第15話 従僕

「いらっしゃいませぇ~」


 努めて明るい笑顔の接客に迎えられ入った店内は、外観と何のギャップもないかわいらしさを全面に押し出した内装だった。

 ショーウィンドウにはカラフルなケーキが綺麗に並べられており、どれも美味しそうに見える。

 魔王を見れば、目を輝かせこれでもかと言うほどガラス窓に張り付いていた。

 指紋がつくから止めなさい。


「何か食べたい物あるのか?」

「うーむ、悩ましいのぅ!あれじゃろ?これじゃろ?あっちもいいのぅ」


懸命に指を折りながら数える様子は、まるで子供だ。

なあ、と同意を求めるようにチサトを見れば、あいつもあいつで魔王の横で「私はこっちがいい」などと抜かしてやがる。


「えぇ」


 ため息をこぼしながら、財布の中身を見る。

 それでも今自分が何をやっているのか分からなくなってくる。

 俺達、研究所の手がかり探しに来たんだよな。

 それがなんで、幼女と観光してんだ?


 ふと、店員さんと目が合えば、「甘さ控えめなものもございますよ?」とチョコレートのケーキを指してきた。


……やるじゃないか。


 結局、魔王は片手全て使った数のケーキを平らげ、満足そうに頷いている。

 コーヒーを啜りながらその様子を見て思う。


 やっぱり、たくさん食べる子を見ているのは気持ちが良いな。

 もとの世界でも、隣のおばさんがよく食べ物を分けてくれてた。

 ようやくその気持ちが分かった気がする。

 チサトも、目を細め上機嫌そうだ。


 ん?


「チサト…付いてるぞ」


 自分の右ほっぺを指さしながら教えてやると、チサトも右ほっぺをムニムニしながら探っている。

 違う、逆だ。


「こっちだこっち」

「ッ!?」


 拉致があかないので、彼女の頬に付いていたクリームを掬って、そのまま食べてしまう。

 甘いのはあまり好きじゃないが、少量なら大丈夫だ。


「え、あ、え……!?!?」


 すると、チサトはバグったように目を白黒させ形容しがたい百面相を見せてくれた。

 どういう感情?


「おい!」


 いきなり大声を出した魔王。


「な、何だいきなり大声出して」

「下僕共!妾次あれ行きたい!」


 魔王がそう言って指したのは……。


「魔的?」

「うむ!」


 魔的屋さんだった。



「じゃあ、一回五発ね。これ銃」


 渡された銃をしげしげ眺める。

 この魔銃は、魔力を玉として発射する銃で、装填数と威力に上限が設定されている。

 これなら、玉に込める魔力量や弾数の誤魔化しは出来ない。

 この魔銃を使って、的である景品を撃ち落とすというゲームで、景品には魔力バリアが張られており、位置や当たった回数で割れるように出来ている。

 価値の高い景品ほど強力なバリアが張られているから、弱点や同じ場所に当てる技術が必要だ。


「下僕A!勝負じゃ、勝った方が景品の総取りじゃな!」

「……受けて立つ」


 流れるように売られた喧嘩が、藁のように買われた。

 チサトと魔王がそれぞれ定位置に着く。

 俺は、後方でその様子を眺めた。


「ふんッ、そんじゃ嬢ちゃん方準備はいいな!始めッ!」


 何故かノリノリな店主の合図で、二人は銃を構えた。

 景品の点数は、1点、5点、10点、60点の四種類。

 まず、動いたのはチサト。

 彼女が狙うは……。


「おお、10点を一発で仕留めるとは……しかも全部」


 

 店主が唖然とした表情で呟く。

 賢者は、卓越した技術でバリアの弱点を完璧に捉え10点の景品を5個撃ち落とした。

 累計の点数で勝負する作戦らしい。

 対する魔王は、不敵に笑い一点に銃口を向ける。


「お、おいおい……嬢ちゃん本気かい?」


 魔王の銃先が指し示すのは、大きい熊のぬいぐるみ。

 その点数、なんと60点だ。

 しかし、これを落とすのには全ての弾を同じ場所に当てる必要がある。

 つまり、一回でも外せば賢者に勝つことは出来ないだろう。


「ハイリスクハイリターンってわけかい、やっちまいな嬢ちゃん」


 本当に何故かノリノリな店主が煽った直後。


「まあ見ておれ」


 魔王は気負った表情もせず、引き金を引いた。


バンバンバンバンバンッ!


 魔王の撃った五発が、寸分違わず熊のこめかみにヒットし、見事熊を撃ち落とす。


「「「おおお!」」」


周りにいた客も思わず声を上げる。


「……持って行きな嬢ちゃん、お前さんにはその権利がある」


 当たり前だろそう言うルールなんだから、というツッコミは喉元で抑え、俺はジャッジを下す。


「えー、60対50でグラグラ様の勝ち」


「っしゃおらッ!」

「む…」


 総取りして、6個の景品を抱えた魔王がぴょんぴょん跳びはねた。


「ふっふっふ、どうじゃ下僕A、Bこれがまお……じゃなかった、主の力じゃ!」

「……主じゃないし」

「ははっ、負け犬の遠吠えじゃな」


 なんだか負けっぱなしは同じ人間代表として黙ってられない。

 それに、調子に乗っているのが腹立たしいので俺は店主に言った。


「親父、俺も一回いいか?」


 新たな景品を並べ終えた店主から銃をもらう。


「これにはコツがあってだな……」


 狙うは、10点の端っこ部分……この辺か。


「フッ、下僕Bどこ狙って……」


バンバンバンバンバンッ!


 同じ箇所に五発撃った弾は。


カカカカッ!


――60点と10点の間を跳弾した。


「ええええ!?」

「すごい……」

「はい、70点で俺の勝ち。総取りだな」

「うう、ずるじゃ、ずるっ子じゃぁ」


 冗談はさておき、大きな熊のぬいぐるみを魔王に返す。

 流石に、魔王といえど見た目が幼女なのだ。

 景品を独り占めするような真似はしない。

 だから店主、そんな顔をしないでくれ。


「え?よいのか?」

「ああ、所有物をどう扱うかは俺の勝手だろ?」

「そ、そうじゃなッ!そうじゃよなっ」


 嬉しそうに熊を抱きかかえた魔王を見て思わず笑みがこぼれてしまう。

 俺は、チサトにも景品を渡す。


「ほら、これチサトの分」


 袋を受け取ったチサトはぼそっと。


「……やっぱり二ノはすごい」


 よせ、そんなキラキラとした目で見るんじゃない。恥ずかしいだろ。


「よし、お前達を下僕というのはもう止めじゃ!」

「おお、ようやく分かってくれたか」

「これからは従僕じゃ!」


 満面の笑みで答える魔王。




……違いある?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る