第4話

 ハッとして、俺は走るのをやめ、立ち止まった。

 必死にさっきの出来事を思い返す。


『桃太郎!』


 しかし、さっき起きたことを思い出したくても、ただひたすらに「桃太郎」という言葉が連呼されるだけで、それ以上何も思い出せなかった。

「思い出せないけど……鬼ヶ島に行ってくれと言われたのだけ覚えてるな」

 はっきりと思い出せるのは、おじいさんの言葉。


『……桃太郎。鬼ヶ島に行きなさい』


 あの時、おじいさんがどんな顔をしていたか、思い出せない。

 あの時、おじいさんの他に、誰がいたかも思い出せない。

「なんかおかしい気がする……」

 なぜ俺は、鬼退治グッズを抱えて、村から走って逃げていたのか?

「行きたく、ないのに」

 俺は転生直後に誓ったはずだ。鬼退治には絶対に行かないと。

 なのに、今こうやって鬼退治グッズを抱えて、自ら村から出ている。

 しかも、『鬼ヶ島に行ってくれ』という言葉以外を思い出せない。

「なんか……運命シナリオには逆らえないって、身を持って体験してる感じするな」

 俺は今まで、鬼退治フラグを折ってきた。

 絶対に、剣術や武術を習わなかった。

 いくら中身が運動音痴とはいえ、もし剣術や武術を習ったら、桃太郎の運動能力が発現してしまうかもと心配したからだ。

 おえらいさんが来た日も、曖昧な返事でうまく流した。

 おえらいさんはそんな俺に失望して、帰っていた。

 うまく、このまま回避できると思っていたのに。

「やっぱり、運命シナリオには逆らえないのか……」

「分かります……めっちゃその気持ち分かります……」

 どこからか、声が聞こえた。

「!? だっ誰……!?」

 俺は周りをキョロキョロ見渡した。

 周りに人はいない。細い一本道の周りは、草が生い茂っており、ところどころに木が生えているだけだ。

「ここです……」

 声は近くの木の方から聞こえた。

 俺は気になって、そっと近づいた。

 そこにいたのは、やせ細って汚れた柴犬だった。

「いいい犬が喋ってる!?」

 俺は驚いて後退りした。

「うわっ!」

 足元に拳サイズの石が落ちているのに気付かず、転んでしまった。

 柴犬はゆっくりと身を起こし、俺に右前足を伸ばした。

「どうか……食べ物を恵んでくれませんか……?」

 そう言った柴犬の身体は震えていた。

 長い間何も食べていないのだろう、そう時間の経たないうちに餓死してしまいそうだった。

 俺はとりあえず犬が喋れることにツッコむのはやめ、急いできびだんごを取り出した。

「あの、えっと、これ……よ、よかったら……」

 柴犬は震えながら俺の手の上のきびだんごをかじった。

「……美味しい」

 柴犬は目にいっぱいの涙を溜めて、もう一口、さらにもう一口と、きびだんごをかじった。

「美味しい……美味しいよぉ……」

 ついに柴犬の目から雫がこぼれ落ちた。

 柴犬は3つのきびだんごを食べ、元気を取り戻した。

「あの……お餅、有難う御座いました。お陰で命拾いしました」

 柴犬は俺に向き合い、おすわりをしてそう言った。

「あ、いいいいえ……そんな…」

「はじめまして、わたくし、ポチと言います」

 俺も慌てて自己紹介を考える。

「あ、え、あの、俺、桃太郎で、す」

 俺のぎこちない自己紹介に、ポチは笑って続けた。

「ふふっ。そんなに緊張なさらないで下さい」

「あ、はい……」

 俺は緊張していたことが恥ずかしくなってしまった。

「えと、あの、どうしてポチさん、い、犬なのに、喋れるんですか……?」

「ああ、そうそう。先程、桃太郎さん、『運命シナリオには逆らえない』って仰っていましたよね。私も同じなんです」

「え、ポチさんも、同じ……?そ、それってどういう……」

「桃太郎さん、貴方、転生者だったりしませんか?」

 転生者。死を迎えた後、次の世で、別の形に生まれ変わった者。

「な、なんでそれを……」

「私も、転生者なんです。現代で生まれ、死に、この世界に新たな生を授けられました」

 俺は、この世界に転生したのは俺1人だと思いこんでいた。

 まさか、この喋れる柴犬も現代の転生者だなんて。

「花咲かじいさんって知ってますか?」

「あ、は、はい。知ってますけど……」

「私、花咲かじいさんのポチに転生したんです」

 ポチに……!?

「花咲かじいさんのポチって、隣の欲張りな老夫婦に殺されるじゃないですか。私、そんなの嫌で……優しい夫婦の元に行かずに、逃げてきたんです」

 確かに、花咲かじいさんのポチは、隣に住む欲張りな老夫婦に殺されてしまう。

 転生者のポチさんは、それを知っていて逃げたのか……

「流石に元現代人の私には、犬の生き方などわかりませんし……野良犬の群れに入ろうと思ったんです。そしたら、『お前は来るな、来るなら殺すぞ』と怒鳴られてしまって。そのまま餓死しかけて、今に至ります」

「ポチさん……」

 俺はポチさんの苦労を知って、俺がどれほど楽に生きてきたかを知った。

「私、運命シナリオ通りに生活しなかったから、今こうやって死にかけてるんじゃないかなと思ったんです。運命シナリオ通り暮らしていれば、あと5年程は幸せに暮らせたはずです」

「あっ……だからポチさん、運命シナリオには逆らえないって言って……」

「そうなんです。運命シナリオ通りに生きなかった私を、神さまは成敗しようとしているのではないかなと」

 神さま。俺は考えたことがなかったが、確かに「転生」した俺達は、神さまに見張られているのかもしれない。

 だから俺は、理由わけもわからず村を飛び出て……

「ところで、桃太郎さん。貴方も運命シナリオには逆らえないって言ってましたよね。でも運命シナリオ通りに、鬼退治に向かっているじゃないですか」

「あ、えっと、それは……じ、実は違くて」

 俺はポチさんに、俺の今までの経路を話した。

「そんな……。桃太郎さんも、大変だったんですね。理由わけもわからず、気がついたら村を飛び出ていたなんて」

「ははは……俺もびっくりして。何で鬼退治グッズ抱えて村から飛び出てるんだろ?って。そしたら犬いたし」

「なんか私、花咲かじいさんの運命シナリオから、桃太郎の家来の運命シナリオに変わってしまいましたね」

「あ、確かに……」

「あ、いえ、全然残念だと感じていないので、心配しないで下さい。ご存知ですか?餓死って、死因の中でもかなり辛いそうですよ」

「そ、そうなんですか……!?」

「あの木の下で、私は常に幻覚を見ている感じでした。頭も上手く働かず、ほわほわして、とにかく辛かったです」

 たった今俺と話しているは、本気で死にかけていたのだ。

「もし俺がたまたまここを通らなかったら……」

「ええ。私は確実に死んでいました」

 もしかしたら、これも運命シナリオだったのかもしれない。

「と、言うことで。是非、桃太郎さんのお供させて下さい!」

 ポチさんは、俺に頭を下げた。

「え、でも、いいのか……?せっかく存命したんだし、優しい夫婦の下に行ったほうが幸せなんじゃ……」

「いえ!私はもう〈桃太郎のお供の犬〉という運命シナリオなので!」

「そ、そっか……じゃあ、お願いします!」

「はい、こちらこそよろしくお願いします!」

 ポチさんが顔を上げて「わん!」と吠えた。

 俺達はならんで、また一本道を歩き始めた。

「ところで、ポチさんって何か変な感じしませんか?」

「確かに……」

 「ポチ」と呼ぶのは少し気が引けるし、だからといって「さん」付けもちょっと違和感がある。

「私、現代では『モモ』という名だったんです。よかったら、そちらの方で呼んでいただけませんか?」

「モモ…さん、でいいですか…?」

「あっ、敬語じゃなくて大丈夫ですよ!『さん』付けじゃなくても良いです!何より、私は桃太郎さんの家来なんですから」

「確かに、そうだけど……!」

 声の高さからして、モモさんは確実に女性だ。

 運動音痴コミュ障陰キャの俺は、前世でも現世でも女性を名前で呼び捨てしたことが無いのだ!!

「お願い、します……」

 モモさんが俺を見上げてきた。

 (犬として)かわいすぎるっ……!!

「え、っと、じゃあ……モモ……」

「はいっ!これから、よろしくお願いします、桃太郎さん!」

 桃太郎としての家来が1匹、できてしまった。



〜ひと口momo〜

【次回予告】

 無事(?)家来1匹目、犬と出会えた桃太郎。一本道を2人で歩くうちに、2人の雑談は前世での生活に移る。桃太郎のツライ過去が明らかに……!9/6、更新予定!お楽しみに!


【お詫び】

 第3話のひと口momoで、第4話は9/4更新予定と記載していながら、更新が遅れてしまったこと、お詫び申し上げます。

 定期考査が死にそうだったんです……!!

 どうかご理解下さい……!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る