6 正義と女心

 テイト・ラオは師匠ではない魔女、タスマに会いに行ってみることにした。自分が診療代を値上げしたら、おそらくそちらの「お客」が増えているだろう。


「ということは、データがたくさん集まっている可能性がある」


 ラクカタの森の入口近く、小さないおりを訪ねると、中からタスマが出てきた。小柄な老女で、顔には深い笑いじわがある。少し丸くなった背中のためにより小さく見えるが、その小ささがなんとなくかわいらしさと親しみを感じさせる。


「これはラオ先生、今日は一体どうなさいました」

「お忙しいところをすみません、ちょっとお聞きしたいことができまして」

「さいですか、むさ苦しいところですがどうぞ」


 案内されて中に入ると、そこにはいかにも魔女の道具というものがずらりと並んでいた。にかけられた鍋には何か薬草が入っていて、むっとした臭いをくゆらせながらグツグツと煮込まれている。壁には色々な植物が干してある。乾燥したトカゲやなんだか分からない動物の骨のようなものが転がり、それらと混じって色とりどりの光る小石や手作りのお守りらしき物も見える。そういえば、以前テイト・ラオが購入したことのあるあまり効き目のない守り札も相変わらず健在のようだ。


 勧められるままに椅子に腰をかけ、タスマと向かい合って座る。


「それでお話とは?」

「単刀直入に聞きますが、こちらに恋の恨みを受けた若いお嬢さんがよく来るようになりましたか?」


 ズバリと聞く。


「それは、お答えできませんねえ、申し訳ないですが」

「どうしてです?」

「守秘義務」


 タスマはその見た目からは出てきそうにない言葉を口にした。


「相談事に来る人の話の内容を外にもらすわけにはいきません」


 言われてみれば納得だ。テイト・ラオだって患者の秘密を誰彼構わず話して回ることはしない。


(しまった、一言で納得してしまった)


 これではデータを集めることはできそうにない。さて、どうしたものか。


「ええっと、ですね」


 なんとか言葉を探して話を続ける。


「それじゃあ、僕のことを見てもらえますか?」

「ラオ先生のことをですか?」

「ええ、誰かに恨まれてるとか、呪われてるとか、そんな気配ありますか?」


 タスマの客になれば何か話が聞けるかも知れない。必死に絞り出したのがそういう考えだった。


「先生がねえ」


 タスマは胡散臭そうにテイト・ラオを見ると、ちょっと冷たい口調でこう聞いてきた。


「だったら、お師匠のキュウリル様に聞いた方がいいんじゃないですかね、何しろお力のある魔女でいらっしゃることですし」


 テイト・ラオがタスマのところで守り札を買ったことでキュウリルがへそを曲げたように、タスマもその後で守り札を買わなくなったことが気にいらなかったようだ。


『だから先生は女心が分かってないって言うんですよ、無神経って言うか無頓着むとんちゃくって言うか、デリカシーがないって言うか』


 前にミユーサに言われた言葉が蘇ってグサグサと心臓を刺す。


 同じ医療従事者、かどうかは分からないが、似たような仕事をする者同士、てっきりタスマも自分の言葉を聞いたら同じように気になることがあり、協力してくれるものとばかり思いこんでしまっていた。


 どうしたものかと考え込んでいると、タスマが楽しそうに笑う。


「お客のことは話せませんが、理由によったらお力になれることもあるかも知れません。話を伺ってもよろしいですか?」


 どうやら下手な小細工はせず正直に話せということらしい。よかった、なんとか話を聞いてもらえそうに思える。


 ということで、最近はどうも恋の呪いを受けたという患者が増えたことを素直に話し、それからついでに、


「僕のところに患者が増えたのは、どうも診療代が安かったかららしいんです。だから、決して僕の方がキュウリル師匠やタスマさんよりも頼れるとか、そういうことでうちに来てるわけではなくてですね、それだけお金をあまり持ってないまだ若い娘さんの間ではやってる症状みたいなんで、それでそちらはどうかなとお聞きしたくてお邪魔しました」


 と、患者が自分のところに来るのはあくまで懐具合ふところぐあいのためと強調し、ちょっとばかりタスマのプライドもくすぐっておくことにした。


(こういうところに気を遣うようにって、ミユーサに説教されたことあるからなあ)


『いいですか、誰かと話をする時は、ちょっとだけ持ち上げるようにするんです。何もかも馬鹿正直に話すのだけが正義じゃないですからね』


 そう言われたことを思い出したおかげだ。


 そしてその作戦が功を奏したのかどうかは分からないが、タスマも話せることならばと話をしてくれることになった。


「うちにもそういう相談の方は増えましたね。でもそれは、毎年のように『花の祭り』の影響だろうと思ってましたが、違うんですかね?」


 タスマのところにもやっぱり増えてはいるようだが、あくまで例年の域を出ないという感じらしいなとテイト・ラオは理解した。


「分かりません。もしかしたらそうかも知れませんが、ひょっとしたら何か問題が起きてる可能性もあります。だから、何か気になることがあったらまた教えてください。僕もまたタスマさんに連絡しますから」


 こうして一応は協力体制を取ることに成功した。

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