17 愛は勝つ
タスマはベアリスからだめになってしまった守り札を受け取る。
「またいつものように処分しておきますよ」
「ありがとうございます。それで、あの、また新しいのをいただきたいんです」
「いいですよ、今回は何枚ぐらい入り用でしょうね」
「いつもと同じぐらい」
ベアリスはそう言ってから少し首を傾げ、
「いえ、その倍いただいても?」
となんとも軽い口調で言う。
「ということは20枚ですか」
「はい」
(おいおい、20枚って……)
その枚数の多さに思わずテイト・ラオは声をかけそうになってしまった。
普通、こういう守り札は出しても1日1枚までだ。最近よく来る若い娘さんには7日で1枚で出しているが、それで充分に効果を発揮している。それを1回に10枚も出すなんて、いくらタスマの守り札がキュウリルの守り札とは威力が違うといっても、大抵の軽い呪いぐらいなら、1日1枚でなんとかなるのではないか?
(それに一体いくらぐらいになるんだ)
テイト・ラオは値段のことも気になった。師匠のキュウリルに言われて今は1枚2カール計算にしているが、ミユーサはタスマのこういう相談は3カールだと言っていた。
(守り札代は相談料全部の半額として1カール500ツァイス、それを20枚で30カール、いくらかまとめ値引きがあるとしてもかなりの額になるぞ。それを何回繰り返してるんだ?)
思わず計算をしてしまう。
ベアリスは大商会ボガト家の長男の妻で、自由に使える金はそこそこあるのだろうが、今までに果たしてどのぐらいの金額を注ぎ込んでいるのだろう。
「最初は1枚でしたよね」
テイト・ラオの思考をタスマの声が止めた。
「それが、こうなってしまうということで枚数を増やして、今度はそんなことに。このまま増やしていっても同じことを繰り返すだけになりはしませんか?」
ごくごく当たり前、冷静なタスマの言葉だ。
「そんなことを言わないでください……」
ベアリスが消え入りそうな声でそう答える。
「私はタスマさんのことしか頼れないんです。守り札だって、ちゃんとそうして私の身代わりになって守ってくれてます。だから、お願いですから守り札と、それから身につけるアクセサリーとか魔除けのハーブもお願いします」
ベアリスがそう言って、今度は紙に包まれた何かを取り出した。
紙を開いて見せたもの、それはビーズで編まれたアクセサリーのようだったが、やはり守り札と同じように変色し、ちぎれたり変形したりしている。
(お守りのアクセサリーまであんなになるのか)
確かに呪いに対抗した守り札やお守りはそうなることがある。それは確かに身に着けた者を守っている証拠とも言えるだろう。
(だけど、さすがにあそこまでになったのは、少なくとも僕は見たことがない)
一体何がどうなっているのだろう。考えてみてもこれまでの症例やデータでそういうのは見たことがない気がする。
「それは、欲しいとおっしゃるならいくらでも出さないことはありませんよ」
タスマの言葉にテイト・ラオが現実に引き戻される。
「ですが、正直に言ってしまいますとね、このままでいいのだろうかとも思います」
「どうしてです! 私がこのままでいいって言ってるんです! 今のままがいいって!」
ベアリスは必死にタスマに訴え続ける。
「それは、確かに呪われたら心も体もつらいです。でも、それをはねのけたらすごく楽になって、また一つ勝てたなという気持ちになれます。こうして、私を
ベアリスは真剣にそう信じているようだが、タスマにもそれは違うと分かっているようで、少し困った顔をしている。
(ましにはなってないもんなあ、どう話を聞いてみても)
確かに多人数からの呪いというものはある。それを一つずつ潰せばいいというのも正論だ、そういう方法はある。
(だけど、ひどくなってる一方じゃないか。なんでベアリスさんはそれに気がつかないんだ)
テイト・ラオがそんな風に考えているすぐ目の前で、ベアリスは必死に訴え続けている。どれだけ自分が今の状態に満足しているか、日々充実しているか。
「本当なんです。だから、このまま続けていけばいつか勝てます。ええ、勝てるんです! 私の愛がそんなくだらない
何度も出てくるその単語がテイト・ラオは気になってきた。
(勝つ、勝てる、何回もそう言ってるがなんでそんなに勝つことにこだわるんだ?)
なんとなくおぼろげに何かが見えた気がした。
ベアリスは「何か」に「誰か」に勝ちたがっている。
(つまり、今はまだ負けていると思っている?)
もしも呪いがつらいと言うのなら、少しでも早くその苦痛を取り除いてもらいて楽になりたい、そう思うのが人情だろう。テイト・ラオの診療院に来る女の子たちもそう訴えてくる。
(だけどベアリスさんはそうではない気がする)
勝つためなら苦痛に耐える。それを喜んでいるようにすら見える。
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