第5話『今日はとあるキャンプ場からお送りしております!』
何となく、ただ意味もなく過ぎてゆく日々に何か意味を持たせたくて、始めたのは趣味のキャンプを動画に残し、動画サイトに投稿するというものだった。
妻には反対されるかなと不安だったが、私だけでなく妻も日々に何か彩りを持たせたいと考えていたらしく、すぐに頷いてもらえた。
それからは二人でキャンプに出掛けては、その日に食べた料理や、色々なキャンプ場で起こった事などを話していた。
そんな事を五年ばかり続けていたのだが、気が付くと動画を見てくれる人も増え、キャンプに憧れているという人にアドバイス等をしたりしている内に、多くの人に見て貰える様になっていた。
中々な達成感である。
今度、息子たちが帰ってくる時には自慢してもいいかも知れない。なんて妻と話していたのだが、そんなある日に事件が起きた。
私が動画を投稿していることが、部長にバレ、そして部長の知り合いの人にキャンプを教えてあげて欲しいという話だった。
無論断るという選択肢など私には無いのだが、それでも躊躇はする。
だからか、微かな抵抗としてその人物について聞いてみる事にしたのだ。
何か問題があればそれを理由に断ろうと考えて。
「そのお知り合いの方というのはどういった方なのでしょうか」
「うむ。実はな、ここだけの話なのだが、君と同じ動画投稿をしている人物らしいのだ」
「らしい。という事は部長はそちらの方と面識は」
「無い。だが、どうやら息子はその人物と友人であるらしくてな。どうにか力になってやりたいそうなんだ」
「は、はぁ。そうですか」
「ではこれを受け取ってくれたまえ」
「これは?」
私は手渡された紙を見ながら部長に確認を取る。
「これはな。その友人の情報が書いてある。頼むぞ」
「……」
肩を叩かれながらそう言われた言葉に私は何も言えず、ただ頷く事しか出来なかった。
そして紙を広げると、そこには小学生の子供が書いた様な字で、『ヒナちゃんねる』と書かれていた。
部長に嫌な仕事を押し付けられた日の夜。私は帰宅後、昼の話を妻に相談していた。
「それは困りましたねぇ。でも、断る事は出来ないんでしょう?」
「うん。難しいね」
「では、前向きに考えませんか。部長さんの息子さんは確か小学生と聞いておりましたし、そちらのお友達という事は同じ小学生でしょう。それなら、そこまで大きな話にはなりませんよ」
「そうか。そうだね。うん。じゃあとりあえず調べてみようか」
私と妻は互いに頷きあって、該当のチャンネルを調べたのだが……。
そこに居たのはあどけない小学生などではなく、私でも知っている様な元アイドルの姿が写っていた。
こちらの苦労など知らないとばかりに満面の笑みでピースなどをしている。
「これは何かの間違いでは無いでしょうか」
「でも、他に同じ様な名前の方はいないしな」
「でしたら、この方という事なのでしょうか」
部長は私と同じ動画投稿をしている人物と言っていたが、チャンネル登録者数が数百万人の人間と百二十人を一緒にしないで欲しい。
どう考えても同じ場所で生きている人間ではない。
「しかし、確かに動画でキャンプの事を話しているし、この人たちで間違いは無いのだろう」
「そう、みたいですね」
「なら、ならば、話しかけてみよう」
私は、精一杯の勇気を振り絞って、『ヒナちゃんねる』の質問箱という所にメッセージを送ってみる事にした。
正直に言えばかなり無謀な行動ではあるが、勝算はあった。
なにせ、これだけ巨大なチャンネルを持つ人間だ。私の発言など無視するだろう。
しかし、私は彼女にメッセージを送ったという実績が残るし、それで無下にされたという結果も残る。
これをそのまま部長に説明すれば良い。
そうすれば、また平穏な日常が……。
「あ、あなた」
「ん? どうした?」
「もう、お返事が来てますよ」
「な、なんだって……」
もしかして、いたずらは止めてくれとか、そういうのだろうか。
私は恐る恐る返信を開くと、そこには陽菜さんからのメッセージが記されていた。
『ご連絡ありがとうございます! チャンネル拝見させていただきました! 是非、キャンプについて教えていただけると嬉しいです!』
思わず頭を抱えてしまった。
何故こんな人数の少ないチャンネルの言葉に反応しているのか、意味が分からない。
しかし、こちらから話しかけてしまった以上、このまま無かった事にして下さいという訳にもいかないだろう。
私は胃が締め付けられる様な思いをしながら、陽菜さんと連絡を取り合うのだった。
おそらくは人生最悪の日から半月後。
私と妻はキャンプ場近くの無人駅で二人、待ち合わせの相手が来るのを待っていた。
冗談の様な話だが、陽菜さんに連絡を取った時から、あれよあれよという間に予定が決まり。
丁度予定の無かった今日、陽菜さん達と共にとあるマイナーなキャンプ場で、キャンプ配信をする事になったのだ。
正直意味が分からない。
しかし、これが現実である。
そこで私たちはとりあえず失礼が無い様に陽菜さんについて色々と調べる事にした。
少なくとも配信くらいは見なくてはと見たのだが、どう考えても私たちが関わる様な人間では無かった。
別世界の人間というか、なんというか。
そう考えると、何かからかわれているのでは無いだろうかという気持ちにもなってくる。
しかし、現実として計画まで決まり、こうして駅で待っているのだから、からかうという訳でも無いのだろうが。
「あなた、どうやら来たみたいですよ」
「そうみたいだね」
「お待たせしました!」
「いえ、我々も今来たところですよ」
「そうですか。それは良かった」
私たちの近くに止まった大型の乗用車から一人の青年が下りてきて、好ましい笑顔を浮かべながら握手を求めてきた。
この人が今日まで色々と話してきた立花光佑さんだと分かり、メッセージだけじゃなく対面で会っても丁寧なのだなと安堵感が増した。
彼に案内されるまま荷物を後ろに乗せ、後部座席に乗せてもらう。
そして私たちが乗り込むと、助手席から子供の様に無邪気な笑顔をした陽菜さんが顔を覗かせて、挨拶をしてきた。
「おはようございます!!」
「あ、あぁ。おはよう」
「あら。元気なお嬢さんね」
「えへへ。元気だけが取り柄です! 今日と明日はよろしくお願いします!!」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
「あ。そうだ。お菓子食べますかー? 美味しいのが色々あってー」
「陽菜。動くから、前を向きなさい」
「はーい」
「気持ち悪くなったらすぐ言うんだぞ」
「りょーかい!」
「いい返事だ。お二人も何かありましたら、教えてください」
「えぇ。分かりました」
立花さんは行きますよという言葉と共に車を走らせ、私たちのよく知っている道を進み始めた。
細かい道案内を挟みつつ、立花さんや陽菜さんと色々な話で盛り上がる。
私たちが考えていた以上に、彼らは話しやすく、親しみやすく、接しやすい人間であったようだ。
そして、キャンプ場に到着した私たちは、事前に話しておいた通り、貸し切りとなった場所でキャンプの準備をしつつ配信の準備をしていくのだった。
カメラの前で陽菜ちゃんが笑いながらいつもの挨拶をする。
「はいはーい。こんばんは! 今日はとあるキャンプ場からお送りしております!」
そしてそんな陽菜さんの言葉に反応する様に、目の前に置かれた大きなモニターからコメントが凄い速さで流れてゆく。
どうやら陽菜ちゃんも光佑君もそのコメントは全てチェックしているらしいが、私にはとてもじゃないが追う事は出来なかった。
いくつか、目には留まるが、それだけだ。
陽菜ちゃんたちの様に返答する事は難しいだろう。
「そう! 今日は外から配信してるんだよ。場所は内緒だけどね。とあるキャンプ場からー。って名前言っちゃ駄目! 内緒だよ! 陽菜ちゃんとの約束!」
【そちらのお二人は、どなた?】
「あ。二人の事紹介してなかったね! 二人はねー。キャンプの事を詳しく配信している人で、私が無理言って、配信に誘ったのー」
【あんまり他の人に迷惑かけなさんな】
【兄さん居ても止まらんかったか】
【まぁ暴走特急ひなは今始まった事でも無いからな】
【申し訳ねぇ!! 陽菜ちゃんがご迷惑をおかけしました!!】
【ほら。ちゃんと陽菜ちゃんもごめんなさいしないと】
「あ。そうだったね。ごめんなさーい!」
「あ、いえいえ」
陽菜ちゃんに謝らせて申し訳ない気持ちになる。
しかし、これも既に打ち合わせていた話だ。
こちらから話しかけたという話をしてしまうと、私たちが炎上してしまうかもしれないからと。
陽菜ちゃんに気を遣ってもらった形である。
正直、心苦しいが、これが最善と言われては、なんとも反論しにくいところだ。
【良い人そうやないか】
【陽菜ちゃんの暴走を笑って許せる人間が兄さん以外に居たとはな】
【いや、心の広い大人なら大抵許すだろ】
【って事は、飯塚美月さんは心が狭かったって事ですか!?】
【飯塚は別に心が狭いって訳じゃないだろ。ただ陽菜ちゃんが暴走するから適当に諫めてただけだぞ。ついでに陽菜ちゃんを利用して目立つ様に動くだけだぞ】
【承認欲求が強すぎる】
【いや、でも陽菜ちゃんと一緒に居る時間が一番長いのは飯塚だしな。むしろ聖人の部類では?】
【飯塚美月が聖人と呼ばれる日が来るとはな。長生きはするもんだ】
【飯塚の扱いに笑うんだが】
「ほらほら。今日はキャンプ配信だから、関係ない話はしないのー。後、美月さんの悪口はノー。だよ!」
どんどん流れ移り変わっていくコメントを陽菜ちゃんが制御しながら話題をうまく導いてゆく。
そして、実際にキャンプの仕方などを私たちが説明したり、それを陽菜ちゃんが実際にやったりと、順調に時は流れていった。
まぁ途中に何度かハラハラとする場面はあったが。
「火が全然付かないね。あ。私前に動画で見た事あるよ。ライターの火をスプレーで……」
「はい。危ないから両方置いておきましょうね」
「お肉焼けるのに時間掛かるんだね。もう良いかな? 食べちゃお」
「はい。その手に持ったまだ生焼けの肉を置きましょうか」
「たき火ってあんまり燃えないんだね。もっと色々入れる?」
「おっと、陽菜。おとなしく座ってようね」
その日、私たちは夜遅くまで笑い、久しぶりに何かが満たされた様な感覚で、満足の中にあった。
キャンプが終わり、自宅まで送って貰った私たちは、なんだか気が抜けた様な心地でお茶を飲んでいた。
「終わってしまいましたね」
「あぁ、そうだな。嵐の様な時間だった」
陽菜ちゃんは本当に好奇心旺盛な子供のようで、結局キャンプの終わりまで目を離す事が出来なかった。
でも、それは……。
「私は何だか隆太が子供の頃を思い出してしまいました」
妻が懐かしいものを思い出す様に、笑みをこぼしながら言った言葉に私も大きく頷いた。
そして、かつて忙しいながらも満たされていた日々を思い出しつつ、それと陽菜ちゃんたちとの二日を重ねる。
「確かに」
「でしょう?」
二人で笑い合っていると、近くに置いてあった携帯が大きな音を鳴らしだした。
私は陽菜ちゃん達が何か忘れ物でもあったかと急いで電話に出たのだが、向こうから聞こえた声はよく聞きなれた声であった。
『もしもし!? 父さん!?』
「あぁ、隆太か。どうした?」
『どうしたじゃないよ! 陽菜ちゃんの配信に父さん達が出てるし、何がどうなってるのか』
「ふふふ。そのことか。話すと長くなるから、今度遊びに来たときに話そうか」
私は得意げに、妻と見つめ合って笑いながら混乱する隆太に言うのだった。
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