相談をしたのが最初だったかと」

「ああ、そうでしたね」

「はい。あの頃、夜もあまり寝られなくて、何かがおかしいと思ってはいたんですが、どうしていいのか分からなくて夫にも乳母にも心配をかけるばかりでした」

「その他のご家族はどうでしたっけ」

「私の両親にも夫の両親にも、とてもそんなことは相談できません。それで乳母に調子が悪いとは言ってましたが、その、相談しても、あの」


 ベアリスがちょっと恥ずかしそうに一度小さな声になってからまた続けた。


「夫の乳母は、私のもう一人の親のようものなのですが、私が具合が悪いと言うと、すぐにおめでたではないか、赤ちゃんができたのではないかと言うもので、もう恥ずかしくて相談できなくなったんです」


 なるほど。既婚の女性が不調だというと、そう思う気持ちも分からないではない。


「ああ、そうでしたね。それで一人で悩まれていた時に、街で私を見かけて占ってもらいたいと言ったのが出会いでした」

「ええ、そうでした。ですが、どうしたんですか、今からそんな前のことに戻って」


 ベアリスは不思議そうにそう尋ねたが、テイト・ラオにはタスマがこれまでの経過を伝えるためにベアリスとそんな話をしてくれているのだということが理解できた。


(感謝しないとだな)


 メモを書きつけながら、そのことも小さく書き添えておく。


「最初はなんとなく気分がすぐれない、そういうことからでしたね」

「ええ」

「その時は軽い呪いが一つぐらいだったので、守り札と腕につけるビーズ飾りだけですぐに祓えた」

「そうでした」

「その後、まるで相手がこちらが対抗する力を身につけたのを知ったように、どんどんと新しい呪いを送ってくるようになってきた」

「その通りです」

「そして今ではもっとあっちこっちから攻撃を受けるようになってしまった」

「そうなんですが、さっきも言いましたが、それももうすぐ終わると思います。だって、これだけ何度も攻撃を跳ね返してるんですよ、あっちだってそろそろ疲れてきてるはずです。諦める人だって増えるでしょうし、何より夫は私を大事にしてくれてるんですから、そんな人たちに負けません」


 ベアリスはそう言って満面に笑みを浮かべたが、その笑顔がなんだか痛々しい。


「そうおっしゃってましたね」


 タスマも少し悲しそうにそう言った。


「それで最初は1枚だった守り札がどうしてこうやって増えていったんでしたっけ」

「あの、どうして今日は一からそんな風に今までのことを辿たどられるんですか? もう全部ご存知のことばかりなのに」


 ベアリスが不審そうな顔になる。


「ああ、簡単なことですよ。残りの戦いを順調に進ませるために、見落としがないか、もう一度見直しているんです。勝つために必要な作業ですよ、もう少しですしね」

「まあ、そうなんですね」


 おそらくタスマはテイト・ラオにこれまでの経緯をベアリスの口から直接聞かせてくれようとしているのだろう。それをうまく進ませるために、あえてベアリスの気持ちに沿った言葉を並べてくれたのだろう。


(本当に感謝しかないな)


 おかげでテイト・ラオは初診の患者にする作業をここでやらせてもらえている。


「ええとですね、そうです、最初はずっと1枚いただいてたんです。それから色々なお守りのアクセサリーと魔除けのハーブと、私が心安らかに休めるようにと精神安定のためのハーブ茶を」


 テイト・ラオが患者に処方しているのとほぼ同じ内容だ。師匠の守り札が強力なのでアクセサリーはないが、効果は違うものの、軽い呪い程度ならそれで大丈夫な気がする。テイト・ラオはタスマがいい加減な仕事をしていなかったことも確認できてホッとした。


「それが、一度それですっきりしても、数日するとまた同じ状態になる。それでもう一度こちらに伺うと、また新しい呪いがついていた。それを繰り返しているうちに、段々とあちらの攻撃が強くなってきて、御札やアクセサリーがこんな風になるようになってきた」

「そうでしたね」


 事の経緯はおかげですっかり理解できた。


 やはり間違いはない。タスマの処方は間違えてはいなかった。人の魔女としてはこれができる精一杯だろう。自分の処置とほぼ同じような感じだとテイト・ラオは理解できた。


 呪医の自分と人の魔女のタスマ、診断結果は同じだがタスマはその処方を全部自分で準備して、テイト・ラオは魔法の力がない部分を師匠やその他の人から仕入れて補う。


(元は人と言ってもタスマさんはタスマさんで、ここまでかなりの努力と苦労をして、その力を手に入れてきたんだろうなあ)


 師匠のキュウリルがあまりに強い本物なために、なんとなくタスマを下に見ていた自分のことをテイト・ラオは深く反省していた。

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