第24話 作戦

 作戦決行日、夜。

 今夜、魔王グラトーナはサラミドを脱出する。

 魔王側のメンバーは、グラトーナを中心として、俺、賢者、勇者、聖女、ガリアの6人。

 

……並べてみると、とても物語では見られないような組み合わせだが気にしない。


 対して、敵は研究所。

 数は定かではないが、総力戦となる以上なるべく敵と戦わないことが作戦成功の鍵となるだろう。


 今日は流石に訓練はせず、町の見回りや精神統一を図り時間まで過ごす。

 そして、現在俺達は秘密アジトの前に集まっていた。


「よいか?作戦は頭に入っておるな?」


 魔王が国に帰るためには、二つの条件があった。

 一つ目が。


「研究所や町の住人にバレないようこの町を脱出すること」


 前者は当然として、本来いてはならない存在がこの町にいることは俺達にとっても敵にとっても避けたいことだ。

 だから、大規模な戦闘はなるべく控えたい。


「まあ、研究所の連中が黙って行かせてくれるとも思えんがのう」


 十中八九、あいつらはこの前のように襲ってくる。

 しかも、どこまで俺達のことが知られているかも分からない。

 流石に、戦闘無しに脱出は不可能だろう。


 二つ目が。


「この町をでてからどうやって帰るか、だが」

「それについては私が用意してある」


 ガリアが胸を張って答えた。

 そもそも、ガリア達がこの町に来られたのはそのルートを使ったとのこと。

 ガリア曰く獣人の集団で密航を主に職業としているらしい。


「あいつらは用心深い。何しろ違法行為だからな」


 人間と魔族をつないでいるような奴らだ。

 落ち合わせる場所や移動中の決まり事も全て向こうの指示によって行われる。

 そのため、一つ目の目的地である待ち合わせ場所が当日に知らされるらしい。

 その方法については。


「本当に来るんだよな…?」

「ああ、獣人は時間にルーズな種族だが、こういうのは信用が命よりも優先されるからのぅ。落ち合う場所が記されたスクロールを持った使い魔がそろそろ…」


 言い終わらないうちに奥から何かが飛んできた。


「どうやらあれみたいだね」


 勇者が言い、魔王がそれを受け取る。

 全員がそのスクロールに顔を寄せた。


「目的地は」

「沖から見える」

「鳥の像……?」

「誰か知っておるか?」


 魔王が投げかけるが答える者はいない。

 めぼしい場所には一通り回ったはずだが。


「参ったのう……従僕Aのテレポートは」

「行ったことがない場所には飛べない」

「うーむ、知っていれば楽に事が進んだのじゃが」


 全員が頭を悩ませる中、俺は考えていた。

 沖から見える鳥の像。

 どこかで見たような……。


『あれがこの町のシンボルなんだって』


 それは、数日前。

 ロゼと町を回ったときに紹介されたされた像。


「あ」

「どうした従僕B」

「知ってる……この場所」

「本当かっ!」

「さすが二ノ」

「たまたまだ」


 本当にたまたまだった。


「よろしい、それでは案内は従僕Bに任せる――早速」

「ちょっと待ってくれないかい?」


 移動を開始しようとした魔王を勇者が止める。

 ガリアが訝しんだ。


「なんだ勇者候補、まさかお嬢の邪魔をするつもりか?」

「お前は少し黙っておれ」

「ぐっ…」

「せっかく、チサトがテレポートを使えるんだ。もうすぐ来るあいつらを撒いた方が良い」


 その視線の先には大量の研究所関係者。


「いたぞ!あそこだッ!」

「全員でかかれ!一人たりとも残らず殺せ!」

 

 血走った形相で俺達に向かってきた。


「お嬢、下がってくだせぇ」

「来たか――研究所」


 やはり、このアジトの場所は割れていたようだ。

 今日に照準を合わせてきたって事は、おそらく脱出のこともバレているはずだ。


「皆、捕まって」


 賢者の掛け声と共に、皆が動く。

 それぞれが賢者に触れ、賢者が呪文を唱えた。

 流石にこの人数を一度に送り込むには詠唱が必要なようだ。

 研究所の奴らが異変に気づき、焦って走り出す。


「……」


 もし、俺がテレポートを使えていれば……。

 こんな回りくどいことをせずに、直接魔王を送り出せたのに。

 きっと、皆思っているはずだ。


『俺ではなく、賢者が知っていれば、と』


 だが、誰もそれを口に出したりしなかった。

 その気遣いが、自身の情けなさを余計に実感させた。

 そんな気持ちが顔に出ていたのだろうか。


「二ノ――よくやった」


 グラトーナが言った。


「っ……ああ!」


 そうだ。

 今はそんな下らないことを気にしている場合ではないんだ。

 俺が出来ることを全力でやればいい。

 それだけ考えていれば良いはずだから。


「魔的の場所に飛ぶんだ」

「分かった――『テレポート』」


 研究所の驚く顔を見ながら、俺達は瞬間移動を行った。



 

◇魔的屋


 景色は一瞬にして変わる。


「ここが……」


 見覚えのある場所に降り立った俺達。


「これが時空魔術……凄まじいね」


 勇者が感嘆の声をあげる。


「ふふ、そうじゃろそうじゃろ」

「なんで君が誇らしげなんだい……?」


 ふんぞり返る魔王に突っ込む勇者だった。

 しかし、魔王の顔が急変する。


「ガリア!」


 魔王が言うと、ガリアの姿が掻き消えた。


「ロック・レイ」


 同時に賢者が、魔術で作り出した岩石を打ち上げる。


「グェ」

「ガッ」


 奥の通路から空気の抜けたような音がした。


「ど、どうしたっ」


 混乱する俺を余所に。


「たぶん連絡係」

「お嬢、やはりいやがりましたぜ」

「どうやら、この町全体に配置しているようだね」


 ガリアと、いつの間にか消えていた勇者が男達を引きずりながら戻ってきた。


「うむ、よくやった」

「そこまで強大なのか……」

「ええ、実質この国を裏から操っているわけですから」


 やはり、勇者と聖女は深いところにいるらしい。


「お嬢、こいつを見てくだせェ」


 ガリアが引きずってきた男の仮面を取る。

 すると、出てきたのはどう見ても人間の顔ではない異形だった。


「こやつは……そうか、が」

「宰相?」

「いや、何でもない……ここからは時間の勝負じゃな」


 疑問には答えてくれず、魔王がこれからの話をする。


「残念だけど、魔力の消失で気付かれてしまったようだね」


 勇者が冷や汗を浮かべながら答える。


「ええ、たくさんの魔力反応がこちらに向かって集まっております」


 聖女が補足説明をした。


「うーむ、ここはやはり」

「そうだね、別れた方が良い……仕方がない。ここは僕が引き受けよう」

「では私も」


 勇者と聖女が名を上げる。

 しかも。


「ん、わたしも残る」


 まさかの賢者まで言い出した。

 この発言には全員が驚く。


「…大丈夫なのか?」

「うん。二ノこそ気をつけて…多分大丈夫だと思うけど」

「お、おう…ありがとな」

「うむ、皆のものかたじけない、この恩は必ず」


 魔王は俺の手を引き、歩き出す。


「『フェイク』」


 賢者がそう唱えると、彼女の姿があっという間に魔王の姿へと変わる。


「なるほどのぅ――『フェイク』」


 続いて、魔王が唱え賢者の姿へと変貌した。

 当たり前のように、チサトど同程度の速さで魔術を行使する魔王。


「……やっぱ凄いのな」


 独り言つ。


「お嬢、お側にいますぜ」


 ガリアがピッタリとつこうとするが。


「それについてじゃが、ガリアはここへ残れ」

「な、なぜですかいッ!?」

「分かるじゃろ?急進派が来ておる」

「で、ですがッ!」

「ちっとは、従僕Aを見習え」


 おい、どんだけ賢者を俺とセットみたいに認識してやがる。


「…わかりました、おいてめぇ」

「ぐえっ」


 俺の方に近づいてきたガリアに、胸ぐらを掴まれ持ち上げられる。

 賢者が杖を構えたが、勇者に止められた。


「お嬢に何かあったら……殺してやるからな」


 言葉は恐ろしいが、俺は気付いてしまった。


「……ッ!」


 ガリアの目は、揺れているのだ。

 当たり前だ、こんな見た目クソガキの俺が魔王の傍にいて、自分はついて行けないのだから。

 あの訓練で、俺は計200回以上殺されている。

 不安になるに決まっている。


「わ、わかった……」


 俺はかろうじて頷いた。


「チッ、さっさと行け」


 ゴミのように放り投げられるが、魔術で勢いを殺しつつ着地する。


「ニノ、気をつけて」


 魔王についていこうとした俺だったが、賢者に話しかけられた。


「……お前もな」


 俺はすぐに背を向け走り出した。


「……!」


 こうして、魔王グラトーナ脱出作戦がスタートしたのだった。

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