第25話 急造

 グラトーナと二ノを見送った面々は、直ぐさま臨戦態勢に移った。

 追っ手が到着するまでの僅かな時間に、勇者が武器を構えながら言う。


「……いいのかい?チサトは彼についてくと思ってたよ」

「私もそうしたい……けど、のあなたたちじゃ頼りない」

「っ……へぇ」

「チサトさんって、結構言うタイプなんですね……ふふっ」


 勇者はニヤリと口角を上げ、聖女が笑う。


「おい、おめえら。あいつらすぐ始末して合流すること忘れんなよ」


 ガリアが低い声で唸るが。


「当然だろ?僕は勇者候補さ」

「ええ、チサトさんを見返すとします」

「あなたこそ足引っ張らないで」

「グッ……こいつら」


 生意気な面々を何とか我慢するガリア。

 そして、間もなく追っ手が次々と集まり戦闘が開始した。


「それじゃ、僕が突っ込むね」

「合わせる」

「お好きにどうぞ」

「チッ……」


 宣言通り、勇者が敵に向かって駆けた。

 少し遅れてガリアも前へ出る。

 賢者と聖女の二人が、詠唱を始めた。


「ハアアア!」


 一言二言交わすだけで、即座にガリアと勇者が相手の攻撃を食い止め、聖女がつなぎ、二ノが一気に蹴散らす陣形を作り上げる。

 研究所は、独自の戦力を持っており、一人一人の戦力は凄まじいが、流石に勇者と賢者、魔王の側近に比べるとその実力は大きく劣る。

 まるで、ボーリングのピンがごとく蹴散らされる研究所の追っ手。


『サンダー』

『ファイア』

『フリーズ』

『ライトアロ』

『マッドスワンプ』


 その隙に、簡易かつ殺力の高い魔術を高速で発動していく賢者。

 この中で唯一魔王討伐を経験した彼女は、一際目立っていた。


「分かっていたけれど、凄いな彼女?本当に同世代かい…っ?」

「ええ、とても勉強になります……!」


 とにかく魔術発動までの速さと精度が段違いであった。

 思わずガリアも。


「敵に回るとはあまり思いたくねえな」


 とこぼしたほど。


 とは言いつつ、勇者も俊敏な動きで相手に近づき斬り伏せる。

 それを見たガリアは、勇者と後方組の間で近づいてくる相手を遅らせる。

 ガリアがつないだ僅かな時間で、賢者が複数の魔術を高速展開。


 敵の頭上から雷が降り注いだ。


「ギャアァァ」


 まともに当たる者、何とか避けた者も勇者が次々に意識を刈り取っていく。

 現在の所、勇者一行とガリアは攻勢に回っていた。


「うん、いいね。とても戦いやすい」

「そうですね、即興とは思えないです」

「……フンッ」

「たいしたことない」


 一方、賢者はこの陣形に懐かしさを感じていた。

 本来なら、ここにレンジャーのレンが加わっていた。

 というより、正直この程度の敵ならユウ一人で事足りる。

 だがそれは未来の話。

 若干に幼さを残したユウとセイにそれでも賢者は嬉しさを覚えた。


「やっぱり、皆と戦うのは安心する」


 この中で唯一、周りを見渡しながら後方から支援を行っていたセイは、逆にガリアへ衝撃を受けていた。


「彼、とても器用な方なんですね……」


 毛むくじゃらの巨体に鋭く凶悪な爪を備えた見た目とは裏腹に、常に全体を把握し穴のない立ち回りであった。

 勇者が前線に行き過ぎれば、少し下がって後衛の守護に回り、魔術で敵の陣形が崩れれば勇者に加わり追撃を行う。

 その動きが、初めて組んだにしては驚くべき完成度に貢献していたのだ。

 そして、これこそ単体での強さしか見られていない二ノの、目指すべき姿である。


 また、セイもこの戦いを自分の糧にしようと心に誓い杖を握る手に力を込める。

 しかし、ある追っ手が声を上げる。


「お前……勇者候補だな!」


 敵の動揺した声が響き渡った。


「あっちにいるのは聖女見習いか?」


 あちこちから指を差され、段々汗が浮かぶ二人。


「あ、やばっもうバレた」

「……これ私達不味くないですか?」

「うーん、困った。明日からどうしよっか」


 と、ここで賢者の一言。


「皆殺しにすれば問題ない」


「「えぇ…」」


 などと口を叩いていた矢先、突然皆の顔がこわばる。


「来る」


 賢者が呟いた。


「ッ……ハッ!」


 一瞬の間で距離を詰めてきた追っ手の刃を、勇者が受け止め弾き飛ばす。

 しかし、その顔に余裕はない。

 先程とは比べられないほどのスピードとパワーを感じたからだ。


「…へえ、こんなに強いならあなた達が代わりに魔王を倒せば良いんじゃないかな?」


 冷汗三斗ながらも軽口は止めない勇者。

 どこか自分を鼓舞しているようにも見える。


「……」


 先程の相手と異なり、対する応えはない。

 ぞろぞろと皮切りに出てきたのは五人の追っ手。

 服装も他の追っ手とは異なり、武器も高そうだ。

 加えて、魔力や佇まいが他とは桁違いである。


「やっぱりいやがったか」


 ガリア渋そうに顔を歪める。

 視線の先には魔族の姿が。


「ご機嫌麗しゅう魔王様。それに、ガリア」

「ヤーラン……ッ!」


 山羊の頭を隠そうともせず、どうどうと人間の国に現れたその魔族は、ヘラヘラ笑いながらガリアに挨拶する。


「ヤーラン?」


 賢者は、ガリアに続きまたもや未来で知らない魔族の名に首を傾げる。

 しかし、ガリアも黙ってはいない。

 挑発的な表情でこう言う。


「大丈夫か?今夜がお前の命日だぞ」


 賢者は一人思った。

 グラトーナとの合流は先延ばしにされそうだ、と。




 一方その頃。


「があああ」

「ぐわああ」

「たすけ……ッ!?」


 合流場所を目指していた魔王と俺は快進撃を見せていた。


「ふんふんふーんっ」

「……」


 それはもう順調に。

 なぜならこの魔王、やはり別格な強さを誇っていたからだ。

 近距離遠距離関係ない。

 遠い敵には賢者と匹敵する魔術を。

 近い敵にはガリアを超えるほどの速さで瞬殺。

 あろうことか鼻歌まで奏でる始末。


 俺はただ前を歩くのみだ。

 本当に護衛が必要なのか?


 指揮棒を振るうかのように腕を払う度に、辺りを平らにしていく魔王。

 これが、未来で俺達の国に攻めてきていたとは、今更ながらゾッとしない話だ。


「いてっ」


 動揺からか、いつの間にかあった石に躓いた俺は足をくじいた。


「何しとるんじゃ」


 すぐさま治癒魔術を掛けてくれた魔王。


「あ、ありがとう」

「この妾に露払いさせるとは贅沢な者じゃな、従僕B」

「ははは、全くもってその通りで……」


 こう、味方には優しいのだから果たして敵か味方か種族だけで判断するのには疑問が残る。

 彼女の目的は、先日のつぶやきから何となく予想が出来ることだが、未来を知っている俺から言えることは沈黙だけだろう。


 閑話休題。


 賢者の姿をしているのもあり、あまり接敵もせず、気付けば俺達は目的地の目前にいた。

 しかし、このまま行くとはそうは問屋が卸さない。


「やあ」


 ある人物の登場により、俺達の歩みは止められてしまうのだった。


「あなたは……」


 まるで来ることが分かっていたように見計らった登場のリグレによって。


「またあったね二ノ。そして……久しいね、グラトーナ」

「…リグレ」

「……バレてる」


 当たり前のように幻影魔術を看破するリグレ。

 自身の名前を呼んだリグレに対し、グラトーナの表情は硬かった。


「……そう、じゃな」

「どうした?そんな顔して。旧友との再会だろう?」


 大げさに驚いて見せたリグレだったが、その瞳の奥はどんな感情も見透かせない無機質さを醸し出していた。

 何を考えているのか、まるで分からない。


「そこを通してもらおうか」


 そして、グラトーナもまたどのような思いを抱えているのだろうか。

 横顔からは判断できない。

 屹然と言い放ったグラトーナに、リグレは微笑みかける。


「もちろん構わないが、その前に話を聞いてくれないか?」

「その気持ちは山々なんじゃが、あいにくと急いでおってな?また今度にしてもらおう」


 にべもない魔王。

 そのままスタスタ歩みを止めず、彼女の横を通り過ぎようとする。


「本当にいいのかい?」


 すれ違う魔王に対して一切止めようとしないリグレ。

 だが、彼女は一言だけ言った。


「知りたくはないかな?――君の母上について」

「ッ!?」


 前を塞ぐ壁などないはずの魔王が、ピタリと歩みを止める。


「グラトーナ?」


 グラトーナは、驚きに固まった顔で繰り返した。


「は、母上のこと……じゃと?」


 魔王にとって、母親の話はクリティカルな話題だったようだ。


「ふふふふ、やはり気になるようだね、よろしい。では、ご覧に入れよう。私、レッドベリーの記憶を――『リオゲレナ』」


 怪我もない。

 危険な術も掛けられていない。

 それなのに俺達は、戦闘なしにこの目の前の人物によって時間稼ぎを許していた。

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