あべこべマシン

@suitawatanabe

あべこべマシン

「やい。このうすらブスのヒステリー女、毎日同じようなツラみせやがって。こっちはお前にもう飽き飽きしてんだ。ぶっとばすぞ」

 そう男が言うと、男の妻はにっこりと笑った。

「最近のお前は自分を美しくみせる努力を怠っているんだ。あの頃は良かったよ、君はきれいで僕も若かった。それなのに今はこれさ」

 続けてこう言うと妻は「もうあなたったら、最近はやさしいのね」と、またもや照れたように笑い、男に熱のこもった目を向けた。そんな妻に男も笑顔を返し、二人の間に朗らかな空気がバッと立ち込んだ。二人の目線がからみあったが「おっと、もうこんな時間だ」

 男は妻にキスをし「それじゃあ会社へ行ってくるよ。その間自分のシワの数でも数えてろ」

 と、玄関のドアを開けた。

 会社へ向かう道の中で、男はあることに気づいて、あわててポケットの機械のスイッチをオフにした。いつもはすぐにオフにするのに、今日は忘れていたのだ。もしそのまま会社に行っていたらと思うと男はゾッとする。なぜならこの機械はあべこべマシン。自分が言った言葉が相手には逆に聞こえるという、一種のパーティーグッズだ。

 このマシンのいいところは口から甘い言葉がでるようになるのではなく、相手の聞こえ方が変わるという点で、男はこのおもちゃを妻へのストレス解消。ではなく家庭円満のために使っていた。

「何が家庭円満だと言われるかもしれないが、これによって僕と妻の仲は前よりよくなったし、スッキリすることで仕事の能率も上がり、上司からも褒められた。そう、決しての自分ためとか、本心からの暴言とか、そういわけではないのだ。決して」

歩きながらそう呟く。

 男は会社へ着き、スッキリした顔で仕事へ向かい、やはり以前よりも調子がいいことを確認しながら、仕事をこなした。

 仕事がひと段落し、昼ごろになりいつもの食堂で同僚と昼飯を食べる。すると同僚は物憂げな顔だった。箸が止まっており、なにか悩み事があるよう様子。

「ちょっと相談事なんだが」

 同僚は箸をおき、大きなため息をつきながら男にそう言った。

「疲れた顔をしているな」

「うん、実は家庭がうまくいってないんだ」

「へぇ、君が」

 これはちょっと驚くことで、というのも彼は愛妻家で有名だった。

「うまくくいってないというより、なんだか疲れたんだ。もちろん妻のことは愛している。ただ、以前よりちょっとした事で怒ってしまうんだ」

「君は溜め込む性格だからなぁ。イラっとすることがあっても、あんまり奥さんに言えないんだろう?」

「そうなんだよ。そういえば君の家庭は上手くいってるって聞いたな」

「ああ、最近は特にね」

「へぇ、いいなぁ。なにか秘訣とかがあるのかい?」

 そう聞かれて男はニヤリとした。

「君は奥さんを愛している。それは僕も知っている。君はこの会社一番の愛妻家と言ってもいいくらいだ。ただそこに一つ問題があるんだ」

「はあ」

「なあ、結局、文句は口に出して言った方がいいと思うんだ。人間、一緒に生活をするとなると、どんなに仲が良かろうがさ、不満はたまるものだろ。だから不満は口に出す。ただ、これはおもいっきりでないといけない。遠慮して小言を言うより、妻のため、家庭のためにこそ誇張して、思ってもないことでも言うべきなんだ。家庭のためにね。でも裏で言うのは罪悪感がある。直接言うなんてことも君にはできない」

 男は「家庭のため」という部分を強くしながら、こういう文句が口からスラスラでてくることにちょっと驚いた。

「だからこれやるよ」

 そう言ってポケットからマシンを差し出した。同僚は怪訝そうな目で見つめる。

「なんだいこれ」

「それは家庭をいい方向へ導くマシンさ、使い方はスイッチを入れるだけ、このマシンの機能を説明するとだな」

 そう話そうとしたところで、男の背中から焦ったような声が聞こえた。

「おい今すぐ会議室へ来てくれ、緊急で例の件で話があるんだ」

 何事かと思い後ろを振り向くと、真剣な顔の上司がいた。男はあわてて何があったのか聞くが

「いいから急げ」

と、有無を言わさぬ雰囲気だったので「じゃあ説明はまた後で」と同僚とマシンを後にし、会議室へ向かった。


 男の同僚は一人マシンと共に残された。彼はマシンを渡され、それが何のマシンか聞くことができなかったが、とりあえずはスーツのポケットに入れた。

 仕事が終わり、彼はマシンの説明をしてもらおうと男を探したが、どうやらあの後どこかへ行ったらしかった。まぁ明日にでも聞けばいいかと彼はマシンをポケットに入れ、会社を出た。

 家へと帰る道を歩きながら彼はポケットからマシンを取り出し、眺めてみた。手のひらに収まるくらいの長方形で、上下に動かすスイッチがあるシンプルなデザイン。

彼はスイッチを上へと動かしたが何も反応はなく、元に戻しても何もおきなかった。何度かスイッチを動かしてみたが、やはり目に見えての反応はなかった。

「なんのマシンなんだろう。なにか家庭のためになるとか言っていたが。まさか僕が壊したんじゃないだろうか。いや特に何もしてないしな。あれ? そういえばもともとどっちにスイッチがあったっけ?」

 心の中でつぶやき、記憶を辿ったが「まぁいいか」とポケットにしまった。

 彼は夜道を歩いていると、男の言葉を思い出した。

「彼は文句を言った方がいいと言っていたが、僕はそんなことが言えるタチじゃない。やっぱり家庭円満には褒め言葉がいいんだ。今日は妻にうんといいことを言ってやろう。」

 彼はそう思い、妻へのその言葉を考えだした。するとどんどん楽しくなってきた。すごく甘い言葉でもたれてやろうという気持ちになってきて、心がなんだか踊りだした。妻のいい所を探しているうちに、その愛が湧き出てきたのだった。

 家の前に着く頃にはちょっとキザでコテコテな殺し文句が頭の中に考えついていた。

 彼は軽い足取りで玄関へと向かい家のドアを開けた。今や彼の心は若い時のように燃えあがっていた。「おかえりなさい」と彼の妻が出迎える。彼は幸せそうな笑みを浮かべた。

「ああただいま、今日もいつもどおり醜いな。このゴミカス。さすがは僕のクソみたいな妻だ。君はこの国、いや世界一のブスだ。その顔を見るだけで吐き気がしてくるよ。君とは今すぐ別れたい。大嫌いだ」

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