第10話

 そして時は進み、20年後。

 彼ら忌み子達は、自分たちは人間とは違う種族だと吹っ切ることにし、自身のことを「鬼」と呼ぶようになっていた。

 また、鬼ヶ島は一つの町と呼べるほどに発展してきていた。

 枯れ木や土、石などでできた家々は、まるで平安京の様に碁盤の目状に美しく立ち並び、その中心に向かって四方向から太い通りが伸びていた。

 町の中央には、塀に囲まれた屋敷がある。

 これが、今や町長となった鬼郎の家である。

「鬼郎様、おはようございます」

 そして、今声を掛けた緑色の鬼が、鬼郎の妻・次子つぐこだ。そして……

「父上、母上!おはようございます!」

 この元気な黒色の鬼の青年が、鬼郎と次子の一人息子で跡継ぎの、鬼次郎おにじろうだ。

 しかし、この鬼次郎は只者ではない。

「ああ、おはよう。ところで鬼次郎、鬼米おにまいの調子はどうだ?」

「はい!先日、鬼米より雨天が少なくても育つたねを厳選して、あとは来年の収穫待ち、という感じです!」

 実は鬼次郎は、人口増加と痩せ土のせいで食糧難が続いていた鬼ヶ島を、様々な種を混ぜて作り出した「鬼米」で救ったのだ。

 そして今は、鬼米よりもっと栄養・水分不足に強い、新たな品種を生み出すため、研究に励んでいる。

 そんな鬼次郎ももうすぐ人間でいう成人の歳だ。

 そろそろ跡継ぎを作らなければならない。

「話が変わるが、鬼次郎。お前は俺のたった1人の息子だ。何としても、跡継ぎを作らなければならない、わかるか?」

「……っ、はい」

 鬼郎が口調を強めて言うと、鬼次郎は目を伏せて返事をした。

「だから、相手を―――」

「父上!実はその件でお話があります!」

 鬼次郎が鬼郎の言葉を遮って叫んだ。

「……話?」

「はい」

 そう言って顔を上げた鬼次郎の目には、強い意志が宿っていた。

「……斬一きりかとの結婚のお許しを願いに来ました」

「……は?」

 斬一とは、鬼郎の友人・武蔵の娘で、鬼次郎の幼馴染だ。

「彼女は責任感が強く、友だちの間で遊ぶ時も常にリーダーとして仕切っていました!きっと僕と共にこの町を支えることができます!」

 鬼次郎の言葉は多少子供っぽさがあったが、真っ直ぐに鬼郎の心に届いた。

「……そうか。しかし、彼女も結婚を望んでいるのか?」

「はい!」

「……なら良いだろう。次子、次子はどう思う?」

 鬼郎が次子の方を見て言った。

「ええ、互いの意思が尊重されれば、良いかと思います」

 次子も首を縦に振った。

 鬼郎と次子は、鬼次郎とそのパートナーには幸せになってほしいと強く願っていた。

「父上…母上…!ありがとうございます!」

 そして、鬼次郎と斬一は夫婦となり、次期町長となった。


 それから更に時が進み、鬼次郎と斬一の間に、子が生まれた。

 青色の肌に、額には黄色く小さな2つの角。

 その名も、鬼三郎。

 鬼三郎は町を救った父親と、町の創始者である祖父に憧れを持っていた。

 そこで鬼三郎は、3歳から勉学と武芸に励んだ。 

「おや、鬼三郎か?こんな朝早くから、何処へ行くんだい?」

 鬼三郎が玄関で足袋に履き替えていると、斬一に声をかけられた。

「母上!ええっと、いまから裏庭で剣道の練習をするんです!」

「そうかそうか。努力家だな、これは将来有望だ」

「えへへ。母上にそう言ってもらえて光栄です!」

 斬一が鬼三郎の頭を撫でると、鬼三郎は嬉しそうに笑った。

「朝御飯を作っておくからね、ちゃんと良い頃合いで区切るんだよ」

「はい!」

 鬼三郎が裏庭に行くと、先に来て準備していた鬼郎がいた。

「あっ!お祖父じい様、おはようございます!」

「ああ、おはよう。偉いな!今日は叩き起こさなくても起きれたのか!」

「もー!ぼくはいつもは自分で起きれてますー!昨日はちょっと寝坊しただけで……」

「はっはっは!そうかいそうかい」

 鬼三郎が両頬を膨らませながら言い訳をしたが、鬼郎は笑って済ました。

「ほら、始めるぞー!」

「はーい」

 しかし、こんな幸せな生活も、そう長くは続かなかった。


 鬼三郎が6歳になった日、悲劇が起きた。

「おい、鬼郎っ!大変だ!」

 武蔵が、慌てて鬼郎の元に走ってきた。

 その時鬼三郎は鬼郎と一緒にかるたをしている所だった。

「なんだ、そんなに慌てて」

「男がっ…はぁっ…人間の男がっ!」

 武蔵は相当な距離を走ってきたのか、かなり息切れていた。

「おい、1回落ち着け、武蔵。何があった?」

「はぁっ…はぁっ……人だ!人間が、俺たちを襲いに来たんだ!」

「……え?」

 鬼郎と鬼三郎の理解が追いつかぬまま、武蔵は話し続ける。

「桃太郎と名乗っていた。動物3匹くらい連れてて、門番のやつらを斬り殺しちまった!」

「えっ?じゃあ門番のおじさんは……」

 鬼三郎が反射的に反応すると、武蔵は目を逸らし、首を横に振った。

 町が発展していく中で鬼郎は、もし人間にバレて襲われたら、と考え、町をぐるっと囲むように石垣を作り、東西南北4ヶ所に、2人ずつ門番を置いていた。

 鬼三郎は町長の息子ということで、門番のおじさん方と仲が良く、よく見張り台の上から夕日や夜空を眺めていた。

「……もうその人間は町の中に入っているのか?」

 鬼郎がかるたをしていた時とは別人のような、緊迫した顔で武蔵に聞いた。

「……ああ、もう既に一部が襲われている。今は男たちがせき止めているが、そう長くは持たないだろう」

「クソ!俺がもっと早く気づけていれば……」

 鬼郎が拳を床に叩きつけた。

 その顔は、悔しさに歪んでいた。

「とにかく、俺も参戦しよう。鬼次郎は?」

「既に戦場に出ている」

「わかった。鬼三郎、今だけ臨時の町長として、生き残っている町人をうちに避難させろ」

「は、はい!」

 鬼郎は飾ってあった刀を腰にさし、武蔵と共に部屋を出ていった。

 部屋に1人残された鬼三郎は、理解もできず、戦場に行くこともできない自分の無力さを感じでいた。


 鬼三郎は避難してきた町人たちを次子と斬一と共に受け入れ、怪我の治療に取り掛かった。

 避難してきた者のほとんどが、女性か子供だった。

 そして一部の者は、意識が朦朧とするほどの怪我をしていた。

 絶えず流れ込んでくる女と子供。

 24畳の大部屋には、80人程の避難者が詰め込まれた。

 部屋には血の匂いが充満し、新たに体調不良者が続出した。

 家の外からは雄叫びが絶えず聞こえ、赤子が驚き、泣き叫んだ。

 鬼三郎にはもう、鬼郎たちの心配をする余裕さえ、無くなっていた。


 半日程たっただろうか。

 避難してくる人はかなり減り、外の雄叫びはより大きく、しかし少なくなっていた。

「……奴が近づいているのかもしれない。鬼三郎、外に出て確認してくれ」

 次子が治療をしている鬼三郎に声をかけた。

「は、はい!わかりました!」

 鬼三郎が家の外に出て、大通りに頭を突き出すと、人間の男と目が合った。

「っ!?」

 鬼三郎は驚きで固まってしまった。

「まずい!もうすぐ領家だ!」

「ここで止めるぞ!」

 思わず身を固めた鬼三郎とは対照的に、町の男たちは勇敢に奴に立ち向かっていた。

「うおおおおお!!!」

 男たちがクワや斧などを持って、奴に突撃した、が……


 ─────パシュッ!


 男たちの身体は真っ二つに切れていた。

「っ!?」

 全員、即時だ。

 顔を上げた奴と、目が合った。

 ───冷たい。

 町の皆とは違う、優しさや温もりの感じられない目。

「わあああっ!!」

 鬼三郎は踵を返し、裏庭の物置に逃げ込んた。

 そこは薄暗くて埃っぽい、蜘蛛の巣だらけの最悪な場所だったが、今の鬼三郎にとって、そんなことはどうでもよかった。

「キャァァァァァァ!!!」

 外から、女性の悲鳴が聞こえた。

「嫌!やめて!いやぁぁぁ───」

 1人の女性の悲鳴が途切れた。

「びゃぁぁぁぁぁ!!」

 赤子の泣き声も聞こえる。

「やあだ!ねえ、おかあさん!」

 鬼三郎と同じくらいの歳と思われる子供の声も聞こえた。

 ああ、もうこの現実から目を背けられない。


 鬼三郎ぼくは、逃げたんだ。


 鬼三郎は思わず耳を両手で塞ぎ、目を固く瞑り、しゃがみ込んだ。

 きっともう、鬼郎お祖父様鬼次郎父上も生きていない。

 次子お祖母様斬一母上だって、時間の問題だ。

 ぼくがあの時、一緒に戦場へ向かっていれば。

 ぼくがあの時、中にいる皆に的確な指揮が取れていれば。

 ぼくが今、現実から目を背けて、こんな場所に逃げ込まなければ。


 運命シナリオは、変わっていたかもしれないのに。


 ついに、外から悲鳴が聞こえなくなった。

 聞こえてくるのは、奴とその仲間の動物たちの楽しそうな声だけ。

 彼らが歩くたび、ジャランジャランと、小判や宝石などの宝が擦れる音がする。

 きっと領家内の金庫を漁り、宝を根こそぎ奪い取っていったのだろう。

 彼らの声が聞こえなくなってからも、鬼三郎はしばらく物置から出なかった。

 きっと、外に出れば認めたくない現実が目に入る。

 鬼ヶ島ここに残されたのは、きっと自分だけ。

 他の皆はきっと、全員死んだ。

 悔しくて、悲しくて、絶望して。

 でも、流れてくる涙も無い。

「あーあ。ぼく、何やってんだろ」

 顔を上げると、煙の匂いが漂っていることに気がついた。

 物置の扉を少し開けて、隙間から外を覗く。

 すると、まばゆい光が目に入り、ずっと暗いところにいた鬼三郎はクラクラしてしまった。

 それでも辛うじて目を開けると、そこには燃えている自宅があった。

「え……?」

 慌てて外に出る。足元に赤い液体が広がっていたが、それどころではない。

「い、家が……」

 ふと周りを見渡すと、町中が炎に包まれていることに気がついた。

 鬼三郎は急いで町の外へ走った。

 前後左右、どこを見ても炎が揺らめく。

 走っていると、呼吸が苦しくなってきた。目も痛い。

「煙、か……」

 鬼三郎は自分の小袖の裾で口元を覆い、目を細めて走った。

 走っている中で、足元は絶対に見なかった。

 きっとそこら中に肉片と化したたちがいる。


 ああ、そうだ。ぼくはだ。

 人間とは共存できない、

 同じ人型をした、肌の色が違う、

 生まれた瞬間から人に、生きることさえ認められない───



〜ひと口momo〜

【次回予告】

 現実から逃げたがために、1人取り残されてしまった鬼三郎。まだ6歳の少年である鬼三郎に、何ができるというのだろうか?次回、2人目の桃太郎に転生した主人公が、鬼三郎のため、行動に出る!お楽しみに!


【お詫び】

 毎回平然と更新予定日を大幅に過ぎるので、更新予定日の提示をやめることにしました。

 毎度毎度、ご迷惑をおかけして、申し訳ございません。

 とはいえ流石に、物語も終盤なので、今年中の完結が予測されます。

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