第11話 虚無

 かつてない賢者の怒った声に、おぼろげながらも驚く。


 こいつ、こんな怒ることなんてあるのか……。


「これは……油断してらんないな」


 流石に勇者からずっと浮かべていた余裕の笑みが消えた。


「「……」」


 二人の魔力が高まる。

 騒ぎが大きくなる前に離脱しなければならないが、そう簡単に勇者が許してくれそうにもない。


「フッ」


 瞬きの間に近づき剣を振り払う勇者。


「……!」


 しかし、それを読んでいたかのように空から飛んできた光の矢が勇者に飛んできた。


「ッ!?」


 無詠唱かつ高威力の魔術に、防衛を余儀なくされる勇者。

 流れるように、次の魔術を描く賢者。

 両手で異なる魔術を同時に、しかも片方だけでも俺なら十秒以上は時間を取られるような高難易度の魔術を、だ。


「……」


 どれだけ訓練を積めばその速さに辿り着けるのか見当も付かない。

 一つ確かなのは、この先俺が何年訓練したとして、このレベルには一生辿り着けないということ。

 なまじ、最近特訓に励んだせいで余計に想像できてしまった、自分の限界を。


「はは……」


 完全に心を打ち砕かれた音がした。


 一方、そんなことを知るよしもない勇者と賢者の戦いは激しさを増す。

 観察していると、ところどころ賢者がまるで未来を見ているかのように先読みした動きで、勇者の攻撃を躱していた。


「なんだか、やりづらいな……」

「癖は全部知ってる」

「重めのファンか……なっ」


 何とか軽口を叩く勇者であったが、その口調とは裏腹に戦いにくいのは本当のようだ。

 勇者の息継ぎや動きの癖に合わせて飛んでくる魔術によって、勇者は距離のアドバンテージを利用出来ないでいた。


 その隙に、賢者は涼しい顔で同時に魔術を3~5展開する。

 スピードを上げようとする勇者の足元に泥沼を生成し、壁を使って向かおうとすれば壁に電撃を這わせる。

 また、斬撃を飛ばしてくる勇者に、防御壁を何重にもして防ぐなど、ことごとくストレスを与えるような攻撃だ。


 対して、勇者は一度でも対応を間違えれば連続攻撃に押し切られそうだ。


「……っ!」


 俺はまたしても衝撃を受けていた。

 自身が手も足も出ない相手に対して、この余裕。

 もっと言えば、近距離という不利な状況下で引き分けどころか押し気味だ。

 だが、勇者も決して引かない。


「こんな魔術師がいたなんて、聞いていないんだけど……なッ!」


 剣に著しい量の魔力を込め、一気に薙ぎ払った。


「今」


 対する賢者も魔力弾を放つ。

 魔力弾と剣の衝突で、辺りに砂埃が巻き上がった。


「こうなったら『覚醒』になってでも――」

「一旦退く」


側に寄ってきた賢者の声を最後に、俺の意識は遠くなっていく。

何の役にも立たない自分が情けなくて仕方がなかった。




◇ソルドール魔道具店


「二ノ!ついに成功したぞい!」

「……まじっすか?」

「テンション低いのお主…見ろっ、これが二日酔いも無くす薬じゃ!しかも、勢い余ってどんな特殊状態も解ける!」

「えぇ……それ世に出したら不味いレベルなんじゃ?」

「なーに、ただの酔い止めとして売れば問題ないじゃろ…さっそくレシピ教えてやるからこっちきなさい」

「はぁ……え、教えちゃっていいんですか?」

「――当たり前じゃろ、弟子なんじゃから」

「……ありがとうございます」




◇都市ブレイブ・某宿屋


「あ、起きた」


 目を覚ますと、すぐ傍に賢者が座っていた。

 相変わらずどこか眠たげな表情だ。


「ああ……水、あるか?」

「ん」


 分かっていたかのように、水を差し出す賢者。

 こんな気を使えるなんて、やはり魔王を倒す旅で何度もこういう状況に陥ってきたのか。


「……ふう」


 冷たい水が身体に染み渡る。


「どこか悪いところは?」

「大丈夫だ……グッ」

「ふふっ、嘘つき」


 少し笑った賢者に、余裕を感じて少しムカついた。


「問題ない……逃げ切れた、んだよな?」


 思わず強がってしまうと、賢者は真面目な顔で答えた。


「大丈夫。ここはホテルだよ、私の部屋だけど」

「そうか……悪いな」

「べ、別に気にしてない」


 何故か焦る賢者に俺は言った。


「そうじゃなくて――俺は……役に立たなかった」

「え?」


 本当に訳が分かっていなさそうな賢者に、俺は苛立ちも湧かなかった。

 分かってはいたが、俺の独り相撲だったようだ。


「俺は、勇者に手も足も出なかったんだ」


 気付けば、口から溢れてしまった。

 何を言ってんだろう、と頭では分かっていても止まらなかった。


「過去に戻って、やり直せるんじゃないかって……今度こそ追いつけるんじゃないかって、考えていた…」

「…誰に?」

「それはッ、いや…でも遠すぎた」


 いつからだろう、俺を抜かして前を歩くこいつの背中が見えなくなったのは……。


「いつも後ろにいたのに……俺が、前にいたはずだったのに……」

「…二ノ?」


 言っているうちに、理性のブレーキがどんどん効かなくなってくるのがわかる。


「ひょっとして、手を抜いていたのか?俺に合わせていたのか?」

「え……え?」


 分かっていても、止められなかった。


「なあ、本当はいつも俺を馬鹿にしていたのか?」

「そ、そんなことない……二ノはすごく、て……いつも私には出来ないこと、できて」

「中級も満足に使えず、勇者に一瞬でボコされた俺が?」

「それは……そうじゃなくて、二ノはできる、よ?」

「おまえは、いつもそう言うよな」

「……?」


 何のことか分かっていない賢者の顔を見ると。


「いや……何でも無い」

「……」


 ああ、やっぱり俺を魔術師として見てくれないんだ、こいつは。

 それに、この先を口に出せば何かが本当に終わってしまう気がして言えなかったけれど。


――お前は、仲間に裏切られて俺に依存先を変えただけなんじゃないか?


 そう思わずにはいられなかった。



 次の日の朝。


「……よう」

「お、おはよう」


 どれだけ気まずかろうが問題を解決しなければいけない以上、こいつと一緒にいる必要がある。

 お互い目を合わせず食卓を囲む。


「次は…聖女だよな」


 半ばやけになりつつ、話題を振ってやった。


「そ、そう。また、魔導列車に乗る必要がある」


 なんで、俺より遙かに強いくせにオドオドしてんだよ、こいつは……!


「聖都には行ったことあるのか?」

「ある。旅に出る前と後に……一回、ずつ」

「そうか」


 コーヒーを啜り、心を落ち着ける。

 ダメだ、落ち着け俺。

 何か話題を変えようと、ふとパンにジャムを塗る賢者を見て。


「意外と几帳面なんだな」

「そう…?」


 ジャムをパンの端から端まで塗りつぶしていく賢者が意外だった。

 彼女の性格なんて、今まで見てこなかったから。


「でも、こういうのって意外と塗ってない余白も美味しかったりするだろ?」

「……じゃあやめる」


 塗っていた手を止め、途端に口に持って行った彼女。

 俺は、こいつのこういう所が本当に。


「チッ……」


 それ以降、お互い無言でパンを口に入れる。


 魔術の訓練はしなかった。

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