4 花の祭り

「そんなに人が来るんですか? ここに? 魔女のいる森に? わざわざ?」

「そうなのよね、なんでかしら?」

「うーん……」


 テイト・ラオもキュウリルの言葉に首をひねる。キュウリルも気楽な言い方をするが、ちょっと疑問には思っているようだ。


「コウエンの森には魔女が住んでいる」


 これはマツカの町でも他の村でも知られていることだ。魔女はいるが、魔女の領域まで踏み込まなければ何も問題はない。だが、どこの家でもそうだろうが、魔女という存在は子どものしつけに使われたりもする。


「早く寝ないとコウエンの森の魔女が来るわよ」


 とか、


「そんなに言うことを聞かない子は魔女に薬にされてしまうよ」


 とか、


「学校に行きたくないなら魔女の弟子になるしかないね」


 とか、およそ目の前の実物を見たらそんなことはただの脅しと思うか、もしくはちょっと成長した男子なら、


「ぜひ一度お願いしたい」


 と鼻の下を伸ばすしかないわけだが、本物が知られていないからこそ、一応、


「魔女は怖いもの」


 という大前提は崩されずに守られている。そしてそのためのキュウリルのあの扮装というわけなのだが、その怖い怖いを乗り越えてでも、魔女に会いに来る人が増えているとはこれいかに?


「それでさ、あんたに一度様子を聞きに行きたいと思ってたところなのよ。けど、そっちから来てくれたでしょ? そんで、一体何の用? 相変わらずいい味ねこの肉の煮付け。モリアンの店の?」


 遠慮なくテイト・ラオの持ってきた昼食をあむあむと食べながら、キュウリルが質問する。


「そう、モリアンの店のです。ここが一番味がいいんじゃないですかね、今。それはそうと、僕はまもふだをもらおうと思って来たんだけど、そっちの話もちょっと気になります」

「ほんと、いい味。ますます腕を上げたんじゃないの? そんで守り札? 前にあれだけ持って帰ったのにもうないの?」


 テイト・ラオが診療に使う守り札や薬の多くは師匠のキュウリルから仕入れている。他に取引のある店もあるが、キュウリルの元で修行をしただけに、慣れた物が使いやすい。それに本物の力のある魔女だけに、その効果も絶大だ。そのへんの駆け出し魔女や薬草師やくそうしなんかのブツとは品質が違う、ありがとう!


「ええ、そうなんですよ。しかも一番下の『軽い呪いに効く守り札』です」

「そればっかり?」

「そう」

「あれって、大抵はちょっとした揉め事とか、恋愛のこじれた時に使うわよね?」

「そうなんです。今朝も4人、みんな恋愛がらみの軽い呪いです」

「へえ……」


 キュウリルは食べる手を止めて少し考える。


「なんかあった?」

「そう言われても」

 

 テイト・ラオも手を止めて考える。さすがに食い意地の張った食べるの大好き師匠が手を止めてるのに、自分だけ食べ続けるわけにはいかないだろう。


「あったとしたら、『花の祭り』ぐらいですかね」

「ああ、やっぱりそれ?」


 キュウリルもちょっとはそのことを考えていたようで納得する。


 「花の祭り」とは、文字通り5月の花盛りの時に催される祭りなのだが、いつの頃からか祭りの夜の篝火かがりびいてのダンスパーティーで、それまで想いを秘めていた男女が互いに告白しあいカップルができる定番イベントになっている。


 その時にカップルになったはいいが、いざ付き合ってみると、


「ちょっと思ってたのと違う」


 と別れる者が出てきたり、


「本当は自分が告白するはずだったのに!」


 と、うまくいっている恋人同士に嫉妬の目を向ける人間が、


「早く別れろ!」


 と、辛抱たまらん状態になる今の時期に、確かに多かったりはする。


「だからまあ、少し余分には出しといたけど、それにしても、そんなに多いって、例年とは違うだけにちょっと気になるわね」

「そうなんですよね」

「祭りでうまくいかなかったヤツが暗いこと考えるのは、もうちょい前だしね」

「そうですよね」


 そこまで話してキュウリルが食事を再開したので、テイト・ラオもそれに続く。


 師匠と弟子がもくもくと残りの食事を終え、弟子が後片付けをしている横で、師匠が足を組み替えて長考ちょうこうに入ったようだ。


(こうなったら何を言っても無駄だな)

 

 テイト・ラオはいつものように、師匠が準備してくれている守り札と薬を必要なだけ取り、その代金を入れておいた。キュウリルはちゃらんぽらんのように見えて、真面目に物を考え出すとこんな感じなのでもう慣れている。いつものことだ。


「それじゃもらっていきますね」


 もちろんテイト・ラオが代金をごまかすことは決してないので(そんなことしたら遠慮なく消し炭にされるだろう)、キュウリルも確かめることもない。


「あ、ちょっと」

「はい?」

「あんたね、その守り札、いくらで売ってる?」

「はいい?」


 珍しいな、こんな金銭的なことを聞いてくるなんて。そう思いながらテイト・ラオも正直に答える。


「えっと、この一番下のは1枚1カールと500ツァイスですかね」

「あんた、それ1枚1カールで仕入れてるよね? 今度から2カールにしなさい」

「え、でも安くて確実がうちの売りで――」

「魔法を安売りすんじゃないわよ、2カールにしなさい」

「はい……」


 ということで、「テイト・ラオ診療院」の診療費がちょっと値上がりすることが決まった。




※この世界の通貨で1カールは大体日本円で千円、野口英世でも北里柴三郎でも構いませんが銀貨でそれ1枚ぐらいと思ってください。その下の単位がツァイスで100ツァイスが100円と同じぐらいの価値の銅貨です。その上には1万円と同じエーナという金貨も存在します。

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