7 呪いのタイプ

 タスマの所から帰る道々、テイト・ラオはあることに気がついて、確かめることにした。


「えっ、あたしですか?」

「そう。ミユーサはそういう異変とか何か感じてないのかなと思って」


 ミユーサは実は恋多き女性だ。見たところはそれほどの美女ではない。かわいいと言えなくはないが、どちらかというと個性的と言った方がいいだろう。ちょっとくしゃっとした顔に目がきょろっとして愛嬌がある。

 そしてその物言いは、テイト・ラオに対するのと同じ、ズバズバと直球を投げまくるというものなのだが、その直球が気持ちいいという男が次から次へとミユーサに寄ってくるもので、いつも順番待ちが列を作っているような状態だ。


(お好きな方にはたまらないってやつだろうな)


「せんせ、なんか言いました?」

「いや、なんにも!」

 

 テイト・ラオは急いで首を振って否定するが、ミユーサは「見逃さなかったわよ」という視線でじろっと雇い主を睨みつけた。


「ま、いいです。そんで、異変ってなんのですか?」

「うん、ここに来る娘さんたちみたいなことだよ」


 テイト・ラオは話が元に戻ったことに感謝した。


「ああ、呪いとかそういうの?」

「うん」

「ないですね」


 きっぱり。


「たとえば悪夢を見るとか、金縛りにあうとか、どこからか視線を感じるとか、そういうの全然ない?」

「ないですね」


 ばっさり。


 テイト・ラオはこの心強い受付兼処方箋窓口係うけつけけんしょほうせんまどぐちがかりの顔をじっと見て、なんとなく納得。


「ふむふむ」

「なんです、人の顔見て診察する時みたいに」

「いや、そうなんだなと思って」


 呪いというのは確かに存在する。そしてその呪いにもいくつかタイプがある。


 まず最初は「呪いをかけていることを相手に知らせて初めて成立するタイプ」だ。これは例えばこんなこと。


 まずは呪いをかける相手にそのことを宣言する。


「おまえの鼻は今から7日後には上を向いていることだろうよ」


 どういうことかと言うと、今から7日後、お前は命を落として棺桶の中で上を向いているだろう、という意味らしい。普通に寝ても上を向いてる人間はいるのだから、もうちょっと分かりやすい言い方をすればいいとも思うのだが、とにかく定番のセリフの一つのようだ。


 それを聞いた人間が呪いをかけてきた相手を恐れ、殺されると思い込むことで、しばしばその呪いは成就する。人間の思考というのは時に肉体にも影響を与えることがある。実際にはどこも切ってないし血も流れてもいないのに、「おまえの手首から血が流れている」という暗示を与えることで、本当に命を落とすなんてことすら可能だ。


「だから、気持ちの問題なんだよな」


 そんな呪いあるものかと振り切ってしまえば、その呪いは無効だ。


「信じてもらうことで成就する呪い、それがまず最初のパターン」

「何言ってんですか?」


 テイト・ラオはぶつぶつつぶやきながら考えを整理する。


 次が「本当に呪いがかかるタイプ」だ。これは「呪いなんてあるわけない」と思っている人間にも影響を与える。例えば、師匠のキュウリルなどは、やろうと思えば本当にやれる、それだけの力がある。もっとも、タスマはどうだかは分からない。何しろは元は人で、努力の結果の魔女なのだ、ちょっとしたまじないや守り札(これすらあまり効果はなかったが)作りぐらいはできるだろうが、


「せいぜいあるのは最初のタイプ、宣言する呪いにもってく話術ぐらいだろう」


 と、テイト・ラオは考えている。


 最後は「霊の仕業」になる。これはなんらかの恨みつらみ、心残りなどのある死者の魂がこの世になんらかの影響を与えるタイプだ。


「でも、今回の呪いには死者の感じはなかったんだよな。だから、生きてる人間の想いが影響を及ぼしてると僕は診断をつけ、それに合った処方をした」


 キュウリル師匠の一番弱い「軽い呪いに効く守り札」、あれで大部分は大丈夫だろうと思った。なぜなら、この近辺にキュウリル以上に強い力を持つ魔女はいない。というか、もうちょっと範囲を広げて見てみても、いるのは大部分がタスマ級の魔女、つまり「努力型魔女」だ。キュウリルのような生まれついての魔女はいないとキュウリル本人が言っていた。


「絶滅危惧種だからね、あたしらみたいな魔女は」


 ある時、キュウリルはふうっとため息をついてそう言ったことがある。


「今では新しい魔女が生まれるなんてこと、めったになくなっちゃったのよ。だから新しい魔女が訪ねて来たらできるだけ力になって、立派な魔女になれるように手伝ってはあげてるつもりだけど、それでも続かないのが多くてね」


 ポツリとそう言っていた。

 

 魔女が続かないというのはどういうことなのかとテイト・ラオは思ったのだが、なんだか聞ける雰囲気ではなかった。そしてなんとなく分かった気がした。おそらくは、続かない魔女は消えていっているのだろう、そう思ったからだ。


「まあね、その代わりに人の魔女は結構増えてる。それはそれで魔女というものが忘れられないのはいいんじゃないかと思ってる。それからあんたみたいな呪医ね。これも魔女より少ないしめんどくさいけど、いていいんじゃないかと思う」

 

 と、なんだか八つ当たりみたいな言われ方をしてその時の話は終わった。

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