12 全治7日

「それで、魔女タスマのところへ行って、その症状は治まったんですか?」


 医者としてはそこが一番気になるところだ。本当に呪いがあったのか、それともベアリスがそう思い込んだだけなのか、もしくは他のことが原因で不調を感じているだけなのか、それを見極めるのが呪医としてのテイト・ラオの役目であり仕事なのだから。


「本人は楽になる、治ったとそう言うんですが」

「違うんですか?」

「いえ、そういうわけでも」

「ということは、効果はあったというわけですか?」


 テイト・ラオの質問にクラシブと乳母が顔を見合わせ、こう答えた。


「あるにはあるんだと思います。帰ってきたら顔色も良くなって元気になってますから。ですが、すぐに効果がなくなるんです。それでそうなるとタスマさんに会いたい、そう言ってラクカタの森に行きたがるという感じです」

「ふむふむ」


 テイト・ラオはメモを取りながら心の中でこうつぶやいた。


(一番面倒なやつだ~)


 テイト・ラオはペンの尻で頭をカリカリとかく。


 そもそも「治る」という言葉の受け止め方が違うのだ。呪医が患者を「治す」というのは、肉体的に病気に負けている状態であれば、それを取り除き体調を整えることを言うし、呪いならば呪いを解く、または呪われない状態を作るところまでやって初めて「治した」と言えるとテイト・ラオは思っている。

 根本から病気の原因を取り除かずとも一時的にましになることはある。だがそれは、病気が肉体の中で隠れているだけで、体力が落ちたり病気の方が強くなったらまた症状として出てきてしまうので、正確には「治せた」とは言えないだろう。


 病の中には治らない病、不治の病だってある。その時にはそう診断をつけたら、少しでも生きていくのを楽にする手伝いをする、もしくは命尽きる時までできるだけ苦痛を取るなどの努力をする。少しでも生を充実させること、それこそが医療だともテイト・ラオは信じていた。

 それが病気の種のせいでも、呪いや何かの障りでも、それを取り除くことで健康と言える状態まで持っていって初めて「治った」のであり「治せた」のだ。「治せない」病以外では、そこまで持っていって初めてそう言える。


(だから、一時的に治っても何度もぶりかえす状態の時は、やっぱり治ったとは言えないんだよなあ。だけど、祓っても繰り返し呪われてるって可能性もあるから、そこを見極めないと)


 病の種による不調より、呪いやさわりの方がそういう状態になりやすい。なのでそこを見極めるのが「めんどくさい」のだ。


「ええと、ですね」


 とりあえずどこからどう手をつければいいのかと、テイト・ラオはまた頭をかく。


「治ったとおっしゃってもすぐ元に戻ってしまうということですが、そもそもどういう状況になるんでしょう」

「はい、胸が苦しく、頭がぼおっとして、ずっと誰かに見られている。時には針ででも刺されているようにあちらこちらが痛くなる。そんな状態だとか」

「ふむふむ」

 

 これだけでは本当の呪いかどうかはまだ判断できない。思い込みとか、女性の場合は血の道の障りからでもそういう状態になることも結構ある。


「それで、魔女タスマではどんな治療、じゃなくて、処置を受けてるんですか?」

「はい、まずは守り札をもらってます」

「ふむふむ」

 

 あの効果がない守り札かなとテイト・ラオは推測をつけた。


「それから身につけるお守りを」

「守り札以外にですか? どんなものを」

「主にアクセサリーですね、色とりどりの可愛らしい物が多いです」

「ふむふむ」

 

 この間タスマの家に行った時に転がっていたものを思い出す。あれも効果はなさそうだったが、思春期の少女の恋煩いなんかには結構効き目があったりもするものだ。


「それから?」

「はい、ハーブティーとか、なんだか家で燃す草みたいなものももらってます」

「あ、それから家に飾る魔除けもいただいていましたね」

「ふむふむ」


 いかにも、な処置をやっているのは分かった。


「行く時に不調でも、帰ってきた時は元気なんですね」

「あ、はい、そうです」

「それで、大体その元気なのはどのぐらい続いてます」

「えーと、その時によって違いますね」

「ええ、魔女のところからの帰り道に、気分がいいからとうちに寄って、そこでまた気分が悪くなったなんてこともありました」


 乳母の家はタスマの家と新婚夫婦の家の中間辺りだそうだ。


「そういうこともありました。でも、何日も元気なこともあります。そんな時は今度こそ元気になったかとうれしくなったものですが……」


 クラシブはそう言って暗い顔になる。


 無理もない、そんなことを繰り返していたら、それはそんな顔にもなるというものだろう。


 原因が分かっても、速攻取り除くことは極力しない。今の恋の呪いを受けた若い娘たちにも、大体7日の処方をしている。割と軽い症状なので、そのぐらいの日数をかけてゆっくりじっくりと治すようにもっていっている。

 もしも、キュウリルにもっと上の強さの守り札を出してもらったら、速攻で祓えるかも知れない。だが、そうすると、やはり色々と負担もかかる。早ければいいというものでもないのだ。あのぐらいの症状は「全治7日」そのぐらいが一番適度な日数だ。

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