第17話 魔王

「混乱するのも最もじゃ、まずは妾の話を聞いてくれ」


 そう言って、魔王は語り出した。


「あれは、妾が10歳の誕生日を迎えた頃――」


 え?そんな遡んの……というか。


「10歳って、今より上じゃねえか」


 だって、彼女の姿は絶対に10歳に満たない幼女の格好をしているのだ。


「ああこれか?これはあれじゃ、擬態というやつじゃ、ほれ」


 言い終わると同時に、彼女の背丈がどんどん伸びていく。

 手足が伸び、顔も肥大化し髪が恐ろしい速さで長くなっていく。

 過程が生々しすぎて何だか気色悪いな。

 幸い、ぶかぶかの服を着ていたので、かえって丁度良いサイズに落ち着いていた。

 なるほど、だから服屋でフリーサイズを選んでいたのか。


「お、おおう」


 俺達と同じくらいの年齢まで成長した魔王は話を続けた。


「あの頃、妾は人間界に興味津々でな?魔王城に来た人間の甘言に惑わされ誘拐されたんじゃ」

「え?」

「……ッ!」


驚きを禁じ得ない俺。

隣のチサトも表情を固まらせていた。

魔王が人間に誘拐された?

俄には信じがたい話だ。


「妾を人間界に連れて行ってくれると約束した彼奴等は、”研究所”に監禁した」


いきなり出たぞその名前。

今の話からして、研究所の人間が魔王城に出入りしていたのか?


「そこからは、毎日実験の日々じゃ。主に、奴らは魔力に関する実験をしておったようでな。妾の血や身体が好都合じゃったそうじゃ」


 実験などとオブラートに包んでいるが、おおよその内容は推測できる。

 あまり、具体的に想像したくはないが。

 だが、それらの土台の上に俺達人間の生活が成り立っているとなると、見て見ぬふりは出来なかった。


「そ、それで……人間を憎んだのか?」


 俺は、つい聞かずにはいられなかった。

 聞いてしまえば、俺達を襲ってきた魔族に正当性を認めてしまうかもしれないのに。


「ん?ああ、まあ最初こそ憎みはしたが、流石は現実。憎み一辺倒な物の見方はさせてくれんかった――優しくしてくれる人間がいたんじゃ」


 え?――違うのか?


「……」


 その人はもしかして……。


「リグレ…」


 チサトは無意識に呟いたようで、言ってから口を押さえた。


「ほう……なるほどな。そなた等はそれで…」


 納得がいったのか、魔王は首を縦に振る。

 おそらく俺達が魔王を看破したのは、リグレから聞いたからだと思っていそうだが、わざわざその勘違いを指摘する必要も無い。

 それはさておき、魔王もリグレと言ったからには偽名ではなく、あの人は本当に研究所の副所長に就いていた。

 だったら、どういうつもりで俺にあんな話をしたのか……。


「リグレは妾に人間界の色々なことを話してくれた。食べ物のこと、景色のこと、そしてヒトのこと……焦がれるほど憧れていた人間界のことについて、いざその場へ行っても聞くことしか叶わぬのは皮肉なものじゃがな」


 魔王グラトーナは朗らかに笑ってみせるが、こんな悲しいことはないだろう。

 もうこの時点で、俺は目の前の宿敵に対し憎しみの心を持てなくなった。

 もとの世界で人間を滅茶苦茶にした張本人だというのに。


「やがて――ある日、研究所に火が放たれた。言われずとも分かった、これはリグレが起こした火災であり、妾を逃がすための火であったことはな。おかげで、誰にも捕まらずここへ来られたと言うわけじゃ」

「そう……だったのか」


 教会での懺悔にも似た告白の背景が見えてくる。


「それに、妾が逃げ出してすぐあやつも迎えに来てくれたしのぅ」

「あやつ?」

「妾の世話役であり側近じゃ」


 え?ってことは……いるのか?この町に。


「まあそれは置きつつ、つまり妾の言いたいことは――帰りたいのじゃ、自分の国に」


 魔王グラトーナは、何の曇りのない眼で真っ直ぐ俺達を見る。


「帰ったあと、この国を滅ぼすつもりじゃないのか?」


 元の世界では、きっとそういうことだったんだろう。

 さっきは否定していたが、理由はどうあれこいつらは俺達の国を攻めてきたのだ。


「そんなことはせんよ、もし滅ぼしてしまえば――お主に魔的のリベンジができんじゃろ?」

「……」


 ウィンクまでしてしみせる魔王に、二の句が継げない。

 じゃあ、一体どうして……。


「だが、脱出はそう簡単なことではない。お主等の言から推測するに、リグレはこの場所を把握しておるし、きっとそれを防ぐつもりじゃ」

「ん?だが、逃がしたのはリグレさんだろ?」

「あやつも中々複雑な立場での?捕まればまた戻される」


 現時点では、誰が味方で誰が敵か分からないことだらけだ。

 だが。


「機会と場所は決まっておる。その時、貴様等の土地勘と力を借りたい。妾もあまり迂闊に動けないのでな」


 もう、俺はこの魔王に協力したいと思ってしまった。

 むしろ、同情まで覚えてしまっているのだ。

 いっそ、これが魔王の妖術なら良かったのに、どうする……?


「……」


 先ほどから黙って聞いているチサトに視線を向ける。

 彼女は、先の戦いで賢者として魔王と刃を交えた仲だ。

 どう思っているのか気になった。


「私は……逃がしてあげたい」


 賢者は意外にも、魔王の肩を持った。

 しかも、俺の意見に賛同した形ではなく、自ら意見を示したのだ。


「……理由を聞いても良いか?」


 すると、チサトは俺の耳に近づき囁いた。


「時を超えたあの魔道具……実は魔王からもらった」

「え、本当か!」

「ん?」

「その……理由を知りたい」


 チサトは真剣な顔で俺を見つめた。

 こんな表情の彼女、生まれて初めて見た。


「わかった……まあ、俺に決定権があるわけではないしこうなったらとことん付き合うまでだよな」

「うん……それに、こっちの世界にあるあの魔道具についても知ってる…かもしれない」


 たしかに、そうすれば俺達がもとの世界に帰れる可能性も出てくるのか。


「わかった、魔王グラトーナ。俺達も協力するよ」

「よしよしっ……それじゃ、あやつらのとこまで案内しようっ、ついてまいれッ!」


 勢いよく歩き出した魔王グラトーナのあとを、俺達はついて行く。

 これから、側近とかいう魔族のもとへ行くのか……命あるかな?あるといいなあ。

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