5 もう一人の魔女
「ぜんっぜんおかしくなんかありませんよ」
帰って
「今まであたしだって言ってきましたよ、安すぎるって」
「いや、あ~、そうだったっけ?」
「言いました!」
またまたピシャリ。
「大体ね、ラクカタの森の魔女タスマのところだって、恋愛関係の相談や縁結びは3カールだって聞きますよ」
この
キュウリルの住むコオエンと違い、ラクカタは町と目と鼻の場所にある明るい森で、年寄りや子どもが散歩で行ったりする、森と言うよりは林に近い。
タスマはキュウリルの
「魔女には二通りあってね、生まれつきの魔女と人ががんばって魔女になるのがいる。どっちがすごいかは、まあ聞くまでもないでしょ」
とはキュウリルの
とにかく、タスマは努力型の魔女で、元々が人なだけあって人ともよく交流する。人々の受け止め方も一応魔女とは言っているが、どちらかというと「占いのおばあさん」という感じか。そしてタスマ自身もその立場に満足しているようだ。
テイト・ラオも多少の交流はあるが、前に買ってみた守り札が全く効果が感じられなかったのと、他のところで買ったことが師匠に知られてひどくへそを曲げられてしまってからは、一切商売上の取り引きはしていない。町で会ったら挨拶するぐらいの仲だ。そしてあちらもその状態を良しとしているのは、やはり自分の実力をよく知っているからかも知れない。
なんにしても若い子たちがタスマを利用するのは、親兄弟には話しにくいことをおばあちゃんに恋愛相談をしている感覚らしい。うんうんと親身になって相談に乗りながら、優しく手をにぎって「だったらこれでも身につけておいで」とアクセサリー感覚のお守りなんかを勧めたりもしている。それを持っているとなんとなくありがたいような、好きな人に振り向いてもらえるような気がするのだろう。
もしかして誰かに呪われてるんじゃないだろうかと不安があったとしても、わざわざ医院に診察に来るよりは「だったらこれでも身につけておいで」と笑顔で手作りのお守りの方が、なんとなく気軽だ。ましてやそれが気のせいなら、鰯の頭も信心から、結構効き目があったりもする。
「せんせーの診療は呪いがあっても一番安い守り札とハーブのセットで2カール500ツァイスぐらいまででしょ? だったらこっち来る方が安いからって口コミで広がって、それでみんな来るんですよ。呪いがなかったらもっと安くてホッとできるし。ほんとですよ、がっこの友だちが言ってましたから」
「え、そんな理由?」
テイト・ラオはちょっとばかりショックを受けた。患者たちは自分の腕を頼ってではなく安いから来るというのは、なけなしのプライドをへし折られたような気分だ。
「だけど、それが理由だって言うのなら、値上げしたら僕のところには来なくなるのかな? 一時的にでも患者が多くなったのはそれが理由なら、3カールにしたら落ち着くんだろうか」
だから師匠は値上げしろと言ったのかとちょっと納得。
だが、値上げしてからも患者は減らなかった。むしろ増えた。よくよく話を聞いてみると、中には一度タスマのところに行ったが症状が治まらず、「仕方なく今度は呪医に来た」と正直に告白した子もいる。
「う~ん、ってことは、実際に呪われてるとか、少なくとも何かを感じている子は増えてるってことなんだね」
そう、今ではテイト・ラオの診療所を訪ねる者の大部分が若い娘に限定されてきた。
「その大部分がやっぱり同じなんだよなあ」
つまり、
「誰かに恋の恨みを持たれている」
そう診断するしか仕方がない。
「う~む……」
テイト・ラオはペンを鼻の下にはさみ、何枚もの診察記録を見比べる。
「どう考えても出どころは一緒、と判断するしかないんだよなあ、これが」
テイト・ラオには師匠の魔女キュウリルのように不思議な力は一切ない。できるのは患者を実際に診て、その症状から今がどういう状態なのかを判断するだけ。
例えば熱があり咳が出る患者があれば、その症状が出るのは風邪、肺炎、それから命に関わる物を含むその他の疾患のどれかという結論を出す。そこからどれが一番その可能性が高いか、それを判断してふさわしい治療を施す。
「結局のところ、多くは勘ってことになる。医者にできることなんて、そのぐらいだ。後は本人の生命力と運命次第だな」
お気楽なことを言ってはいるが、医療というのはそういうものだ。だからたくさん勉強をしてたくさんの症例に触れ、データを分析していかに正しく状況判断をするかが必要になるのだ。
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