第19話 地下2

「これはどういうことか説明してもらおう――なぜ従僕Aはテレポートが使えるんじゃ?」


 賢者がテレポートを使ってから、やけに動揺が隠せていない魔王が彼女に詰め寄らんばかりに近づき、尋ねた。


「この魔術を使えるのは世界で母上だけのはず……!」

「……」


 賢者の服の裾をぎゅっと掴む魔王。

 彼女のあまりにも悲痛な表情に、目を伏せるガリア。


「……」


 賢者は、魔王から託された魔道具の意味をずっと知りたがっていた。

 今こそ、核心に触れるときなのだろう。


「この魔術を…」


 賢者は、言いづらそうにしていたが魔道具を取り出し、魔王に渡した。


「…使えるようになったのは、私達がにやって来てからだった――だから、多分それが条件になると思う」

「それは……ッ!?」


 目を見開いた魔王。


「ッ!?……これを、妾はそなたに渡したのか……っ?」


 魔王は、賢者が見せた魔導具に目を見張り、恐る恐る手のひらに乗せた。


「?……うん」


 魔王には思い当たる節があるようで、信じられないとでも言うような表情だ。

 どうする、言うべきか……?

 二人で顔を見合わせるが、こうなったら一蓮托生だ。

 俺が、口下手な賢者の代わりに説明する。


「――俺達はタイムスリップしてきたんだ」


「タイムスリップ……?」


 ガリアは頭に疑問符を浮かべる。


「そなたを選んだのじゃな……」


 一方、魔王グラトーナは納得がいったのか、意味深に呟いた。


「俺達がいた世界では、魔王グラトーナがこの国を攻めてきて、チサト含めた勇者一行が魔王と戦ったんだ」

「妾は負けたんじゃな?」

「あ、ああ」


 それから、俺は語った。

 賢者が魔王からある魔道具を渡されたこと。

 研究所に疑問を持った彼女が殺されかけたこと。

 その魔道具を使って、この世界に来たこと。


「それにしても……本当に時を超えてきたとは」

「お嬢……これは」

「うむ、これは運命かもしれん」


 果たして、この魔道具にどんな意味があるのか。

 それは、魔王だけが知っている秘密。

 普通に考えたら、時間を飛べる魔道具なんて神話に出てくるような代物だ。


「良ければ教えてくれないか?その魔道具のこと」

「ああ、よかろう。とは言っても、妾もこの魔道具自体についてはよく知らんのじゃ。これは、母上から授かったものでな?”いつか必要な時が来たら迷わずに使いなさい”そう言われてもらったんじゃ」


 そんな大切な物を賢者に……?

 何を考えていたんだ、あっちの魔王は。


「ふむ、向こうの妾が何を経験しそなたに託したのかはまだ分からぬが……ともかく!お主等はこっちの世界の形見が欲しいのだな?」

「それもあるけど…私は知りたい。あの魔王が何を求めていたのか。その真意を」


「……ッ!?」


 そう……だったのか。

 初めて聞く、賢者の真意に驚く。

 そんなことを思っていたなんて、欠片も知らなかった。


「だから、あなたと行動することで確かめたい」

「……そうか。それならこれからの作戦について話し合わなければな?」


 魔王グラトーナは深くは聞かなかった。


「ちょっと待って……話をするなら連れてきたい人がいる」


 だが、賢者はそう言ってテレポートでどこかに飛んで行ってしまった。

 その場に取り残された三人。


「……」


 先程の話の中で、賢者が言ったのはこうだ。


『使えるようになったのは、私達がにやって来てからだった――だから、多分それが条件になると思う』


 ならば、その適性は俺にもあるはずだ。

 なのに、あいつは使えて俺は……。


「どうした従僕B」


 俺が黙りこくっていると、魔王が不思議そうに尋ねてくる。


「ん?あ、ああ……ちょっとな」

「大方”さっきの小娘はテレポートが使えるのに、どうして自分は使えないんだろう”みたいなしょうも無い悩みですぜ、いかにも金魚の糞みたいな馬鹿馬鹿しさだな」

「……!」


 実際その通りだが、こいつに俺の何が分かるんだ。


「言っておくが、さっきの小娘はまだしも俺はお前を認めねえからな!」

「従僕Aに負けた分際で偉そうに言うんじゃない……はあ、だが従僕B、お主もいつまでも従僕Aにおんぶに抱っこでおってはいかんぞ?いつか愛想を尽かされてしまうかもしれん」

「そいつは違えねえっ」


 ガハハとおちょくるように笑う魔族達。


「べ、別に俺はそんなんじゃっ」


 しかし、言い終わらないうちに賢者は戻ってきた。


「すぅ……」

「くかー……ぴ」


――寝ている二人を引きずって。


「せっかくだから連れてきた」

「ゆ、勇者と聖女!?」


「勇者じゃとッ!?」「何だとッ!」


 当たり前だが、魔王と側近が臨戦態勢に入る。


「あ、まだ候補だった」


 そこじゃない。

 そして、その大声により。


「え……なんだい?」

「んなっ……ここはどこですか!?」


 目覚めた未来の英雄達。


「……じゃあ、二ノお願い」

「……」


……無茶ぶりが過ぎるだろ。


 ここに、レンジャーを抜いた勇者一行と魔王一派が一堂に会することとなった。



 賢者に目配せし、こそこそ話しかける。


「…おい、なんで連れてきたんだよ」

「二人は強い。きっと、戦力になる」

「いやいや、勇者と魔王なんてお互い天敵だぞ?それに、たぶん勇者達って研究所の」

「だから、この目で見て欲しかった。もう一つの真実を」

「ッ!」


 強いまなざしに、それ以上何も言えなくなる。


「はあ、分かったよ」


 一触即発の空気の中、賢者が口を開いた。


「ユウ、セイ――聞いて欲しい」


「「……」」


 二人はしばし黙っていたが、頷き合うと勇者が言った。


「仕方ないね。ここがどこか分からない以上、変に争うのは止めた方がよさそうだ」

「さすがユウ」

「それにこの前も思ったけど、君はなんというか、初めて会った気がしないんだ」

「それ、私も思いました」

「ユウ、セイ……っ」


 これが時を超えた絆ってやつか。


 その後、改めて勇者達に事情を説明すると。


「協力?いいよ」


 あっさり頷かれた。


「えぇ……俺が言うのも何だが、そんなに簡単に了承していいのか?」

「うん、まあ僕も今は勇者候補の一人だし本来は敵に回るのが筋なんだろうけど、君の話を聞いて、実際にグラトーナさんの姿を見せられるとね……それに、ほらっ、勇者は女の子を斬れないだろう?」

「……ばりばり斬ってた」


 賢者がツッコミを入れた。


「ですね。この魔族さん方を見ていると、魔族も人間も変わらないように思えます」

「ッ」


 聖女がそんなこと言って良いの……?


「それは心強い。なら早速作戦の詳細を……」


……魔王もそうだが、この人達の順応性高すぎないか?


 これも英雄の器かと、一人思い知らされた。



◇サラミド港・埠頭


 俺たち人間組は、テレポートで返す前に少し歩いていた。

 俺がお願いしたからだ。


「夜の海はなんだか怖いですね……」

「そうかい?人間の小ささがよく分かるよ」


 夜の浜辺を歩きながら二人を見ていると、なるほどやはりオーラがある。

 俺は、勇者と聖女に対しあの質問をする。

 どうしても、これだけは聞きたかったから。


「もし、研究所に賢者を殺せと命令されたら、するか?」

「……質問の意味が今一よく分からないけれど……うーん。しただろうね」


 やはり、賢者を襲ったのはこの人たちで間違いないのか。


「でもねこうも思う――本意ではないんじゃないかってね。何かアクシデントが起こったとか」

「え?」

「っ!」

「なんて、実際に未来の僕が君を斬ったんだから、虫のいい話かもだけれど」

「大丈夫、これで信じられる」


 それでも賢者は、今までにないくらい嬉しそうに笑った。

 それにしても……。


「……」

「どうしたのニノ?」

「あの…」


 言うべきか、ずっと迷っていたが、ついに言ってやる!


 俺は、勇者におずおずと寄った。


「ん?君は……」

「サインください!」


 自分の魔術カードを差し出した。


「「「え?」」」


 言った!言ってやったぜ!

 勇者と会ってからずっと言いたかったんだ。


「二ノって……勇者のファンなの?」

「ああ、英雄が嫌いな庶民なんていねぇだろ、超有名人だぜ?」

「……ユウはバカ」

「えぇ、どうして僕知らない子から罵倒されてるの…まあいいや、正直ぼく何もしていないんだけどそれでもいいなら」


 やや引きながら、それでもスラスラとサインをしてくれる勇者。


「なぜ書き慣れてるのですか?」


 聖女が首を傾げたが、そんなの決まっている。


「「常日頃からサインの練習してるからだね(だろ)」」


「「……」」


 もらったサインを大事にしまい終わる。

 きっと、もとの世界には持って行けないが、それでもいいんだ。

 すると、横から服の裾を引っ張られた。


「ん?なんだ」

「わ、私は賢者」

「知ってるよ、当てつけか?」

「そうじゃなくてっ、あの……いる?」

「?何を?」

「さ、さいん……」

「いらないよそんなもん」

「っ!ど、どうして?」

「いやだって、ありがたみねぇじゃん、ずっと一緒にいるのに」

「な、何と……っ!」

「フフッ、私のはいりますか?」

「ぜ、ぜひっ!」

「む〜〜」

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