第9話

 鬼三郎が言ったことを、俺は理解できなかった。


 ―――この島の、最期さいごの鬼なんです。


 俺は、わざわざ『最期こっち』を使う意味がわからなかった。

 通常、『最期』は、歴史の区切りをつけたり、命が尽きることを指す。

「はい、最期の鬼です。実はもう鬼ヶ島に、鬼はいないんです。残りは、自分1人なので……」

「えっ、1人!? 他の鬼達は一体……?」

 モモが反応して、質問した。

「他の鬼達は、みんな死にました。」

 鬼三郎が、湯呑みを見つめながら言った。

「死……!?」

「一体どうして……」

 俺とショージが声を漏らした。

 鬼三郎が、俯いてポツリと言った。

「実は……ちょっと前にも、ここに桃太郎が来たことがあるんです」



 今から200年程前。

 特殊な病が発生した。

 この病は、発病した本人には何ら影響はない。

 発病した者同士のに、影響がでる。

「キャァァァッ!! 私の、私の子がぁぁ!」

 発病した者同士の子の肌は、赤・青・黄・緑・黒の中のどれかで、額からは1〜3本の、親指の爪程の大きさの角が生えていた。

 その子らは『忌み子』や『鬼』として嫌われいたまれ、その子だけでなく親も、発病者として差別された。

「忌み子だ! 忌み子がいるぞ!」

「直ぐに殺せ!!」

 差別された者達は、食べる物も寝る場所もなく、大抵は自殺するか、街人や幕府に殺されていた。

 そのため、忌み子を産んでしまった親達は、産んでしまった事実を隠すため、その子をすぐに川に投げて殺した。


 ある時、幸運にも生きたまま川の流れによって下流まで流された、赤色の肌の忌み子が現れた。

 その子は下流で一人暮らしをしていた老人に拾われ、大切に育てられた。

 その子は、『鬼郎』と名付けられた。

 しかし、鬼郎が成人男性と何ら変わらぬ体格になるまで育つ頃には、老人は老衰により死んでしまった。

 鬼郎はひどく悲しんだが、自分もあの老人の様に誰かを救いたいと心に決め、上流から流れてくる他の忌み子達を拾った。

 都ではこの病がかなり流行しているようで、多い時は1日に3人もの忌み子が流れてくる事もあった。

 鬼郎は、流れてきた忌み子を生死に関わらず皆拾い、生きていれば名を与え共に暮らし、死んでいても必ず一人ひとりに墓を作り埋葬した。

 気がつけば、鬼郎と共にこの場所に暮らす忌み子の数は50を超え、集落と呼べるほどに発展していた。

 鬼郎は、この場所を忌鬼いき集落と名付け、おさとしてこの集落を治めた。

 そうこうしているうちにやがて、忌み子達も成長し、忌み子同士の間にできた子供も現れた。

 その子らも、特殊な色の肌と角を持っている『忌み子』だった。

 そして、鬼郎が60歳を過ぎる頃には、集落には第3世代が生まれ始めていた。

 しかし、この平和な生活も、そう長くは続かなかった。

「んなっ……忌み子がなぜここに!?」

「忌み子だ! 鬼だ!! 殺せぇぇぇ!!」

 地方の調査をしていた、幕府に仕える者に見つかってしまったのだ。

 殺される。集落の皆がそう思ったが、鬼郎はまだ諦めていなかった。

「お待ち下さい! 何故、何故! 我々は殺されねばならぬのでしょう! 確かに、我々の姿はあなた方とは違います。しかし、姿が違うという事のみを理由として、我々を殺す理由になりましょうか!」

 すぐに刀を抜き出し構えた幕府の使いに、鬼郎は反論した。

「ふん。理由? そんなものいらぬ! 我等と姿かたちが違う者を、どうして仲間と受け入れられようか!」

 幕府の使いは乗っていた馬から飛び降り、刀で鬼郎を攻撃した。

 鬼郎は草刈り鎌で応戦したものの、力の差で負けてしまった。

 鬼郎は押し倒され、刀を向けられた。

「長ーーっ!!」

「鬼郎さーーんっ!!」

 パニック状態の鬼郎には、仲間達の叫びさえ、聞こえていなかった。

 ―――もう無理だ、殺される。

 そう思った鬼郎が、きつく目を瞑ったその時。


 ―――カラン カラン。


 刀が地面に落ちる音が聞こえた。

「う、うわぁぁぁぁ!! どうかお許しを!!!」

 そして、幕府の使いのうちの1人の悲鳴が聞こえた。

「……?」

 鬼郎が目を開けるとそこには、頭に矢が突き刺さり、血を流して倒れている幕府の使いがいた。

「っ!?」

 彼は目をカッと開き、口をあんぐり開けていた。

 彼の目に、生気は無かった。

「死んで、る……?」

 鬼郎は草刈り鎌で彼らをつついた。しかし、反応がない。


「何故躊躇ためらう。憎き相手だろう? とどめを刺してしまえば良い物を……」


 どこからか、透き通るように美しい男性の声が聞こえた。

「えっ? だ、誰ですか……?」

「貴様に答える義理は無い。我の救いに対する礼も無いのか?」

 鬼郎が尋ねると、近くの茂みから、銀色の髪を腰まで伸ばした美貌の男性が現れた。

 手には弓を持ち、肩からは矢筒をかけていた。

「あっ、そ、そうですね……すみません、ありがとうございました。お陰様でまた、安心して過ごせそうです!」

「……いや、まだ事は済んでいない」

「えっ?」

 鬼郎があわてて礼を述べるも、男性は鬼郎の方を見向きもせずに話し始めた。

「貴様を襲った2人は幕府の使いだろう。1人は我が殺めたが、もう1人は馬に乗って逃げた。あまり時間の立たぬうちに、幕府にこの集落の存在を知られ、さらなる軍で侵略しに来るだろう」

 そういえば、もう1人いたはずの幕府の使いがいなくなっている。

 仲間が殺られたのを見て、逃げたのだろうか。

「……奴が一度ひとたび『忌み子が生きていた』と上に言えば、将軍は戦を止めてでも、軍を派遣するだろうな」

 男性の喋り方は、ただ淡々と事実を述べているだけなのに、とても冷たく感じられた。

「……っ!」

 男性の言葉は、鬼郎に『この忌み子の集落は存在すべきものではない』という世の中の考えを思い出させた。

 鬼郎は唇を噛んで俯き、拳に力を加えた。

 なぜ、自分たちは人間たちと差別されるのか。

 なぜ、人間たちと距離を置いて生活しているのに、殺されなければならないのか。

 なぜ、愛情を受ける権利が、幸せになる権利が無いのか―――

 男性が体の向きを変え、鬼郎の目を見た。

「―――人間は狂った生物だ。自分の感情に合わぬ者とは距離を置き、酷い場合は手を加える。子孫を残さねばいずれ絶滅してしまうというのに、簡単に同じ種族を殺す。全ては奴らの感情によるものだ。……それに対して貴様らは、同じ種族だけでなく憎き相手の人間にまで情をかけ、共存を求める。……我は貴様らの生き方が羨ましく思った。固定概念に縛られる人間とは違う貴様らには、貴様らなりの生活を続け、後世に残して欲しい」

 男性は横目で川を見た。

「この川に沿って下れ。いずれ草木の生えない土地に辿り着く。人間界ではそこを『鬼ヶ島』と呼び、鬼や悪霊が住む場所として誰一人として近づかない。ここに比べれば環境は悪いが、幕府に狙われることは無かろう。集落中に伝え、すぐに出ろ」

 男性の声は相変わらず冷たかったが、目の奥には優しさががあった。

「……はい。ありがとうございます」

 鬼郎の目からは、自然と涙が出ていた。

 彼ら忌み子達に、希望の光が差し込んだ。


 翌日には集落の皆は移動の準備ができていた。

「よし、みんな、行くぞ」

 彼らは鬼郎を先頭に、皆は1列に並んで、川に沿って下り始めた。

 下り始めてから小1時間程経っただろうか。周りの景色が変わってきた。

 あんなに生い茂っていた木々はもう見えず、地面は黒っぽくなり、乾いてひび割れている所もあった。

 しかし不思議なことに、川はまだジャンプして飛び越えられるかどうか程の太さを保っていた。

 また、川に接する部分の土だけは湿っていて、ぱらぱらと雑草が生えていた。

「……なんだか不気味だな。人間が近づかないのもなんとなく分かる」

 それからまた進むと、段々と上り坂になってきた。

 道もボコボコしていたりひび割れていたりと、かなり険しい。

「これ以上進むのは厳しいな。この辺にしよう」

 鬼郎がそう言うと、皆がその場に座り込んだ。

「はあぁぁぁー……やっと着いたぁぁ」

「もうムリ、限界突破した」

 皆が口々に疲労を語る中、鬼郎だけは荷物も降ろさずに周りを調べていた。

「鬼郎、なに見てんだ?」

 鬼郎と特に仲が良い武蔵むさしという名の青色の肌の男が、地面に寝っ転がりながら鬼郎に尋ねた。

「ん?ああ、この辺の地形を見てるんだ。ほら、かなり土が乾いてるだろ? でも川が流れてるってことは、どこかしらに植物が育つ土があるはずなんだよ」

「……ふーん。相変わらずだな」

 鬼郎が答えると、武蔵は起き上がった。

「よし、みんな! もうひと頑張りだ! この辺の土の状態を調べるぞ! 水はけの良さげな場所あったら教えてくれ!」

 武蔵がそう言うと、皆は多少の文句を口にしながらも、立ち上がって動き始めた。

「みんな……」

「鬼郎、お前さ、すぐ自分1人でやろうとする癖、あるよな。だから、その……たまには俺らも頼れよ。てか、常に頼れ」

「いや、でも……」

「俺らだって、仲間のために頑張りてんだよ。俺らの仕事奪んな」

 武蔵は鬼郎の肩を叩き、他の仲間の方へ行ってしまった。

「……"頼る”、か。そうだな、忌み子は、俺だけじゃないしな」

 鬼郎は遠くで地形を観察している仲間達を見た。

 その目からは再び、自然と涙が出ていた。

「大丈夫だ。人間なんかには従わない。俺達は俺達なりの生き方をしよう」

 鬼郎は涙を拭い、仲間のいる方へ走っていった。



〜ひとくちmomo〜

【次回予告】

 鬼三郎が語る、鬼達の始まりの物語。鬼郎達の運命は!? 次回、鬼三郎が「最期の鬼」である理由が明かされる! 10月中に更新予定! お楽しみに!


【お詫び(言い訳)】

 はい。もう謝れば済むレベルじゃ無いです。更新一ヶ月近く遅れました。深く深く、お詫び申し上げます。

 一応言い訳をしておきましょう。まずは私の平日の一日のタイムスケジュールを載せましょう。


AM 5:00  起床・課題に追われる(たまに寝坊でAM 6:00 起床)

AM 6:00  スマホ・PC利用可能時間スタート

AM 7:30  学校へ出発

AM 8:15  学校

PM 4:00  部活動

PM 8:00  帰宅・課題に追われる

PM 10:00 スマホ・PC利用可能時間終了

PM 11:00 就寝(6時間寝ないと集中力消えます)


 平日はこんな感じです。ご理解いただけたでしょうか、随筆できるのが課題が早く終わった日のPM 9:00〜PM 10:00くらいしか無いんですね。

 とはいえ、課題も一時間で終わる日なんてほぼ無いわけで……

 一時期更新スピードエグかったのは、どうにかしてカクヨム甲子園に間に合うため、睡眠を削って課題を後回しにしていたからです笑


 ご理解いただけなくて結構です、ただの言い訳ですので!

 長々と失礼いたしました。

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