第18話 地下1

 魔王に先導されるがまま歩いていると、なんと地下に降りた。

「昔栄えた文明の残骸だそうじゃ」どこから仕入れた情報かも分からないが魔王が言うにはそうらしかった。


 ぐねぐね続く迷路のような地下道を、俺達は黙々と歩いて行く。

 もう引き返すことは出来ない。

 迷子になること必至だった。

 これ、罠じゃないよな。

 逃げられないとこまで連れ込んでひっそり殺すみたいな……いやいや、こっちには賢者がいるんだ。

 恐れるんじゃない二ノ!お前は出来る子だ!


 びびりながら進むこと数刻。

 ようやく、魔王グラトーナの足が止まる。

 隣で賢者が臨戦態勢に入ったのが分かった。


「ここじゃ」


 ここじゃって……何もないじゃないか。

 そう思ったのも束の間、魔王グラトーナが何事か唱えると今まで何もなかったはずの目の前に、目と鼻の距離に魔族が現れる。


「うおわっ」


 変な声と共に腰をつく。

 一方、賢者に驚いた様子はない。

 先ほど戦闘モードに変わっていたことから、こいつの存在を感知していたのだろう。


「これは……何のつもり?」


 警戒心高めの賢者が目線を魔族から離さずに聞いた。

 それも当然、この魔族もこちらを味方だと思っている様子はないからだ。

 魔王グラトーナの合図でいつでも食ってかかりそうな様子。


「これは悪かったな……下がれ」


 そのトーンには、怒った感情も何かを強制させるような圧もない。

 しかし、この魔族は一切の乱れを見せずにその矛を収めた。


「ほれ、いつまでも座っておらんで従僕Bも立つんじゃ」

「い、いい加減名前で呼んで欲しいんだがな」


 せめてもの意地で自力で立つ俺。

 黒い肌に、コウモリの羽を生やし山羊の角を生やしたその魔族が声を上げた。


「お嬢……よくぞお戻りで」


 どこまでも低いこの声に凄まれたら何でも従ってしまうだろう。


「ああご苦労ガリア、手筈は進んでいるか?」


 ガリアと呼ばれた魔族は、一瞬驚いた表情をして魔王の耳元に囁いた。


「ッ!?……ええ、滞りなく進んでおります。それでお嬢、この人間共は?」

「それは如才ない。こやつらは妾の従僕、AとBじゃ」


 いつもなら突っ込めるのに、この魔族が怖くて言えない……!


「従僕じゃない、二ノとチサト」


 ここで突っ込んだのが我らが千の賢者様だ。

 おい!頭を垂れやがれ。

 頭の中で威張っていると、ガリアが胡乱げな目でこちらをジロジロ見てくる。

 こわっ。


「フンッ、お嬢本気ですかい?とても役に立つとは思えませんがねぇ」

「馬鹿を言うな、こいつは魔的のプロじゃぞ?」


 いや、プロじゃねえけど。


「魔的?何ですかそりゃあ?」

「こうしてな?魔銃を撃つんじゃ、パンパンって」


 魔王が魔的の様子を説明してるが、ガリアは全く分かっていなさそうだ。


「……良く分かりやせんが、それが何の役に立つんで?」

「……」


 あ、お嬢も黙っちゃった。


「とにかく私は反対ですね、足手纏いがいるんじゃ計画に支障が出かねません」

「そっちこそ、足引っ張るんじゃないの?」


 どこまでも平常心を崩さない女がこの状況下で喧嘩を買った。

 今、スイッチが押されたことは誰も何も言わなくたって分かる。

 これから始まるのは。


「へえ、確かめてみるかい?」

「私は構わない」


 それから、二人は無言で距離を取り合う。


「おい、いいのか?」


 俺はこっそり魔王に聞いてみるが、彼女は笑うだけだった。


「まあ、あやつらも決戦前の肩慣らしがしたいんじゃろう……それに、ガリアが従僕Aに勝てるとも思えんしな」


 お?意外にも魔王は賢者の勝利を疑わなかった。

 ぶっちゃけ俺は、いくら賢者が魔王を討伐した勇者一行の一人とは言え、あのガリアと呼ばれためちゃくちゃ強そうな魔族に勝てるか心配だったんだが。


「まあ、とはいえガリアもただで負けるような奴ではない、ガリアがんばえー」

「ッ!?うおおおおおおおおお!」


 どんな耳をしているのか、ガリアは魔王グラトーナの声援を聞き取ったようで雄叫びを上げながら鼓舞した。

 周りも呼応して振動となって地下道を揺らした。

 怖すぎて、縮こまりたくなった。


「死ぬなよー」


 俺も一応応援してみたが、辺りがうるさすぎて聞こえないだろうな。

 と、思えば。


「ッ!?……任せて」


 首が捻じ切れんばかりに勢いよく振り向いた賢者が、興奮した様子でそう言った。

 というより、かろうじて見えた口の動きで、そう言ったような気がした……なんか俺ダサくね?


「……」


 魔王にも、半目で睨まれた。


 

 始まりの合図は、賢者の無詠唱から繰り出された魔術弾だった。


「っと、手癖の悪ぃ人間だなぁおい!ほらっよ!」


 お返しとばかりに放った闇魔術を賢者は事もなさげに避ける。

 あいつ、何気に反射神経凄いよな。

 レベルの高い応酬をポカンと傍観していると、横から魔王が指でつついてくる。


「従僕B、お前さんも良く見ておけ、中々ないぞ?こんな機会」


 アドバイスしてくれる。

 言葉通り、俺は戦闘を注視した。


 魔術師との戦いにおいて、”距離を取られる”=”死”を意味する。

 それを両者とも分かっているからこそ、ガリアは近づこうとするし賢者は近づかせまいとあらゆる手段を講じるのだ。


「オラァ!」


 先手を打ったのはガリア。

 人間のそれを大きく上回る身体性能を持って、目にも留まらぬスピードの突進を仕掛ける。

 的を絞らせないようジグザクに動き回っていることから、魔術師との戦いにも慣れているのだろう。

 賢者も、無詠唱で魔力弾を全方位に打ち出し牽制をかけるが。


「効かねえなッ!」


 体を丸めてそのまま突貫してきた。

 魔力弾が直撃するも、大したダメージは入っていないように見える。


「ガリアはなかなかの魔術耐性を持っていてな?多少の魔術ではあやつを止める要因にはなり得ない」


 魔王が得意げに語る。

 しかし、賢者の表情に焦りはない。


「……」


 それならばと、賢者は魔術に属性を付与した。

 彼女が使うのは、水と地。

 どちらも広い範囲や遅延を目的とした魔術だ。

 水によって粘性を帯びた、もはや土というより泥のほうがふさわしいだろう沼地がじわじわと賢者の中心より広がっていく。

 やがて魔術範囲に入ったガリアの身体にまとわりつき、そのスピードを下げた。


「しゃらくせえええ」


 ガリアは叫びながら地に拳を叩き込んだ。

 衝撃で辺りの泥ごと吹き飛ばそうとする算段か。

 だが、沼と化した地面が拳の威力を吸収してしまう。

 ガリアの右手が沼の中に固定されてしまった。


「チッ……ならよぉ」


 ガリアは、ニヤリと笑うと大きく腰をひねった。

 右腕を軸にした駒のような体勢になると、やることはもちろん――


「吹き飛べええええ」


 鋭く回転したガリアが発生させた遠心力は、沼地に渦を作り周りの泥を吹き飛ばした。

 同時に飛ばした闇の矢が賢者に向かっていく。


「……」


 賢者を貫かんと飛ばされた矢はしかし、彼女に当たる直前何かに弾かれてしまった。


「なんて強度だよ……」


 不可視の魔術防壁は闇の矢を防ぐことで、その全体を浮き彫りにした。

 続けざまに、賢者は足を止めたガリアに向けて、新たな属性を付与する。

 今度は威力の高い炎と風。

 彼女は、この決断までの速さと多様な属性付与、そしてその完成度が恐ろしく高かった。

 惚れ惚れするほど滑らかな魔力操作と、属性への深い理解が成せる業だろう。


 炎を縮めて温度を上げ、風を足すことで益々凶悪な威力となった炎弾がガリアへ発射される。


「ぐぅ」


 さしものガリアも両腕を交差させ、さらに魔力障壁で身体を守るが、均衡させるに留まった。

 その隙に、賢者は次々と魔術を描いていく。


 先述した通り、魔術師と距離を作られることは死を意味する。

 ガリアが守りに集中しようとすれば、炎や風を使った一点集中の強魔術を。

 無理にでも仕掛けようとすれば、攻撃より範囲と遅延に特化した水や地の魔術を。

 それを、賢者に違わない高レベルで実現させている。

 あれぞ、正しく千の賢者に違わない戦闘スタイルだろう。


 賢者の戦いは何というか、イヤらしかった。

 あれ、ガリア側から見れば相当ウザいだろうな。


「……っ、強いことは分かっていたがまさかここまでとはな、あれほどとなると距離を取らせた時点でガリアに勝ち目はないのぅ」


 これから始まるのは一方的な魔術攻撃だろう……この場にいる誰もがそう思ったその時。


「ハッ……この程度だと思ったか?」


 ガリアは、炎弾を真正面から受けるのではなく、身体毎捻ることでその方向を変えた。

 その後も、連続する炎弾を沿わせ、滑らせ、受け流しながらどんどん前進していく。


「……面倒」


 賢者が、全方位からのホーミング弾に切り替えた。

 相変わらず対応策が早い。

 しかし、そこでガリアの笑みが深まる。


「――待っていたぜ、それをよ」


 ガリアは、何故かその場に留まり身体を縮めタメを作る。

 追尾弾が一直線になったところで――ガリアの姿が消えたように見えた。


「ッ!?」


 次の瞬間には、賢者の張っていたバリアが割れた。

 爆発的な身体強化で、賢者の想定以上のスピードとパワーを発揮したのだ。


「ハハッ、もう距離は取らせねえ」


 ガリアの豪腕が賢者に届かんとする刹那。


「『テレポート』」


 今度は――賢者が消えた。


「え?」


 魔王が表情を忘れ。


「は?」


 ガリアが虚空を振り抜いたまま固まった。


「『セイクリッドアロ』」


 その隙を賢者が逃がすはずもなく。


 ガリアの後ろに立っていた賢者が無防備な背中に必殺の聖魔術を打ち込むことで、勝負はあっけなく幕を閉じた。


「なぜ、それを……」


 だが、俺には魔王が勝敗よりも、最後のテレポートに唖然としていたように感じた。

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