第13話 聖女

◇教会・聖女自室


「どうぞ」

「おじゃまします」


 一方、聖女を誘拐していた賢者は、彼女を自室に案内させた。

 ベッドに机、小さい丸テーブルがあるのみで広さも二人がくつろげる程度。

 聖女だからと言って、別段豪華な家具が用意されているわけではないようだ。


「なつかしい」

「なつかしい?」

「いや……なんでもない」

「はあ」


 その場に座った賢者に対し、聖女は立ったまま尋ねる。


「それで、私をどうするつもりですか?」


 誘拐されたというわりに、セイに焦りの表情はない。

 当然、賢者に敵意はないのだが聖女には人を見抜く力があるのかもしれない。

 作り物のような無機質な目でこちらをじっと見つめるだけ。


「私は」


 賢者は名前を言いかけ止まる。


「あ」

「?」


 彼女は、そこで初めて気が付いた。


 この状況、どうやって説明すればいいのだろう……。


 今まで、会うことばかり考えていたせいで、会ってからのことを考えていなかった。

 前回用意した聞くことメモも、あの戦いでなくしてしまった。


「私は…」


 勇者とはろくに会話できなかったこともあり、賢者は現在非常に困っていた。

 こんなことなら、上級魔術を連続で繰り出すことの方が遙かに簡単だ。

 きっと二ノがここにいれば、この状況でも上手く説明できるのだろう。


「……」

「あの……」


 考えること数秒、あまりの沈黙の長さに聖女の鉄仮面が崩れかけたそのとき、賢者は口を開いて言った。


「私は――未来から来た」


 聖女はしばし目をぱちくりして、賢者の言うことを繰り返した。


「未来、ですか?」

「そう。今から3年後に、この世界は魔王によって滅亡の危機に陥る」


 それから、賢者は口下手なりに一生懸命説明した。

 勇者育成機関、そして教会と研究所の関係や、自身が殺されかけたことについて。

 聖女は真剣に耳を傾け、途中途中頷いてくれもする。

 賢者は、セイに会いに行った選択が間違いでは無かったと確信した。


「だから、私は知りたい。セイたちがあのとき何を考えていたのか」 


 説明を終えると、セイはうんうんと頷き言った。


「わかります」

「ほんと……!」


 なんと、口下手な自分の説明で分かってもらえるとは思わず、喜色が隠せない賢者。

 聖女は、それはもう寄り添うように、諭すようにこう言った。


「ええ、これはあれですよね――厨二病とかいう」

「え」


 固まる賢者を無視し、聖女は温かい目で続けた。


「時々、いらっしゃるんです。右手が疼くとか、許されない罪を犯したとか。よく聞くと、ほんとは何もしていないんですよね?」

「え、あ、ちがっ」

「そう言う方がよく懺悔をしにくるのです。まずはしっかり聞くことが大事だと、私は教わりました」

「……」

「安心してください」


 聖女は賢者の手を包み込み、目線を合わせた。

 まるで小さい子と会話するかのように。


「……間違えたかも」

「私は見捨てませんよ!」



◇教会


「え」


 衝撃的な事実に頭が理解を拒む。

 何も言い返せず、静寂が辺りを包み込んだ。


「いや、燃やす原因を作ったというべきか――私のせいで、ほとんどの研究員が死んだ」

「……」


 思ってもみなかったカミングアウトに、何と答えるのが正解かまるで分からない。


「ただ、それは私なりの正義、いやこれは傲慢か――偽善で行ったことだった」

「ぎ、偽善?人殺しがですか?」


 やっとのこと返せたのは拙い正義感。

 俺の立場からすれば、この人を怒らせて良いことは何もないのに…。

 この気持ちも、あるいは偽善になってしまうのだろうか。


「そうだ。私は、わたしの中の誠実さに基づいて人を殺した」

「それは……どうして」


 単純な疑問だった。

 こういう悪の組織に属する人間はもれなく人を人と思わないような残虐な連中が日夜ゾッとする実験を繰り返しているのではないのか。


「一言で言うなら――清い心を保つため、なのだろう。ただ、君に言わせればそれは逆効果なのかもしれない」

「っ!」

「ずっと頭から離れないんだ――私は何がしたいのか、間違った選択をどうすれば直せるのか」

「……」


 そんなこと、分かるはずがない。

 俺が過去をやり直しているのは、偶然の産物だ。

 想像以上の重い話に、適当な返事も出来ずしばらく沈黙が続く。


 彼女からも、そして俺からも言葉を発することはなかった。

 もしかしたら、お互いに考えていたのかもしれない。

 自分の犯した行動と、その是非について。


「さて、と…そろそろ私は行こうかな」


 しかし、彼女は先程の重苦しさとはかけ離れた軽い調子で立ち上がる。

 その切り替えの速さが、恐ろしい。


「その…どうするんですか?」


 自分でも酷く曖昧な質問だったと思う。

 ただ、意図するところは伝わったようで。


「――これからも考えるさ。自身が何をするべきか、どう選択するか、ね」

「答えが見つからないとしても?」

「ああ、君もじきに来るさ。選択を迫られる”その時”が」


 彼女は軽やかに振り返ると、ヒールのコツコツとした音を響かせながら出入り口に向かう。


「あ…あの!」


 俺は、つい彼女を呼び止めてしまった。


「ん?」

「お名前を聞いても良いですか」

「別に構わないよ…私の名はリグレだ。君は?」

「二ノです、二ノ=モーナ」


 そして、彼女は扉を開けると振り返りながら言った。


「――二ノ、もし手がかりがないのならサラミド港に向かってみると良い」


 またもや爆弾発言を落として。


「は!?」


 俺は、慌てて扉を開けるが、教会の外はたくさんの人が行き交い、彼女の姿はどこにもなかった。


「何だったんだ……一体」


 しばらくして、賢者が戻ってくる。


「二ノ」


 そうだ、賢者が潜入していたことなどすっかり忘れていた。

 

「どうだった?」

「全然聞いてもらえなかった…」

「まあ、いきなり理解しろって方が無理か」


 


 そして、夜。

 俺達は、リグレの話を整理していた。


「二ノの言うとおり、そのリグレ?とかいう人は研究所の人で間違いないと思う。それに聞く限り上の立場」


 たしかに、あの雰囲気で下っ端研究員は似合わなすぎる。


「心当たりがあるのか?」


 しかし、賢者は首を振った。


「ううん、リグレの名前は研究所になかった。偽名かもしれないけど」

「…そうか」


 そうだ。

 あの人が本名を言っているとは限らない。

 おそらく、俺の正体というか、研究所を探っているのバレてたっぽいしな。


「ただ、もとの世界の研究所は、副所長が就任してからあまり日が経ってなかった」

「ッ!?」

「その前任者がリグレの可能性はある…全焼の責任を取って辞職、みたいな」


 まじか……ッ、この情報は大きいぞ!


「じゃあ、行くしかないってことだな――サラミド港に」

「うん、二ノのおかげ」

「偶然だよ……あと、一つお願いがありまして」

「?」


 リグレと話していて思ったことがある。

 結局、この醜い嫉妬心や虚無感をなくすには当たって砕けるしかない、と。

 だから、俺は意を決して言った。


「俺の訓練に付き合ってくれませんか!」


 勢いよく頭を下げる。


「え…付き合う?」

「そう、魔術の特訓に」

「わ、わたしと、二ノが……ッ」


 わなわなと震える賢者。

 ちゃんと伝わってるよな?


「ダメか?」

「い、いえっ、こちらこそ、ふ、ふつつか者ですが……!」

「?いや、ふつつかなのは俺の方…」


 何か、とんでもないすれ違いが起こってそうな気がしないでもないが、こうして俺は魔術訓練を再開したのであった。




◇サラミド港・第13倉庫前


「なあ、本当に」

「ん、間違いない」


 俺達は、目の前のこいつに臨戦態勢をとる。

 一瞬でも気を抜けば殺されてしまう、それだけの圧がこいつにはある。


「……」


 リグレに言われた場所に来た俺達は、そこで衝撃的な対峙をしていた。




「戦うのか?――

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