第21話 ロゼ

 現在、俺は1人でサラミドの町を歩いていた。


「時空魔術か……」


 賢者がテレポートを使えると知ってからずっとこの調子だ。

 魔王グラトーナの脱出作戦は次の新月に行われる。

 それまでの数日間は自由に過ごせとのこと。

 各自思い思いに準備を進めていた。

 もちろん、俺も僅かにでも上達を図ろうと自主練していたが、心のモヤモヤが渦巻いて取れなかった。


「はあ…」


 1人で歩いていると、否応がなしちらつくあいつとの差。

 同じ条件のはずだ。

 賢者の言う通りならば、俺にだって資格がある。

 なのに、使えない時空魔術。


「クソッ…」


 ガリアの言う通りだ。

 俺は未だにウジウジと悩んでいる。

 あいつとの差に。


「なんで使えないんだろう…」


 あー、だめだだめだ。

 これじゃ、気分転換の意味がない。

 この蟠りを晴らそうと空気を胸一杯に吸い込んだ。

 そのときだ。


「あれ……」


 ふわっと、嗅いだことのある香水の匂いが鼻の奥をくすぐった。

 この強い匂いなのに何故かキツく感じない不思議な香りは…。


「あっ!」


 俺は血眼になって辺りを見回した。

 あの時はフードをしていて特定するのは難しいが、たしか印象に残った特徴があったはず。


「いた!あの女だ」


 そして、俺は見つけた。

 そう、唇の下にほくろがある女。

 今は盗賊然とした身軽な格好で歩いている。


「……!」


 そうだ、間違いないこいつだ。

 興奮して、頭が真っ白になる。

 あの時、図ったようなタイミングで俺に話しかけてきたこの女が何者か知る必要がある。

 俺は何か知っているに違いないとそいつに近づいて言った。


「おいあんた、あれはどういう意味だ!」


 すると、その女はこちらをじろりと睨むと。


「いきなり何?」


 冷たい口調で返した。


「前会っただろ、レイガの町で!」

「何それ、新手のナンパ?」

「え……あっ」


 そうだった、こいつとはまだ会ってないのか。

 どう説明するか考えあぐねていると。


「もう行ってもいい?それじゃ」


 返事も聞かずに行ってしまいそうになる。

 俺は慌てて何か興味を引かせるような話題がないか必死に考え、そしてあのセリフを思い出す。

 あの時、彼女はたしかこう言ったはず。


「――このままでいいのか?」


 しかし、彼女はしばし瞠目した後、半笑いで答える。


「そんなの誰だって思っていることでしょ?真理を突いたとでも思ってるの?」

「お前が言ったんだよ!俺に!」

「……そのセリフを私が言ったの?あなたに?」

「ああ」

「へー、そっか」


 彼女はこちらに踊るように近づいてくるとジロジロ見て言った。


「あなた、名前は?」

「…ニノ、ニノ=モーナ」

「ふふっ、あなたにぴったりね」

「どういう意味だ」

「どうする?ちょっと歩こっか」

「おい、ちょっとっ」


 急に機嫌を良くしたその女は俺の手を引き勝手に歩き出した。

 よく分からないが、ナンパは成功したようだった。



 その後、彼女と周辺を歩き回った。

 彼女は、ロゼと名乗った。

 今は冒険者として活動しており、見た目通り盗賊のジョブに就いているという。

 確かに、足音はほとんどしないし身軽な動きだ。

 好奇心旺盛なのか、あちこちふらふらしている。

 

……何だか既視感がすごいな。


「それでね、最近この町のミジュラって魔物が素材に必要でさ。ノラパーティ組んでいるんだけど、ナンパ目的が多いよねやっぱり。だから、最初君もナンパ目的だと思っちゃって」


 話してみると、彼女は明るかった。

 最初会った頃のような妖艶さはなく、むしろあっけらかんとして接しやすい。

 それに、この町の色んな事を教えてくれた。

 これはあれだ、男にもてるタイプ。


「おお!壮観だねぇ」

「ああ、たしかに」 


 しばらく歩くと、いつの間にか浜辺まで来ていた。

 ここは、先日行った魔的屋からさらに奥にある浜辺だ。

 あの時は魔王が引き返したため、俺は来たことがない。


「少し疲れたから休もっ」


 そう言って、ロゼはその場に座り込む。

 俺も隣に腰を下ろした。


「あれがこの町のシンボルなんだって」


 ロゼの指す方向に目を向ける。

 浜辺の隅には、大きな鳥の像が立っていた。

 波打ち際にも関わらず、何故か倒れたことが一度も無いとされた曰く付きの像であり、地域住民しか知らないスポットらしいのだ。

 当然、俺がそれを知る由もなく全てロゼが語ってくれた。


 また、彼女は自分のことも語った。

 自分が何者でもないこと。何かになりたいこと。

 ずっと流されるままに生きていたが、本当にそれで良いのか、冒険を通して様々な物を見ることで疑問に思っているという。

 

「君は?なんて答えたの?」

「え?」


 突然質問を投げかけられた。


「されたんでしょ?私に。なんて答えたの?」

「俺は……答えなかった」

「どうして?」

「だって、初対面の奴に会って数秒でそんな曖昧な質問されても答えないだろ普通」

「たしかにっ、それもそのとおりだね……じゃあ、今はどう?」


 目をしっかり合わせられる。

 まるで逃がさないとでも言われているようだ。


「俺は……」


 あの時の俺は、ずっとこのままじゃいけないと思っていて実際こうして過去に戻り努力をするようになった。

 だが、具体的にどうすれば良いのか全然分かっていない。

 それに、今は時空魔術のことで頭がいっぱいだった。


「まあ、すぐ答えるなんて難しいよね」


 彼女は質問を打ち切った。

 答えられない自分がどうしようもなく情けなく思った。


「ロゼは、どう思っているんだ?」


 気付けば俺はそう聞いていた。


「私はね……あーやっぱり言わない」

「……そうか、それは残念だ」


 口ではこう返したが、本当は分かっていた。

 彼女も分からないのだ。

 だから、言わないのではなく、言えない。

 俺と同じだと思った。


「君が答えを出せたら教えてあげる」

「それもそうだな」


 人に聞くんだったらまず自分が答えられるようにする。

 当たり前のことだった。


「だから――いつか聞かせてね」


 彼女はそう言ってはにかんだ。

 消え入りそうな儚い笑顔だった。




「……他の女の匂いがする」


 帰ってくると、いの一番にチサトに言われた。


「これは…シュラバと言うやつかっ!」

「お嬢、そういうのは犬も食わないもんですぜ」

「ここはのんきだなぁ」


 決戦前だというのに、先程の悩みなど一瞬で吹き飛んでしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る