第16話 追跡

魔的屋を後にした俺達。

魔王はスキップしながら元来た道を引き返す。


「よし、次はあっちに行くぞ!」

「引き返すんかい……海は見なくて良いのか?」


ちょっと歩けば、浜辺が広がっているはずだが。


「まだよい」

「まだってなんだよ…」


 聞く耳を持たない魔王はスタスタ行ってしまった。

 渋々俺達も後を追う。

 その後も色々遊んでいるうちに、いつの間にか日が落ち始めていた。


「ふう、今日はたくさん遊んだのぅ」

「楽しかった」


 研究所のことなど欠片も頭にないかのような感想を漏らす賢者。

 遊んでいるうちに意気投合したのか、彼女の顔もここ数日で一番穏やかな顔をしている。


「まったく…」


 こうして楽しそうな賢者と魔王を見ていると、何だかこんな未来もあるんじゃないかとさえ思ってしまう。

 その時だった。

 魔王が聞こえるか聞こえないかの声でポツリとこぼす。


「……仲良くできんもんかのぅ」


 そう言った彼女の表情が、寂しそうな羨ましそうな顔をしていたので印象に残った。


「……」


 真意は聞けなかった。 

 しかし、パッと前を向いた魔王はそのままぬいぐるみを俺に投げてよこした。


「従僕B!これ持っておれ!じゃまじゃっ」

「おい、丁寧に扱いなさいよっ」

「所有物をどう扱おうと妾の勝手じゃろ?」


 いたずらっ子のように、意趣返しした魔王は前を駆け出してしまった。


「やれやれ……ん?」


 何かを思案するような顔のチサト。


「どうかしたか?」

「ん……何でも無い」

「ッ!?」


 チサトが俺に隠し事するなんて……!?

 これが親離れ!?




 その後、賢者が一言。


「ついてきて」


 などと、先頭を歩くのでいよいよ違和感が強まっていく。


「……」


 魔王も何か言うでもなく、黙って指示に従うだけ。

 なんだ、何が起きているんだ?

 一人何も分かっていないことにやきもきするがひとまずついて行くと辿り着いたのは、人気の無い広場だった。


「おい、なんでこんなところに…」

「来る」

「え」


 賢者が言った直後。

 視線の先から何かキラリと光るものが飛来してくる。


「うおわっ」


 慌てて仰け反ると、さっきまで首のあった位置にナイフが通り過ぎたではないか!


「ほぉ」


 魔王が片眉を上げると同時に。


「レイトアロ」


 賢者が、氷の矢をナイフの飛んできた方向へ飛ばす。


「ぐわあああ」


 野太い叫び声が聞こえる。

 撃退できたようだ。


「な、なんだいったい!」

「ふむ、やはりバレておったか…」

「研究所の連中…」


 既に魔王も気付いていた。

 どうやら気付いていないのは俺だけだったらしい。

 いつから尾行してたんだろう。


「ま、まだいるのか?」

「あと5人」

「魔力からして雑魚じゃな」


 二人は臨戦態勢をとり、俺もすぐ立ち上がる。

 一体何がどうなっているのやら。


「従僕Aと妾で二人ずつ相手してやろう。残り一人は従僕B…やれるな?」


 そう言って、魔王は挑発的な目を向けてきた。


 こ、これは試されている……!


「や、やってやるッ!」


 つい、条件反射で答えてしまった。

 奥の通路から出てきた5人を見据え、俺も構えを取る。


 丁度相手も同じことを考えていたのか、1人が俺に向かってくる。


「や、やれるのか?本当に…」


 日常からの急展開に勢いだけでついて行こうとしてるぞ、これ。

 何だか現実感が沸かないものの戦闘は開始されたのだった。



「こ、こいっ!」


 気合いを入れて立ち向かう一方、相手は距離を無理して詰めてくることなどしなかた。

 どうやら俺と同じ魔術師のようで、殺意の高い魔術を高速で展開してくる。

 それを。


「グッ、『サルドヲール』」


 地面から砂の壁を生やし、魔力弾をやり過ごす。

 今の俺に出来ることは、とにかく死なないように防御するだけだ。

 しかしその結果、俺は中々攻撃に移れずにいた。


「……」


 敵は魔術をボソボソ唱えるだけで、感情を見せることがない。

 緊張か、恐怖か。

 手元がおぼつかない。

 敵が狙ってくるのは急所ばかり。


「いってぇ」


 そのうち風の刃が俺の腕を切り付ける。

 重なる実戦での怪我により思い起こされる。


 もし、俺が防御を止めれば死んでしまうのか…?


 そうなると、途端に鳥肌が立ち頭が真っ白になる。


「…ひっ」


 俺は、分かっていなかった。

 これは殺し合いなんだ…。

 本気の殺し合いなど、もとの世界を入れてもしたことがない。

 いつもなら、魔力を練る余裕があったはずなのに、まるで何も出来ず棒立ちのまま魔力弾が腹に直撃する。


「ぐえっ」


 立っていられず地面を転がり回る。


「……!?!?」


 痛い痛い痛い痛い、何だこれ息が出来ない。

 もんどり打っていると、好きなように追撃を受ける。


「……」


 好機とみなしたのか、敵の攻撃が苛烈さを増す。

 このままじゃ……死ぬ。


「ハアッ…ハアッ…」



 一方、早々に追っ手を撃退した賢者と魔王の二人は二ノの戦闘を眺めていた。


「二ノッ、今助けにっ……離して――グラグラ」


 氷点下を錯覚させるような、低く冷たい声で賢者は魔王に忠告する。


「まあ待て、少し様子を見たほうがいい」


 欠片も臆せず、魔王は賢者に告げる。


「二ノが傷ついてる……これ以上邪魔するなら」

「従僕Bの成長を止める気か?」

「……ッ!?何を」


 僅かな同様の隙を突いた魔王が、賢者に振り向かせる。


「よいか?お主等が研究所の者なら妾も止めはせん……が、最初の攻撃覚えておるな?」


 気が気でない賢者だったが、渋々会話に応じる。


「…二ノに向けられてた」

「そうじゃ。あの時点で、妾とお主等は一蓮托生なのじゃ」

「それと二ノを助けに行くのとどう関係があるの」


 今この瞬間も、二ノが傷ついているのを見てそろそろ限界が来そうな賢者。


「まったく…じゃからな?こうなってしまった以上従僕Bにも最低限の強さを手に入れて貰う。幸い、あの敵は二ノにとって丁度良い相手じゃ」

「でも…死んでしまうかも」

「従僕Bを信じておらんのか?」

「ぐっ」


 そう言われてしまえば、何も言い返せない賢者は押し黙った。


「それに、短期間で成長したいのならリスクが必要じゃ」


 魔王と賢者は、腹を押えて転がる二ノをじっと見つめた。



 首を刈り取る風の刃を仰け反りながら躱す。


「ハアッ…ハアッ…」


 こんな大げさに避けていればすぐにバテてしまうぞ…。

 しかも、あの二人こちらに助太刀する気が欠片も無い。

 今の攻撃も、何もしなければ死んでいたはずだ。


「グッ…なんだよこれ」


 どうして助けてくれな……いや、違うだろ!

 あれだけ啖呵切っといて、もう助けられる前提なんてダサすぎる。

 たしかに、全力で助けを求めればきっと賢者はあの敵を倒してくれる。

 だが、それじゃあ俺は何しに付いてきたんだ?何のために努力してきたんだ?


『自身が何をするべきか、どう選択するか』


 リグレもそう言っていた。

 もう後悔なんて作りたくない。

 置いて行かれたくないんだ。

 だから――


――逃げるのはなしだ。


「ハアッ…ハアッ…ふうぅぅ」


 余計なことを考えるのを止め、大きく息を吐いた。


「……」


 相手の繰り出す魔力弾。

 それをギリギリまで見極め、最低限の逸らしで避ける。


 集中しろ、この戦いが第一歩だ。


 続く攻撃を、俺は半ば反射的に捌く。


 捌き続けるうちに、段々集中力が研ぎ澄まされ、深く意識が底に沈んでいくような感覚だけが他人事のように残った。

 世界から色が失せ、相手の動きがスローモーションになっていく。


「これは……『覚醒』の」


 賢者が驚き。


「フッ」


 魔王がニヤリと笑う。


「……!」


 相手の動きが手に取るように分かる。

 魔力操作の調子がすこぶる良い。

 

 今ならいけるかもな。

 飛んでくる火の玉をギリギリで避け、静かに術式を描いていく。


 描いたのは学園でずっと練習してきた雷魔術。

 その名は――


「中級魔術――『ライ・リト』」


 両手からバチバチ電撃がほとばしりある形を成していく。

 やがて雷は鷲を模し目覚める。

 自我を持ったように羽ばたき、相手に向かって飛んでいく。

 

「ア゛ガガガッ」


 直撃した敵は、しばらく痙攣した後意識を落とした。


「ハアッ……ハアッ……」


 倒れた敵を見下ろしたところで、ようやく色が戻ってくる。

 同時に、全身に筋肉痛に似た痛みが襲ってきた。


「イダダダッ!」

「中々、思い切った攻撃じゃったな」


 魔王と患者が近付いてきた。


「さすがニノ」

「ううッ……ああ」


 流石に余裕がなく、鳴き声のような返事しかできなかった。

 しかし。


「よくやった従僕B」


 魔王は、姿が幼女とは思えないほど貫禄のある雰囲気で言うもんだから。


「…ああっ」


 笑みが溢れてしまった。


 もしかしたら、俺も少しは成長しているのかな。



 「それじゃ、聞かせてくれよ」


 魔王が治癒魔術を掛けてくれたこともあり、話が出来る状態になれた。

 今まであえて触れないようにしてきたが、聞かなければならない。

 どうして魔王がここにいて何を企んでいるのか。

 そして、俺達の目的である研究所とのつながりを。


「あなたは、こんなところで何をしているの?グラグラ、いや――魔王グラトーナ」

「……っ」


 魔王グラトーナは、一瞬驚いた顔をしたがすぐに真顔に戻った。


「「……」」


 互いに言葉を発さずに時が流れる。

 迂闊に言葉を発せないこの雰囲気、どんどん緊迫感が高まっている気がしてならない。


「……ッ!?」


 生唾を呑み込む。


 まさか……やるのか?――魔王とここで?


「……」


 緊張が最大限高まったその時。

 魔王グラトーナは、手を上げ――


「妾を魔大陸に返してはくれんか!」


「「ッ!?」」


 魔王からのよく分からない依頼と共に、状況はさらに混沌化していくのであった。

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