第14話 観光

 遡ること数時間前。

 港に着いた俺達が最初に向かったのは……。


「うまっ、エビがプリップリなんですけど!」

「ん…おいしい」

「今朝市場で仕入れたからねッ!他では食べられないよ!」


 町で評判の飯屋だった。

 サラミドには賢者も行ったことがない場所であったため、そこに一番近い場所へテレポートしてから馬車を乗り継ぎして来たのだ。

 そのため、朝から何も食べていなかった。


「それにしても、お前感覚派だったんだな」

「面目ない……」

「いやいや、教えを乞う身で言うことじゃないんだけどさ」


 あの後、早速賢者に魔術の特訓をみてもらった俺だったのだが。


「そう、体がガーってなったらグッて出すだけ」

「ガーの後グッ」

「言うだけじゃだめ」

「はい……」


 彼女の指導はとにかく擬音だらけなのだ。

 やはり、もうしばらくはスキルの訓練に関して自分でやった方が良いだろう。

 しかし、そうはいっても賢者の魔力操作はやはり超一級品であり、近くで見ることが出来るだけ贅沢なことに変わりない。


 そんなこんなで、パエリアや魚焼きに二人舌鼓を打っていると、隣からものすごい勢いでご飯を掻き込む音が聞こえた。


「店主!おかわりじゃっ」


 その異常な食欲と、じじくさい口調に似合わない高い声だったので、ついつい横目で見てしまった。

 なんと、大飯をかっ食らっていたのは幼女だった。


「なんだあれ……明らかに腹に見合ってないだろ…どうなってんだ」


 10歳にも満たなそうな幼女は、ボサボサの髪の毛にみすぼらしい格好、というよりどこかの施設から脱走したかのような服装に身を包み、スプーンを逆手に元気よくおかわりを要求している。


 賢者と顔を見合わせた。


「…親は一緒じゃねえのか?」

「どうだろう、カトラリーは一人用しかないけど…」


 それにしてもよく食べるな…軽く大人5人分くらいは食べてるぞ。

 しかし、この時はまだ奇妙な大食い幼女という印象がなかった二人だが、会計時に事態は起こった。


「――ないぞ、金なんて」


 まさかというか案の定というか、ド派手な無銭飲食をかました幼女は店主に抱えられる。


「よし、親を連れてきなさい。それまで店の手伝いだ」

「はなさんか馬鹿者っ!我を誰だと心得ておる!」

「タダ飯ぐらいだよ」


 ジタバタもがくも、その背丈では何の意味も成さない。

 やがて、諦めたかと思えば何やらブツブツ言い出す幼女。


「ふ、ふふっ、そうか…そうじゃな、さもなくば……ふんがっ」


 巻き込まれる前に、無視を決め込んで帰ろうとした俺達だったが、何を思ったのかいきなり賢者が幼女にチョップを食らわせた。


「な、なにするんじゃっいきなり!」

「この子の分は私が払います」


 一方的に、お金を置いて行くとそのまま幼女を連れて店を出て行った賢者。

 俺と店主は、急展開についていけず気まずさを共有する。


「ご、ごちそうさまでした」

「ま、まいどー」


 あいつ、急にどうしたんだ……。



 店を出て少し歩く。

 人通りの少ない場所まで移動したところで。


「もうよい、はなさんかっ」


 騒ぎ立てる幼女。

 米俵のように幼女を担いでいた賢者は、下ろすことでその言葉の返答とした。


「おい、どうして金払ったんだ?」


 あせあせと服の皺を伸ばす幼女を横目に、俺は尋ねる。


「この子、僅かだけどさっき手に魔力を集中させてた」

「えっまじ?」


 それは、穏やかな響きじゃないな。

 俺は、尊大な態度の幼女にしゃがんで目線を合わせると、なるべく穏やかに尋ねる。


「ちなみにだけど、このお姉さんがお金を払わなければどうするつもりだったんだ?」

「――もちろん騒ぎを起こして逃げただろうな」

「……」


 至極当然のように応えるので、反応に窮する……この子なんかやばくね?

 幼女は、近くの台に一生懸命よじ登ると、胸を反らして高らかに言った。


「名乗り遅れたなッ!我の名はグラっ…グラ!」

「ぐらっぐら?」

「ちゃうわアホっ、グラグラ!正体は言えんがとても偉いぞっ頭を垂れよッ!」

「そうか、じゃあ達者でな」

「え」


「「……」」


 なんとなく、面倒事の予感がして俺達が無視して行こうとすると、彼女は焦って追いかけてきた。


「こ、こらっ無視するでない!こっちを見んか!特に下僕A」


 幼女改め、グラグラはビシッと賢者を指差し、言った。


「先ほど妾に忠実な働きを見せ、さらに魔力操作を見抜いたことからそれなりにやるようじゃ。我の下僕としてこの町を案内させる権利をやる」

「謹んでご遠慮します」

「なに、びびる必要は無い、妾は寛大じゃ」


 寛大ついでにまともに取り合わない賢者は、俺の方を向いて言う。


「どうする?屯所に連れて行く?」

「うーん、どうしよう」


 分が悪いと感じたのか、若干冷や汗をかき始めたこの幼女を見ながら考える。

 考えること数秒、答えを出す。


「…別に良いんじゃねえか。俺達、ここに来たは良いけど、具体的に何するかは決めてないだろ?」

「うん」

「どうせ町を見て回らなきゃいけないから、この子の親を探しがてら手がかりを見つけにいく感じで……というか目下こいつが一番奇妙だからな」

「二ノがそういうなら」

「よく言った下僕B、おぬしは下僕Aの右腕…程の実力はなさそうじゃが、右手くらいの働きはした!」

「いや、二ノの右腕は私」


 訂正する必要も内容も違う。

 ということで。

 急遽、新たに変な幼女を加えた俺達三人はこのサラミド港を歩き回ることになった。



 とりあえず、この幼女の服装がヤバすぎるということで、風呂屋で綺麗にし服屋でまともにした後やっと散策を開始した。


「どうじゃっ、似合っておるか?」

「おお、大分スッキリしたな……でも良いのかそんなデカい服で」


 彼女が所望したのは大人の女性が着るようなサイズの服である。

 正直、おませの範疇を優に超えたブカブカ具合なのだが、どうしてもこれがいいと言って聞かなかったのだ。

 ただ、それ以外は将来美人が確定している可愛らしい子供、といった感じだ。

 くすんだ赤茶色の髪の毛も、実際は紅蓮の赤でありすれ違う人の目を引くほどの魅力を持っている。


「……ッ!?」


 この時、何故か目を見開いた賢者が印象に残った。


 今日は休日と言うこともあり、たくさんの人が町を楽しそうに歩いている。

 こんな平和な日々も、ある日突然消えるんだから世の中分からないものだ。


「これだけいると、親御さんどこにいるか分からないよな」


 それに、正直娘をあんな状態で放置している親とあまり関わりたくないのが本音だ。

 しかし、同調を求めたはずが賢者の発言は斜め上を行くものだった。


「二ノ、あの娘たぶん――だよ?」

「え?」


 胸を張りながら、前を堂々と歩く幼女。

 だが、その足取りはあっちこっちへフラフラだ。

 立ち並ぶ売店の引き寄せの術に物の見事に嵌まっている。

 その上でもう一度聞こう。


「……マジで?」

「まじ」

「魔王なの?あのちんまいのが?」


 聞いてないんですけどそんなこと。

 脅威とは、こんな町中に潜んでいるものなのか……。


「うん、小汚くて最初は気付かなかったんだけど、あの顔と赤髪…間違いない」


 賢者の言うことだ、間違いは無いんだろう。

 そうなると、今俺達の目の前にいるこの何でもない幼女が実は魔王……かつて俺達の国を滅ぼさんと攻めてきた敵の総大将。

しかし、一つ気になるのはどうしてこんなところにいるのか、その疑問に尽きる。


「グラグラ…様は、どうしてサラミド港にいるんだ?」


 俺は、一間を置いて鼻歌を奏でる魔王に聞いてみた。


「暇つぶしじゃ」


 対して、魔王の返答は簡素に過ぎない。

 何か隠していることがありそうだ。


「それより、妾あの店に行ってみたい」


 魔王が指さしたのは、可愛い外観をしたケーキ屋さんだ。


「「……」」


 お互いに顔を見合わせる。


……マジで魔王なの?




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