15 授業参観

 テイト・ラオが感心している前でタスマは続ける。


「だから、何回お越しになったとしても、それで満足なさったら、それでいいという部分もあります、正直ね。そういう若いお嬢さんも多いんですよ、おばあちゃんに話を聞いてもらってるみたいで気が楽になる、また来ていいかって。こういうのって男性が若いお嬢さんのいる店でいっぱいひっかけるのと同じ、そういう感じにも思えませんかね? 先生もお若い男性なら経験おありでしょう?」

「え!」


 いきなりそう振られても困る。


「い、いやあ、どうでしょう。僕はあまりそういうお店には行かないもので……」

「あら、それは失礼いたしました」


 またタスマはほほほほと笑う。


「ですがまあ、そういうことなんですよ。たった数カールでお話をして楽になるんなら、それを聞いてあげるのが私の仕事。ですが」


 タスマは少しキュッと表情を引き締めた。


「もしも、そうではないとするなら、それはなんとかして差しあげないと気の毒です。それに私も、ヤブ医者のように治せもしない治療でお金を取り続けてる、そう思われるのも面白くはないですしね」


 にこやかだが、おまえそう思ってここに来ただろうと言われてるようで、テイト・ラオは恐縮するしかない。確かにそういう気持ちがないではなかった。


「ただ、どう思われたとしても、お客の秘密は話せません。たとえ、それがどんなに小さなことと思えることでもね。お分かりになりますよね?」

「は、はあ、それは確かに」


 タスマの言うことはいちいちもっともだと言わざるを得ない。


「ですが一宿一飯いっしゅくいっぱん恩義おんぎ、先生が私のやりかたを学びたい、研究したいということでしたら、一度ぐらいなら見学させてさしあげてもよろしいですよ」

「えっ!」

「ただし、一度だけです。どうしても勉強する必要がある、そうなんですよね?」

「は、はい、そうです!」

「では、今日のお昼ご飯が授業料ということで、これで貸し借りはなしです」


 この申し出を断ることはできない。


 ということで、「たまたま次に来られるお客様」の見学ができることになった。


「ちょうど午後から一人ご予約の方がいらっしゃいます。来られたら声をかけますから、そのへんに隠れておいてください」


 タスマはそう言って色々な物が飾られている壁の一部にタペストリーを1枚吊り下げた。


「その影だったら見学してるのは分からないでしょう」


 確かに雑多な物に色とりどりのタペストリーが溶け込んでおり、人が一人ひそむだけの空間があろうとは思えそうにない。タペストリーと雑貨の隙間からうまく外が見えるが、見ていても気がつかないだろう。そんなカオスな空間が作り上げられていた。


「そろそろいらっしゃいますよ、動かないでくださいね」


 言われてじっと待っていると、やがて待ち人がやって来た。


「こんにちは」


 そうとだけ言って慣れた様子で入ってきたのは、ごくごく平凡な二十歳前後の女性だった。背丈も横幅も平均ほどだろう。赤っぽい茶色い髪を若奥様風にひとまとめにし、鼻のあたりに少しそばかすがあるのが分かるが、顔立ちもいたって平凡、特筆するようなことは特にない。だが、その雰囲気はかなり重く、顔色も真っ青を通り越して土気色つちけいろだ。


「いらっしゃい、今日はどうしたの?」

「ええ、それが……」


 名乗りもせずいきなり何があったかを話し始めたが、これが本当にベアリスなのだろうか。テイト・ラオは少し不安になってきた。


 入ってきた女性は自分の今の状態を色々と話し続ける。今日は頭痛がしてここ数日ずっと悪夢を見る、普通に歩いているのにいきなり何かにつまずいて転び足元を見たけど何もない。背後から誰かにいきなり髪をつかまれた。知らない女の声で怒鳴りつけられた。色々なことを並べるが、確かにテイト・ラオでも誰かの呪いだろうと診断するだろうなと思うことがずらっと並べられていく。


(確かに呪いっぽいなあ。だけど、なんか変だ)


 このあたりは勘でしかないのだが、どうも普通の呪いとは違う感じがする。


(なんだろう、何が違うんだろう)


 普通に精神的な病状ともまた違う。だけど普通の呪いとも違う。


(新種の呪い?)


 もしもそんなものがあるとしたら、これは自分にもちょっと対処できないのではないか。そんなことを考えていると、女性は話すだけ話して一段落したようだ。


「なるほどね、今日もまた色々と並んでるねえ」


 今、タスマは「今日も」と言った。ということは、ずっとこの状態が続いてるのか?


(そうだとしたら、やっぱりそれは普通じゃないだろう)


 人の魔女であるタスマにとてもどうにかできる状態じゃないと思う。


「そうなんです」


 女性は深いため息をつくとこう続けた。


「どれもこれも、夫が素晴らしい人すぎて、その妻になった私にねたみの心を向ける人のせいなんだと思います」


 この言葉でやっと、テイト・ラオはやはりこの女性がベアリスだと思うことができた。


「でも、タスマさんのところに来ると、みんな逃げるので楽になります。ありがとうございます」

「いえいえ、私でお役に立てるのなら、そんなうれしいことはないですよ。さあお茶でも」

「ありがとうございます」


 女性は来た時とは全く違って晴れやかな笑顔を見せた。

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