第12話 教会

 続いての目的地である聖都に向かっていた俺達。

 移動中特筆すべき事もなく、無事聖都に着いた。

 着いてすぐ見えたのは巨大な教会。


「ここが…総本山の教会か」

「ん…スクールも併設してる」


 ここに聖女も通っているらしい。

 教会は、純白を基調にとんがり帽子のような屋根、中央には巨大な鐘が設置された立派な施設となっていた。

 また、学生だけでなく様々な人が出入りをしている。

 そう、ここは一般公開もされている施設だ。


「これなら俺達が入っても別に怪しくはないな」


 当然、聖女達学生の生活スペースは関係者以外立ち入り禁止だが、前回と比べて確実に接触しやすいはず。

 加えて、男の俺と違い賢者は女だから施設内への潜入も容易いだろう。


「今回、俺は役に立ちそうにもないから適当に時間を潰してる」

「任せて。セイは嘘をつけないからすぐ分かると思う」


 いつになく、賢者の自信もありげだ。

 聞けば、旅で一番仲が良かったのが聖女だそうだ。


「それはいいが……なにその格好」


 賢者はいつものローブではなく、シスターさんの格好をしていた。


「ん……潜入には必須」

「……どこでそれを?」

「前にセイから教えてもらった。秘密のお店」


 すげぇいかがわしいんだが。


「まあいいや、じゃあ頼んだぞ」


 深くは聞かないことにする。


「行ってくる」


 そう言うと、賢者は颯爽と教会内へと入っていく。


「……はあ」


 どうにも、嫌な予感がしてたまらなかった。



◇教会・スクール内


 案の定、聖女を探しに館内へ入った賢者は早速トラブルに陥っていた。


「迷った……」


 外観からは分からなかったが、この施設意外と奥行きがあるのだ。

 それに、作りも均一で無機質なため迷いやすい点もあった。


「聞いてみる……?」


 幸い、辺りには談笑しながら廊下を歩く修道女達がいた。


「あの」

「あら?」

「新入生?」

「人を探してる。セイって名前」


 名前を出した途端、二人はあーあと言う顔をした。


「セイ様とお近づきになりたいのですね?」

「……?そう」

「止めた方がいいですわ」


 ぴしゃりと言い放つ修道女。


「どうして?」

「彼女の周りにはいつも取り巻きがいらっしゃるのです」

「何度私達も邪魔されたことか……」

「というより、そんなことあなたもここに通う以上知っているでしょう?」


 これ以上はボロが出ると思い、賢者は慌てて聞き直した。


「そ、それでどこにいるか知らない?」

「そうね……セイ様なら今頃授業を終えて」


 流石学園のアイドル、時間で居場所を特定できるらしい。


「そろそろここを通るはず……あ」


 修道女の目線を追うと、階段を降りてくる姿が。

 聖女セイは人間離れした精巧な顔に、腰まで伸びているよく手入れのされたサラサラの金髪が印象的な外見をしている。

 青い瞳は、どこまでも見透かしそうなほど澄んでいた。


 差す陽光が後光みたく彼女を照らし、取り巻きがファランクスの陣形で囲っているショットは、まるで絵画のよう。


「いた…」


 なるほど、確かに単騎であそこに飛び込むには勇気と覚悟が必要だろう。

 しかし、それは凡人に限った話。


「問題ない」


 彼女は賢者だ。

 これくらい障害になり得ないのだ。


「ほら、だから言ったでしょう。セイ様に近づくのはむずか…あれ?」

「いなくなってる……」


 修道女達が視線を戻したときには、新入生の姿はなかった。

 その時だ。


「セイ様!?どちらにッ!?」


 階段で騒ぎが起こる。


「今度は何かしら?」


 修道女達が再び視線を階段に移すと。


「こんな一瞬でどちらに行ってしまわれたの!?」

「セイ様はいずこに…!」


 慌てふためく取り巻き達の姿があった。


「一体何が……」


 終始訳の分からない修道女達であった。




※※※※※※※※※※※※※※※




 賢者を見送った俺は、暇つぶしに教会へ向かった。

 人二人分くらい高い大きな扉を押して、中に入る。


「……っ!」


 館内は、荘厳で静かだった。

 中に入ってすぐ、均一に並べられた五人掛けのベンチが10列ほど奥に向かって配置されている。

 奥に長い教会の中央奥には祭壇があり、天井へ続くステンドグラスが神々しい。

 差し込む陽光は、色鮮やかに輝きなんとも幻想的な雰囲気を醸し出している。


 俺は、初めての教会に言葉を失いつつも、吸い込まれるように奥へ向かって歩いた。


 まるで、時が止まっているようだった。


「少年、きみはここが初めてかね」



 突然話しかけられ、肩が思いっきり跳ねた。

 反射的に振り返る。


「ああ、驚かせるつもりはなかったんだ。ただ、君のような若い男の子がここへ来るのは珍しくてね、つい」


 話しかけてきたのは、白衣を着た大人の女性だ。

 賢そうな切れ長の目に、グレーのウルフカットは、男装したらさぞモテそうなカッコイイ系の見た目をしていた。


「い、いえ…教会には、初めて来ました…よく来られるのですか?」


 無視するのも悪い気がして、つい会話をしてしまう。

 だが、幸か不幸か。

 その後、度肝を抜かれるような一言が彼女の口から飛び出た。


「そうだね、私は普段魔力について研究しているのだが、つい最近その研究所が焼けてしまってね、全焼さ」

「…ッ!?」


 研究所が全焼!?


 

 それって、賢者の話にも出てきたような。

 まさか、いやそんな偶然はないか、研究所なんてよく燃えるだろ、たぶん。

 半ばパニックにそんなことを考える。


「全焼…ですか、お怪我はありませんでしたか?」

「大丈夫、左手ぐらいですんだ」


 彼女の左手には、包帯が巻かれてあった。


「新しい場所は決まっているのですか?」


 まさかとは思いつつも探りを入れてみた。


「ん?ああ、サルーニャ島だよ」


 サルーニャ島……!

 たしか、賢者の言っていた島と一致する。

 やっぱりだ。

 間違いなく、この人は研究所の人間……!

 すごいぞ!なんてラッキーなんだ。

 しかし、勇者と言い、この人と言いずっと俺達は空回りしているような気がしてならない。


「それより、ここは静謐で不思議な場所だ」

「そう、ですね」

「自分を清い人間だと思いたいがために、何でも話したくなる」

「そう、ですね?」


 まあ、ニュアンスは伝わった。


「――君は自身の下した”選択”に後悔したことがあるかい?」

「”選択”……」


 そんなもの、生きていれば誰だって一つや二つあるだろう。

 わざわざ初対面の人間、しかも研究所の手がかりかもしれない人に言う必要は全くない。

 しかし、勇者や賢者との一件が自分にドンピシャであったこと。

 あるいは不思議とこの人柄か、この場所のせいか。


 思わず、俺は口にしてしまっていた。


「ずっと、俺の後ろをついてきたやつがいたんです」

「ふむ」


 何言ってんだろうと自分でも分かっていても、決壊したダムのように言葉が流れて止まらない。


「…ああ、俺が引っ張んなきゃなって思ってたんですけど…あいつはどんどん速くなって、気付けば追い越されてた」

「……そうか」

「それどころか、本当は最初から手加減してたんじゃないかって最近思い始めたんです」

「……」

「どれだけ頑張って追いつこうとしても届かない。自分が頑張ってきたことなんて鼻歌交じりに超えていく……それを横目で見ていると思ってしまうんです」

「何を?」

「努力なんて無駄だったんじゃないかって――やっぱり、あの時逃げたままで良かったんじゃないかって」


 すると彼女は口を押えて。


「ふふっ」

「えっ?」


 笑ったものだから、戸惑ってしまった。


「いや、悪い悪い。年相応の素敵な悩みだなと思ってしまってね?」

「……」


 本当は、二十歳超えているんですけど……。


「要は、君は初めて挫折をしたわけだ、私も経験がある」

「え?」


 挫折?


「自身が本気で取り組んだことが、他の人にとってそうであるとは限らない。努力が必ずしも実を結ぶとも限らない。君は、その状況に”初めて”直面したんだよ」

「……っ!」


 ここで、初めて気付いた。


 そうか。

 俺は、今まで挫折すら出来ていなかったんだ……。

 傷つくのが怖くて、自分の限界が見えるのが怖くて、挫折から逃げたんだ。

 逃げれば、自分を信じられると言い聞かせて。


「……」


 あまりにも、自分が客観視できていなかったことに衝撃を受けていると、彼女は言った。


「だが、今はそれで良いんだ」

「良いって、ことはないでしょう」


 せっかく俺はやり直しのチャンスを与えられたのに。


「今はね、思う存分比べてみなさい。その人にはあって君にないもの。君にあって、その人にないもの」

「俺だけにあるものなんてないですよ」

「それなら、それでいいんだ。でも、いずれ分かってくる」

「何が分かるんです?」

「――比べる意味がないことさ」

「え?」


 それ以上、彼女は口をつぐんだ。

 しばし、沈黙が続く。

 そのうち、疑問に思う。


――この人はどうしてここへ来たのだろうか。


 そこで、この不思議な雰囲気を持つ彼女に聞きたくなった。


 その時にはもう、研究所のことは頭から離れていた。


「あなたにも、あるんですか?後悔した”選択”」

「もちろん、あるよ。聞いてくれるかい?」

「え、ええ」


 彼女は一呼吸置いて言う。






「実はね――研究所に火をつけたのは私さ」

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