第6話『見てるとその内癖になるぞ。ちなみに俺はもう中毒だ』

かつてアイドル戦国時代とでも言うような時代があった。


そして、そんな時代の覇者の名を、知らぬ人などアイドル界隈には居ないだろう。


夢咲陽菜ちゃん。


百年に一度ともいわれる可愛らしい顔立ちと、子供らしい無邪気な愛らしさが同居したモンスターにして、他を寄せ付けない圧倒的な歌唱力と表現力を持ち合わせ、見る者を楽しませるトーク力も持っていた。


さらに彼女が描くライブという名の世界は、その場に居た者を飲み込み、独特の世界へと引き込んだとも言われている。


彼女が世界に残した伝説はあまりにも多く、ライブ終わりに事故で意識不明の重体になったと報じられた時など、多くの人が動揺を隠せず、世界中が大混乱となったのも記憶に新しい。


その後、すぐに意識を取り戻したことが報じられたが、彼女が現れた会見では、足が以前の様には動かない事や、アイドルを引退する事を説明し、再び世界は大混乱となるのだが、今考えても酷い流れだ。


絶望したり、喜んだり、悲しんだり、感情のジェットコースターに乗った人々の情緒は大変な事になっていた。


無論私だってそうだ。


あの当時はアイドルを目指して活動していたが、陽菜ちゃんはデビュー当時から推していたし、事故を起こして以降はまともに活動する事も出来なくて、ファンの人に慰めてもらいながら、何とか生存報告をするくらいしか出来なかったのは何とも恥ずかしい思い出である。


「だからさ。私の中で陽菜ちゃんは神な訳。分かる?」


【まぁ分かるが】


【奇跡の復活とまではいかなかったしなぁ】


【結局アイドルには戻れなかったやん?】


「やってんでしょうが!! アイドル!! 配信見てないの!? 見てないの!!? 見て! 推せ!!」


【圧】


【俺の推しが別のアイドルを推せとか言ってくるんだが】


【優香は夢咲陽菜ガチ勢だから】


「さんかちゃんか様を付けろ!」


【陽菜ちゃん様さんって事!?】


【そうはならんやろ】


【でも例のあの人、配信に男連れ込んでるしなぁ】


「立花さんは良いの! あの人、陽菜ちゃんの実質お兄さんだし。天王寺颯真の元マネージャーだし。実質お兄さんだし」


【なんで二回言ったんだよ】


【大事な事なので】


【てか、そんなに好きならコラボでも申し込めば良いだろ】


【それは良いな。推しが近くにきて狂ってる優香を俺らに見せろ】


【よし。推しを呼んで、推しの曲を推しの前で歌え】


「終わるわ!! 私の命が配信界隈から消されるわ!! むしろ私が消すわ!! お前の汚ぇ声で陽菜ちゃんの神曲を汚すなと」


私はコメントで流れる狂気の提案に頭を抱えながら叫んだ。


陽菜ちゃんが配信を始めると聞いて、急ぎ配信活動を始めた私だが、ステージで歌って踊っていた時よりも遠慮が無いファンに、何だか奇妙な居心地の良さを感じていた。


いい意味で付き合いやすい関係になったというか。


しかし、それはそれとして、親しみすぎて舐めた発言をしてくるのは困ったものである。


「そもそもの話だけど、私みたいな弱小チャンネルが『ヒナちゃんねる』とコラボなんて出来る訳無いでしょ」


【陽菜ちゃんなら、あんまり気にしないと思うけどな】


【アイドル活動は優香のが長いんだから、先輩面して強要すれば良いじゃろ】


「活動歴が長いだけでそんな態度取る奴嫌でしょ!」


【まぁ炎上するだろうな】


【そしてあわあわしている優香を見て、俺らはニッコリ】


「鬼か!!」


【しょうがない。そんな優香にサプライズを用意したぞ】


「は? サプライズ?」


【『ヒナちゃんねる』の要望欄に、大先輩アイドルの如月優香とコラボして下さいって送っといたわ】


「おい! 勝手な事すんな!!」


【ちなみに、陽菜ちゃんから既に連絡来てて、楽しそうなので、如月優香さんに聞いてみますねって】


「……」


【ん?】


【止まったぞ】


【なんだ。モニターの故障かな?】


【どっちかって言うと優香の故障かな】


「ど、どうしよう……調べたらマジで陽菜ちゃんからメッセージ来てんだけど」


【良かったジャン!】


【夢叶いましたね。おめでとう!】


「ちょっと、頭おかしくなったから今日の配信終わるわ」


【おっす。おっす】


【コラボ配信の日程決まったら教えてなー】


【楽しみにしてますね!】


【ん?】


【このコメントは、まさか!】


【まさかも何も本人登場やん】


【陽菜ちゃんもよう見とる】


【ほら、返事できるぞ】


「う……ま、また返信します!!! 今日はおしまい!!!」


【はい。ばいばーい】


私は衝動のままに配信を切り、頭を冷やすためにお風呂場へと走り、頭からシャワーを浴びた。


そして、冷静になり配信が終わった後の画面を見ると、残されたコメントの中に間違いなく陽菜ちゃんのコメントがあった。


なりすましとかではない。間違いなく陽菜ちゃんだ。


これは何? 夢? もしくは幸運過ぎて空から隕石とか降ってくるの?


私はとりあえずメッセージでコラボお願いしますとだけ返し、頭と胃が痛くなってきた為、眠りについた。




翌日。


チャンネルの登録者数が五千人増えていた。


何を言っているか分からないかもしれないが、私も分からない。


あれ? 登録者ってそんなに簡単に増えるもんだっけ?


私はとりあえず呟きアプリで突発配信をするとだけ告げ、配信を行った。


「おはよう? 何か、登録者増えてるんだけど、バグ?」


【おはよう】


【おはよう】


【バグじゃないぞ】


【現実を受け止めろ】


【陽菜ちゃんとコラボすると聞いて登録しました!】


【陽菜ちゃんの事が好きな、アイドルの先輩だって言ってたんで登録しました!】


「う、ぐぅぅうう、うぅ」


私は胸を抑えながら、苦しみの声を漏らす。


そんな私の反応にコメント欄は加速し、見知らぬ人も多くのコメントを残してゆく。


【え】


【突然苦しみ始めたんだけど。どうしたの、この人】


【いつもの事だぞ】


【な、泣いてる】


【いつもの事だぞ】


【ヤバすぎんだろ】


【見てるとその内癖になるぞ。ちなみに俺はもう中毒だ】


【俺は毎日見てるけど、別に中毒じゃねぇな】


【言いにくいが、アンタ中毒だ】


「ねぇ!! どうすれば良いの!?」


【どうするもこうするも、コラボすれば良いじゃろ】


【コラボしろ】


「でも! でもでもでも!!」


【陽菜ちゃんとコラボするのに、何が不満なんだ】


「不満なんかある訳無いだろ!!! 恐れ多いんだよ!!!」


【そんなに気にしなくてもー。楽しく遊ぼ!】


「うっ、ひ、陽菜ちゃん」


【おは陽菜ちゃん】


【おら、早く返事しろ! オラっ!】


【推しを待たせんのか? アァン!?】


突然増えた視聴者ではなく、普段から見ているであろうファンに煽られ、私はまたうめき声を漏らした。


こいつら、私のファンの癖に私に全く優しくない。


おかしくない!? アイドルとファンってもっと、こういう関係じゃないと思うんだけど!?


「こ、コラボやらせて、下さい」


【わっ、ありがとうございます!】


「ひ、日付についてですが、私はいつでも大丈夫です。はい」


【じゃあ今日出来るやん】


「いや、常識考えてよ。ありえないでしょ!」


【え。ごめんなさい。今日とか良いなとか思ってました。常識ありませんでした】


「いやいやいやいやいや!!! 陽菜ちゃんが言った事が常識ですよ! 今日良いですね! 最高です!!! 私はいつでも大丈夫ですよ!!!?」


【無理してませんか?】


「無理なんて!! むしろ、日付を後にすると、その前日までに胃痛で病院に行きそうな気がするので」


【分かりましたー。じゃあ出かける準備しますねー。前いただいた住所で良いですかね?】


「はい!!!」


【あ。そうだ。今お友達も一緒に居るんですけど、一緒に行っても良いですか?】


「勿論です!!!!」


私は元気よく返事をしてから、少しして冷静になった。


私が送った住所に来る?


は?


ここに、来る?


リアルの陽菜ちゃんが? ここに? 来る?


【優香が陽菜ちゃんとオフコラボか。胸が熱くなってきたな】


【優香、頑張ってるな(後方腕組】


【てか住所送ってんの笑うんだが。どうせ無意識に送ってんだろ】


「うん。よく分かったね」


【マジか】


【マジか、コイツ】


【ちなみにだが、陽菜ちゃんと一緒に居るお友達だが、想像通りなら大変な事になるぞ】


【お。情報クレクレ】


「お願い。情報欲しい。その人が陽菜ちゃんガチ勢なら、多分大丈夫だから」


【何が大丈夫なんだ】


【優香が二人になるから陽菜ちゃんに対抗できるって事だろ】


【意味わかんなくて笑う】


【陽菜ちゃんガチ勢かと聞かれればイエスだ。良かったな優香】


【おぉ】


「これは希望の光が見えた……!」


【名前も分かってるぞ。夕暮秋菜だ。テレビに出た時、十分間陽菜ちゃんについて語り続けた伝説を持つ陽菜ちゃんガチ勢だ。良かったな……!】


「……」


【動かなくなった】


【駄目だったか】


【まぁ、陽菜ちゃんの後継者だしな。実質陽菜ちゃんが二人だぞ】


【救急車呼んでおくか】


私は、頭の中身が完全に白く染まっていくのを感じながら、喜びと感動に体が震えた。


しかし、これから来る圧倒的な現実に私は正気を保てる様な気はしなかった。




そして、この日。


私は天国という名の天国へと旅立ち、天国になって、世界は多分白だった。

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