16 割れた守り札
それからしばらくは他愛のない世間話をベアリスはタスマとしていたが、ふいにタスマが、
「そういえば、おうちの方はあなたがそういう状態になるのに、何か言ってないんですか?」
と聞いた。
「いえ、心配はしてくれてます。夫も乳母も本当に大丈夫なのか、タスマさんではなく呪医のラオ先生や、いっそ思い切って魔女キュウリルのところにでも行ってみたらって」
「ほう、そうなんですか。それで、あなたはどうしてそうしないの?」
「え、だって、タスマさんのところに来たら治るんですから、どうして他に行く必要がありますか?」
ベアリスはきょとんとした表情でそう答える。
「まあ、あなたが楽になるのなら、私はできることをさせてもらうだけなんですけどね。でも、あまりに繰り返しているから、そのことでご家族が私のところに来るのに不信感を持ったりされてないかと思いましてね」
「ああ、それですか」
ベアリスが困ったような顔になるのは、夫のクラシブと乳母がそういうことを言っているからだろう。
「ごめんなさい、確かに言われてます。そんなに何度もそんな状態になるのは本当の意味で治ってはいないからだって。でも私、分かってるんです」
ベアリスはギュッと一度唇を噛み締める。
「これは呪いなんです。夫に憧れていた女性たちが、私に対しておまえみたいにつまらない女、クラシブにふさわしくない女がなんでと、そういう気持ちを向けてくる。それがあまりにたくさんの人たちなので、だからタスマさんが
どうやらベアリスは本気でそう考えているようだ。
(一理はあるけど、だったらそれはそれでもう呪われないように守るって方法が必要になってくるんだけどなあ。タスマはそれはやってないってことか?)
「私ももう新しい呪いに取り憑かれないように
「そうなんです、それは私も困ってます。でもそれは、タスマさんの守り札が効果がないわけじゃなく、あまりにしつこい攻撃に耐えかねて壊れてしまうからだということも分かってます。ほら」
ベアリスがそう言って懐から何かを取り出した。
(うわっ、あんなになってるのか)
テイト・ラオは思わず声を出しそうになったのを必死でこらえた。
ベアリスが取り出した守り札、元は木の色をした
守り札は薄く削った木に守りの呪文を書きつけたものが多い。師匠キュウリルの守り札も同じ形をしている。ただ違うのは、書いてある文字とそれが持つ力だ。
キュウリルの札は一体何が書いてあるのかを読める者はほとんどいない。いくら勉強をして読もうと思っても、無理なのだ。文字そのものに魔法がかかっているため、読んでもいいと許可された人間、もしくはその魔女より強い力を持つ者にしか読むことはできない。
もちろん、その文字を勉強して理解した上でのことだ。テイト・ラオはキュウリルに付いて勉強した上で、キュウリルが読んでいいと許可してくれているので読むことができる。
(だから大したこと書いてないんだよなあ、師匠の守り札)
今一番よく使用している「軽い呪いに効く守り札」には、キュウリルの魔法の文字で本当に「軽い呪いに効く守り札」と書いてある。
(だから何を書いてるのかと聞かれても本当のことを言うわけにもいかない。だってありがたみがなくなるじゃないか、かっこわるいし)
常々師匠に「もうちょっとそれっぽい言葉とか書いてもらえないか」と頼んではいるのだが、
「そんな必要どこにあるのよ、こんな簡単な守り札に。それにそう書いてあった方があんただって何の札だったかなーって迷わずに済むってもんじゃない」
といつも却下されてしまう。困ったものだ。
タスマの守り札にもそれっぽい文字を書いてあったが、正直読めなかった。だが師匠の守り札とは違い、文字に魔法がかかっているからではない。文字をオリジナルで崩しているからだ。テイト・ラオが習った魔女の文字ではないことは分かる。
(だからもしかしたら師匠と同じ文章を書いてある可能性もあるが、どっちにしても大した力はなかった)
買って試してみたところ、確かに少しぐらいは力があることは分かった。その意味では「守り札」と名乗ってもいいだろうと思ったのでそのままにしてあるが、もしもただの板切れだったら、その時はそれこそインチキはやめろと言っていただろう。
(そのわずかばかりの力があるから、あんな風になってしまってるってわけだな)
もしもただの板切れだったら、呪いがあっても何も変化はなかったと思う。
(つまり、その弱い力を持つ守り札をあんなにしてしまうだけの何かがあり、それがベアリスに悪さをしている。それはどうやら本当ってことなんだな)
テイト・ラオは心の中で「ふむふむ」と言いながら、薄明かりの射すタペストリーの中でメモに色々と書きつけていく。
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