第5話
「私、前世ではブラック企業のOLとして働いてたんです」
モモさんがポツリ、と話し始めた。
「ブラック企業……!?」
「はい。確か、37だったと思います。婚期を逃して、パートナーもできず、23で就職した会社に務め続けてました」
モモさんが道端の石ころを、前足で蹴った。
「当時、好きなこともなく、何のために働いているのかわからない状態でした。それで、嫌になっちゃって」
「えっ、まさか……」
「はい。自殺しました」
そういう彼女の表情はカラッとしていた。
「ほぼ毎日残業して。きっと上司から『旦那も居ない、便利な女職員』とでも思われていたんでしょうね。こき使われてました。」
「そんな……」
高2で人生を終えた俺には、社会はよく分かっていない。
でも、モモの居た職場が、ホワイトではないことははっきりと分かった。
「もう、生きるのはやめよう、って思いまして。でも、なるべく周りの人に迷惑かけたくなくて、自宅で首吊り自殺しました。」
俺はつい俯いてしまった。モモにそんな過去があったなんて。
「あ、一応遺書は置いときましたよ?だから心配しないで下さい」
俺が俯いたのが、周りの人への心配だと勘違いされたようだ。
「いや、心配の方向違うよ?」
「え?」
「俺、そんなツライ生活をしていたなんて知らなくて……それなのに今世でもツライ死が待っている
俺はモモの目を見て話すことができなかった。
「俺は、桃太郎っていう、モモに比べたらよほど幸せな身に転生したのに、こうやって悲劇ぶって。だっせえなって」
「桃太郎さん……」
モモが悲しそうな目で俺を見る。
「……」
暗い話題になってしまったせいか、会話が途切れてしまった。
「……そういえば桃太郎さん、桃太郎さんは前世って何をしていらしたんですか?」
沈黙を破って、モモが話しかけてきた。
「え、俺の前世?」
「そうです!」
「俺の前世かー……あんま面白くないけど、いいの?」
「はい、聞かせて下さい!」
モモが笑顔で、俺を見上げてきた。
「……俺、死んだの高2なんだよね」
「こ、高2!?」
モモはかなり驚いた様子で繰り返した。
そりゃそうだろう。モモが死んだ歳に比べて20も若いのだから。
「そ。登校中にトラックと事故って……助かんなかった」
とはいえ、俺は、あの時の事故は、半分俺が悪かったのではないか、と思っている。
「俺、あの時、下向いて歩いてたんだよね。学校行くの嫌すぎて」
「学校が嫌?一体何故……」
俺は、もう15年も前の事なのに、つい昨日の出来事だったかのように、鮮明に思い出すことができた。
「俺、クラスの人達の、いじめの標的にされてたんだ」
「そんな……」
モモが悲しそうな目で俺を見上げる。
「まあ、いじめって言ってもそんなに過激じゃなかったし、あんま気にしてないよ。それに、俺が、いじめさせたのが悪いんだし」
「いじめさせた?一体どういうことですか……?」
「俺、このコミュ障のせいで、みんなと上手く話せない自分に嫌気が差したんだ。それで、みんなと話すきっかけが欲しくて―――」
俺は5月のある日、1人で早朝に学校に来て、自分の机に、菊の花を挿した花瓶を置き、一度学校を出て、クラスのみんなが登校し終わるくらいの時間まで待った。
まだその頃の俺は、クラスのみんなは『陰キャにも優しい良い人』だと思っていた。
だから、俺がいじめられているって知れば、みんな俺を心配して、声をかけてくれるんじゃないか、と、期待してしまった。
「じゃあ、いじめを自作自演して、話すきっかけ作りを……?」
「そ。我ながら不器用でバカだったと思うよ、自分でいじめて下さいって言ったようなもんだから」
その後、俺は時間になって、教室に向かった。
そして、自分の机を見て、絶句した。
俺が置いた花瓶の周りに、『死ね』『ブス』『キモい』などの暴言が書いてあったのだ。
「俺、まさかクラスメイトから嫌われていたなんて知らなくて。そこから俺の、いじめられっ子陰キャライフが始まった」
「……っ!」
モモが申し訳無さそうに俯く。
きっと俺の前世を聞いたことへの後悔だろう。
「もし俺が、自分で花瓶を置いていなければ、って、ずっと思ってて。いじめを始めさせたのは俺だから。俺はますます陰キャになっちゃって……人も信じられなくなって」
あの日、俺は、俺を含め、人間を嫌いになった。
必要のない嘘をついて、必要のない争いをする人間。
勝手に他人を想像して、信じる人間。
「流石に自分のせいだと分かっているとはいえ、いじめられに学校行くのって嫌じゃん。それで、俯いてて、信号確認しなかったんだよね」
「あ……」
「多分俺、赤信号を渡ったんだよ。それで、トラックに轢かれて死んだ」
即死だったのだろう。身体に強い衝撃があった直後には、もう桃の中だった。
「そのせいで、今世でも最初は誰も信じてなかった。今は、村の人達は
ははは、と俺は苦笑いした。しかし、モモの反応が無い。
「あれ?モモ?どうした?」
モモが突然、ダッと走り、俺の前に向き合った。
そしておすわりして……
「桃太郎さん!!失礼なことを聞いてしまい、申し訳御座いませんでした!!」
頭を地面につけた。
「へ!?」
犬の土下座!?
「桃太郎さんに無理やり前世のツライ記憶を思い出させてしまい、申し訳御座いません!!家来としてあるまじき行為です!!今すぐにでも切腹してお詫び申し上げます!!」
「え、いや……え!?」
切腹!?犬が!?
「さあ、桃太郎さん!この私めに刀をお渡し願います!この場で切腹いたします!!」
「え、いや、せ、切腹しないで?」
「し、しかし……!!」
「モモは別に、悪いことなんにもしてないから!切腹とかやめて!グロイの俺無理だから!!マジで!!」
言い忘れていたことがあった。
俺が鬼退治に行きたくないもう一つの理由。それは……
グロ苦手!!!
「……へ?」
モモがぽかんとした表情で頭を上げた。
「ほんっとにやめて下さいお願いします俺グロイの無理なんですだから俺鬼退治も行きたくなくてなのに行かされてもう血とか想像するだけで吐きそうなんでお願いしますこれ俺のためなn」
「あの、桃太郎さん。私、切腹しないので、落ち着いて下さい」
モモが止めに入ったが、俺のグロアレルギー発作は止まらない。
「ほんとにグロイの昔話に持ってくんなやクソが子供も読むんじゃぞ昔話ってのはってかまずなんで俺転生とかしてんのほんと意味わかんないし転生とかそういうのってライトノベルとかの世界でしょ俺現実生きてたし意味わかr」
「あーーーうるせえ!」
どこからか、俺でもモモでもない声がした。
「「え?」」
驚きで、グロアレルギー発作が止まった。
「消え失せろ、この
近くの木の下で、右手を額に当て、左手を斜め上に伸ばして、謎の呪文を唱える―――
猿がいた。
「「……え?」」
〜ひと口momo〜
【次回予告】
転生者の犬の次は、まさかの厨二病の猿!?もしかして、あの猿も、桃太郎の家来となる
【お詫び】
何度お詫びしたかわかりません。また更新日1日遅れてしまいました。申し訳ございません。このままのペースだと12日に完成が間に合いません。爆速で仕上げます。本当に申し訳ございませんでした。
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