第22話 特訓

 それは突然のことだった。


「お嬢、こいつ借りていきやすぜ」


 賢者が出かけている最中。

 唐突に首根っこを掴まれたかと思うと、ガリアが魔王に言った。


「む?従僕Bを?……ま、いいじゃろ」

「感謝しやす」

「俺の意見は?」

「こい金魚の糞」

「えぇ」


 助けを呼ぶようにグラトーナに視線を送るが、彼女は目を合わせてくれなかった。

 誘拐されたかのように、俺は乱暴にアジトから連れ出された。


 尻尾を身体に巻き付けられ、空を飛ぶこと数十分。

 港から程離れた無人島に辿り着く。


「今から3日間、お前を殺し続ける」


 突然言い放ったガリア。


「ちょ、どういうこと」


 訳も分からず立ち尽くしていると、ガリアはろくな説明も無しに、腕を振りかぶり殴りかかってくる。


「え、いや、まっ、まじ!?」


 大ぶりな右腕を何とか避ける。

 距離を取ろうと背中を向けた瞬間。


「1回目」

「ガッ!」


 背中に大きな衝撃が走り、激痛が全身を駆け巡った。

 前のめりに倒れ込み、砂が口の中に入った。


「ペッ…いきなり何すんだよ…」

「次」


 しかし、本当に殺されるわけではないと安堵するまもなく。

 倒れる俺をゴミかのように見下すガリアはそれだけ言って攻撃モーションに入る。


「……ッ!」


 地獄の幕開けだった。




「21回目」

「ガッ!」


 たしかに、俺はあの中で足手纏いだ。


「23回目」

「ゲホッ」


 しかし、いくら何でもこれは。


「25回目」

「……ッ」

「……ハァ」


 痛みで、声すら上げられない。

 ここまで辛い思いは前の人生も含めて初めてだった。


「お前、22回目の時に手抜いただろ」

「……?」


 何のことか分からなかった。


「次に備えてわざと攻撃を食らったよな」

「……っ!」


 そういえば、あの時避けられないと思い痛みを受け入れた気がする。


「次に無駄死にした際は痛みを倍にする」

「ッ!?」


 そんなことをされれば身体が持たない。

 必死に目で訴えるが、当然ガリアには届かなかった。


「立て。続きだ」

「……」


 なんでこんなことしなきゃいけないんだ。

 言い返すことも出来ず、俺は子鹿のように足を震わせ立ち上がる。


 結局、その日に計73回の死を持って訓練を終えたのだった。


「明日の朝再回する。逃げたら本当に殺す」


 それだけ言ってガリアは去った。

 俺は、解放されると同時に気絶した。




「――……」


 遠くで鼻歌が聞こえたような気がする。

 それは、意識がはっきりしてくると音もより近づいていく。


「ふーん、ふーん」


 やがて、明瞭な歌と焚き火、浜辺に寄せる波の音が認識できたところで目が覚めた。


「お、起きたか」


 何故か、目の前に魔王がいた。

 目の前?


「……ッ!?イでっ」


 自分が膝枕されていることに気付き、慌てて起き上がろうとしたが激痛でそれも叶わない。


「なんじゃ、いきなり妾から離れようとするとは失礼な奴じゃの」

「な、なんでここに魔王が……っ」

「なに、治癒がてら様子を見にな?全く、従僕Aを止めるのも苦労したんじゃ」


 たしかに、賢者が今の俺の様子を見ればガリアを殺しかねない。


「ほれ、重傷だけ治してやったぞ」


 言われてみると、動けないほどの痛みはすっかり引いていた。


「どうせなら全部治してくれよ」

「ばかもん、自然治癒も大事な訓練の一つじゃ。それに、そんなに治したいなら自分でやってみい」

「……やりたくても出来ないんだよ」


 体勢の恥ずかしさと、やりきれなさからつい顔を背けてしまった。


「おぉ、髪の毛がくすぐったいのぅ」


 しかし、魔王は全くと言って良いほど気にした様子はない。

 器がでかいのか、それとも俺みたいな凡人の悩みなど理解できないのか。


「――成長を拒んでいるのはお主自身じゃぞ」


 そんな俺の浅ましい心を見透かしたかのように、魔王はそう言った。


「従僕Bは諦めが早いところがあるのぉ」

「それは……お前等みたいな天才には分からないさ」

「天才、か」


 魔王は夜空を見つめ、懐かしむように語る。


は落ちこぼれじゃった」

「え?」

「あいつは高貴な生まれでも、特別な環境で育ったわけでもない。それこそ、血を吐く思いで努力し側近までなったんじゃ」

「……努力だって才能だろ?」

「まあそう腐るな。妾から見ればお主にだって光るものがある」

「……そうか?」


 正直、そんなこと人生で言われたことがないから嬉しかった。

 何だか手玉に取られているようだ。

 魔王は笑い、言った。


「ふっふっふ、ガリアからお主を鍛えると言ったんじゃ。きっと、従僕Aとの才能の差に苦しむお前に何か思うことがあったんじゃろ」

「……」


 そう、だったのか。

 正直、あいつは爬虫類みたいな感情のない目ばかり向けられたから全く分からなかった。


「だから、もうちょっと頑張ってみよ。お主も――このままで良いのか?」


 まさか、魔王からそれを言われるとは思わなかった。


「そりゃあ、嫌だけど」

「疲れたら、妾が癒やしてやろう」


 微笑む魔王は、口調と相俟って随分と年上のように感じる。


「…そういえば、魔王は俺達とほとんど年離れてないよな?」

「うむ?そうじゃな、妾が数年上なはずじゃ」

「なんでそんな老人言葉で話すんだ?」

「……それは」


 少し言い淀む魔王。


「妾が幼いころ、父のような魔王になりたくてな?真似しておったんじゃ。すると、いつしか癖になっておった」

「……そうか」


 威厳を出したい、とか。

 可愛い理由かと思いきや、魔王が過去を見つめ寂しそうに笑うので冗談の一つも言えない。


「――だから、普通にだって話せるんだよ?」

「ッ!?」


 突然、見た目通りの口調になり驚く。

 なんだか、口調が変わるだけで印象もガラッと変化したように感じた。


「……」


 そういえば、魔王って人間の中でもとびきり美しい顔立ちをしているような……。

 認識し始めると途端に魔王が可愛く見えてきて。


「……っ」


 痛いのも我慢して、膝枕から降りた。


「な、なんじゃっ。そんなに変かのぅ?」

「そ、そうだな。いつものに戻してくれ」

「ほーーん、そうじゃな。じゃあ――この話し方は二人きりのときだけにしよっか?」

「なっ!?」


 いたずらっ子のように笑う魔王にドギマギしてしまう。

 くそ、初対面がロリばばあのくせに!


「からかうなよ。もう寝る……明日も早いからな」


 背中を向けて寝に入る。


「そうか、そうじゃな」


 魔王はコロコロ笑うと、立ち上がって帰って行った。










「……ギリギリギリッ!」


 その様子を、悔しそうに見ている側近がいたとかいないとか。



 次の日、なぜかガリアの攻撃が激しくなった。


「グッ」

「!」


 なんとかカウントだけは増やさないように、受ける攻撃と避ける、捌く攻撃を見極める。

 反撃できるほどの強さがないため、とにかく死なないよう防御に集中する。

だが。


「31回目」

「ガッ!!」


 為す術もなく、地に伏す俺。

 立ち上がる気力も無かった。


「立て」

「くっ…」


 中々、立ち上がれない俺に対しガリアは。


「勘違いだったか……」


 一言だけ、漏らすように呟いた。

 ここに来て初めてまともな言葉を話すガリアに痛みも忘れ聞き入ってしまう。


「お嬢は言っていたぞ、お前には『覚醒』の兆候があったと」

「え……」

「こんな感覚は覚えなかったか?」


 世界から色が失せ。

 全ての動きが遅くなる。

 そして、自分の体が著しく調子良い。


「あれが……」

「だと思ったんだがな」


 もしかして昨日からの地獄のようなシゴキって『覚醒』を促すための……。


「どうやら、期待外れだったようだ」


 せっかく、グラトーナが俺に期待してくれたのに。

 その気持ちだけで。

 何故だか力が湧いてくる。


「も……もう、いっぽん……ッ」


 俺は、無理矢理にでも立つ。

 こんなんじゃ、あいつらに。


『二ノはやっぱりすごい』

『お主にだって光るものがある』


 俺だって、負けたくないんだ。

 期待に応えなければ。


「お願いしますッ!」

「ハッ……余力を残して倒れてんじゃねえよ」


 こうして、俺はガリアとの組み手を続けた。

 この修行の意味が分かった今、俺はあの時の状況を思い出していた。

 あの時、俺は覚悟を決めて集中に意識を割いたんだ。


「ハアッ…ハアッ…ふうぅぅ」


 考えることはシンプルに。

 とにかくガリアの攻撃を避けることだけ考える。

 そのために、俺はガリアの動きを注視した。

 そういえば、これまでも何回か攻撃を避けることが出来たが、それは最後まで目を逸らさなかったときだった。

 

「……」


 こちらに向かってくるガリアをよく視る。

 さっきまで恐怖の対象でしかなかったのに、今では絶対に避けてやる意気込みが自分の中で大部分を占めていた。


「フッ!」


 ガリアの回し蹴りを避け、次の動きに注意する。

 次も蹴り……いや、フェイントからの尾で振り払いだ。


「……っ」


 避けきれなかったが、頬を浅く切るだけに留まる。


「よしっ」

「たかが一回で……!」


 続けているうちに、自分でもスイッチが入ったのが分かった。

 その瞬間。


「……!」


 世界から色が消え始めた。

 来た、成功だ!


 だが、その気持ちが仇となる。

 すぐに色が戻ってきてしまった。


「ぼおっとしてんじゃねえ!」


 今までで一番強い蹴りが腹に突き刺さる。


「グハッ」


 何度もバウンドしながら、砂浜を転がり回った。


「ゲホッ、ゲホッ」


 ちくしょう、失敗したらこうなるのか。


「63回目」

「ぐっ……」

「次行くぞ」

「……はいッ!」


 こうして、新月まで毎日俺は『覚醒』発動の訓練を行った。

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