8 素敵な彼

 とにかく、今回の場合はパターン2の実際に呪いがかかるパターンだと思った。


「つまり、誰かが意識的か無意識かは分からないけど呪いをかけている。僕の診断はそうだ。そしてそれは間違えてはいないと思う」


 だから師匠の守り札とハーブがあれば、数日で解消すると思っていた。実際、効果があったようで、一度来た患者が再来することは今のところないように思う。


「ってことは、次々に新しい呪いがかけられているとしか思えない。なんだ、この状況は」


 いくら考えてもこんなの今まであったことはない。少なくともテイト・ラオが調べた限りではそんな前例はなかった。


「何かが起こってるんだよなあ、何かが」  


 だが、その「何か」が何かは分からない。


「ちょっと問診の仕方を変えてみるか」


 次の患者からテイト・ラオは患者への質問にいくつか付け加えることにした。


「うん、分かりました。それじゃああなたがお付き合いしてる方、その方のこともちょっと聞いてもいいですか?」

「え、彼のことですか?」


 聞かれた患者は少し身構える。


「あ、いや、大したことではないのでそんなに警戒しないでください。えっと、どういう方ですか?」

「どういう方って」

「優しいとか働き者とか、背が高いとか低いとか痩せている太っている」

「ああ」


 患者の少女はホッとした顔をして、


「それはもう素敵な人なんですよ~」


 と、次々と惚気のろけてくれるもので一人あたりの診察時間が長くなってしまった。


 だが、そのおかげでちょっと面白いことを発見することになる。


「本当に素敵なんです私の彼、彼より素敵な方ってクラシブさんぐらいじゃないかしら」


「かっこいいんです、うちの彼。もしかしたらクラシブさんにも負けないぐらい」


「えっと、私の恋人は商人で、いつかはボガト商会みたいな店にするってがんばってます」


「うーん、そうね、さすがにボガト商会の御曹司おんぞうし、クラシブさんまでではないけど、結構いい線いってるんじゃないかしら」


 患者の何名かの発言から「クラシブ・ボガト」という一人の男性が浮かび上がってきた。


「クラシブ・ボガトって人どんな人だか知ってる?」


 テイト・ラオがミユーサに尋ねたところ、


「はあ? 先生、それマジで言ってます? ボガト家と言えばこのあたりで一位二位を争うと言われる商家で、そこの長男のクラシブさんは、そりゃもう大変なハンサムですよ。まさか、マツカに出入りしてる人間でクラシブさんを知らない人がいるなんて、あたし、思ってもみなかった!」


 と、ただでさえ丸い目をさらに見開き、そうまくしたてられた後、


「まあねえ、先生は本当にぼーっとしてるからそういうことうとそうだけど、それにしてもまさかボガト家のクラシブさんも知らなかったなんて聞いたら、うちの母親なんてすっ飛んできて、だから先生は世間知らず過ぎるってみっちり説教するのは間違いなし」


 と太鼓判たいこばんをもらってしまったので、


「それだけは勘弁!」


 と、必死にお断りをする。


「とりあえず今は母親には黙っときますけどね。それで、クラシブさんについて一体何を知りたいんです?」

 

 呆れながらもミユーサはそう言ってくれたので、ひとまずは一安心だ。


「うん、どういう人か。僕は本当にその人について何も知らないから」


 と言ってからミユーサの顔色を伺うが、一度あそこまで呆れてしまったからか、普通に話を聞かせてくれた。


 聞く限り、クラシブという人は本当に評判がいい人間のようだ。人柄だけではなくその容姿も素晴らしいもので、それはもうかなりモテたらしい。


「そうなのか。もしもその人に恋人がいて、その女性が恨みを受けて呪われるのなら分かるけど、そうじゃないし」

「何言ってんですか、恋人じゃなくて奥様がいらっしゃいますよ」

「え、そうなの?」

「去年結婚されて、それでどれだけの女の子が泣いたことか」

「そうだろうねえ、そんなに素敵な人だったら」


 ミユーサの解説によると、自分こそがと思うかなり本気の人から、「そうなったらいいなあ」ぐらいの夢見る人まで、本当にたくさんの人が憧れていたということだ。


「もしかしてミユーサも憧れてた?」

「あたしはああいう人タイプじゃないので」

「え、なんで?」

「疲れるでしょ、そんな人。そんで、あたしのことはいいから。まあ、とにかくそれほどモテてたんですよクラシブさん。それで今年の『花の祭り』がいまいち盛り上がらなかったぐらいですからね」

「どういうこと?」

「みんな憧れたって言いましたよね?」

「う、うん、言ってたね」

「だったらそれでピンときません? みんなクラシブさんに声をかけてもらいたくて、一生懸命おめかしして、まだかまだかと待ってたわけです。それがもう奥様としか踊る気がないのが見て分かったので、それでがっかりのしょぼーんですよ。おかげでお目当ての女性がいる男性も、なんとなく気持ちが盛り上がらなかったってこと」

「なるほど」


 それほど影響力のある人が結婚して、おかげでがっかりした人がたくさん出た。


「なんとなく、少し形が見えてきたかも。やっぱり今回の呪い事件、その人と関係がある気がするな」


 テイト・ラオは一度そのクラシブさんを見てくる必要があるように思えてきた。

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