13 繰り返す症状

 テイト・ラオはクラシブと乳母から一通り何があったかを聞いた。


「確認したいんですが、奥様、ベアリスさんは魔女のところから帰ってきたら気分がいい、そう言ってるんですよね」

「はい」

「それで、何回も症状がぶり返すことについては、何かおっしゃってましたか」

「何かとは何を?」

「例えば、いつまでたっても治らないことを変だと思うとか」

「いえ、それは全く」

「それでなんです」


 乳母がクラシブの横から身を乗り出すようにして続ける。


「そんなにいつまでも治らないのはおかしいのではないか、治った気になってるだけなんじゃないか、そう言ったんですが、本人は魔女タスマのところがいいと」

「ふむふむ」


 テイト・ラオは書きつけながら、すっと顔を上げると、


「それはやっぱり、タスマがおばあさんに似てるからということだと思いますか? それとも他に何か理由がありそうですか?」


 そう聞いた。


「他に理由ですか」


 クラシブが首を捻る。


「おそらくおばあさんのようで親しみやすいからだけだと思います。特にラオ先生に何か思うところがあるとか、そういう事情ではないかと」

「そうですか」


 テイト・ラオはそのことも書きながら、やっぱりちょっとホっとする。だって、嫌われたり怖がられたりが理由じゃない方がやっぱり気持ちがいい。


「じゃあ、もう一人の魔女、キュウリルのところに行かなかった理由はあると思いますか」

「それはやっぱり、怖かったからじゃないかと思います」

「ふむふむ」


 それはそうだろう。同じ魔女でもキュウリルとタスマではやはり重みが違う。いきなり師匠キュウリルのところに行くのはさすがに敷居が高くて当然だ。それに、なんといってもタスマは町中で見かけることがあるのだから、尋ねやすくて当然だ。


「でも、いくら親しみがあるからって、いつまでも症状が治らないとやっぱり他に行こうとは思いますよね」

「はい、そう思います」

「そうは思わないほど行ったら楽になる、だから繰り返し通ってたいうことになりますか、じゃあ」

「はい」


 テイト・ラオはう~んと頭を抱えてしまった。


(おかしいよなあ)


 右手の人差し指でおでこをとんとんと叩きながら考える。


(いくら信頼してるからって、何回もぶり返してたら、やっぱり普通はよそへ行った方がいいんじゃないかと思いそうなもんだけど、なんでベアリスさんはそこまでタスマにこだわるんだ?)


「何回ぐらい通いました?」

「回数ですか」

「はい」

「20回は行ってるかと」

「ふむふむ」


 メモを取りながらやっぱり疑問符で頭がいっぱいになる。


(20回も通って完治しない。だけど通う。その理由は一体なんなんだ?)


 考えても考えても分からない。ふと、頼りがいのある助手の顔が浮かんだ。


(ミユーサなら何か思い浮かぶのかなあ)


 何しろ女心が分からないと普段からこてんぱんに言われ続けている。ということは、女心が分かる人ならベアリスの行動の理由が分かるかも知れないじゃないか。


「あの、クラシブさんは奥様がどうして今もタスマのところに通い続けているか、他に何か心当たりはありますか?」

「いえ、色々と考えてみたんですが、一向に分かりません」


 テイト・ラオは目の前の色男の顔を見ながら、じゃあ女心が分かる分からないは関係ないんだろうかと考えた。考えてはみるが、やっぱり何も浮かばない。


「あの、よかったら奥様にお会いできませんかね」


 これはもう本人に会ってみるしか解決策はなさそうだ。


「ですが、本人が先生のところに行くのは嫌だと言っているもので」

「ええ、ですから診察ではなく、何か理由をつけてお会いしてみようかと」

「お願いできますか!」


 乳母がさらに身を乗り出してそう言った。


「なんにしても一度お会いしないとこれ以上のことは何も分からないと思います。できるなら、タスマのところででもお会いできたらいいんですが、次にいつ行かれるかとか分かりますか?」

「ええ、それなら分かります。明日の午後行くと言ってました」

「じゃあ、僕も明日の午後、何か理由をつけてタスマのところに行ってみます」

「よろしくお願いいたします」

「先生、ベアリスを頼みます」


 クラシブと乳母にそう頭を下げられ、今回の特別往診は終了となった。

 

「で、明日の午後からは臨時休診ってことなんですね」

「うん」


 ミユーサは眉をくしゃっと寄せるといかにも気にいらないという顔になる。


「大丈夫なんですか?」

「何が?」

「魔女タスマですよ。腐っても魔女なんですからね、えらい目に遭ったらどうするんですか?」

「うーん、それはまあ、ないんじゃないかと思うけどなあ」

「知りませんよ、先生に商売の邪魔されたと思って恨まれても」

 

 確かにタスマにしてみれば、ベアリスはリピーターとしていいお客だ、そう考えたとしてもおかしくはない。


「でもまあ、なんでそんなにタスマにこだわるのかは気にならないことはないです」


 どうやらミユーサにもベアリスの女心はよく分からないらしい。


「あたしだったら、一回で効き目がなかったと思ったらとっとと他に乗り換えますしね」


 非常に合理的な意見だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る