第10話 勇者

 夜、俺と賢者は勇育の入り口付近に身を隠していた。

 この時間ならば、生徒達が訓練を終え就寝に入っているはずだから、勇者は確実に部屋にいるはずだ。


「じゃあ、俺が見張りの気を引いてその隙にお前が忍び込む。これでいいんだな?」

「ん、紙は燃やしたけど位置は分かってる」


 声を極力抑えながら、大雑把な作戦を繰り返す。

 それぞれ位置につき守衛の様子を伺った。


「……」


 成功するか微妙なところだが、そこは賢者。

 何とかしてくれると信じ、作戦を決行する。


 まずは目隠しだ。

 俺は両手に魔力を流し、術式を描く。


『ファイボル』

『ウォーボル』


 右手に火の玉、左手に水の玉を生成する。

 二つの玉を合わせると、それらは水蒸気となり辺り一面に立ちこめる。


「なんだ!?火事か!」

「人を呼んでこい」


 見張りの視線が釘付けになっているこの瞬間。


「今だ」

「……!」


 賢者が自身の音を魔術で消し、誰にも気付かれることなく侵入に成功した。

 これから出入り口に人がたくさん集まってきてしまう……が、賢者ならまあ何とかするだろ。


 あっけない出来事ではあったが、本番はこれから。

 あいつは勇者と接触し、研究所のつながりについて話を聞かなければならない。

 どうやって聞き出すかは知らない。

 そもそも、研究所とやらについて俺は何も知らないのだから。


「ここを離れなくちゃな」


 あまり騒ぎを大きくしすぎると、勇育全体が動きそうだからこの辺でずらかろう。

 俺は、いそいそとその場を離れるため振り返ったその時だった。


「え?」

「――ん?」


 こちらに歩いてくるのは、背の高い茶髪の男。

 それは、未来で魔王を打ち倒す英雄であり。

 賢者がこれから話を聞こうとしていた――


――勇者その人であった。


 加えて、先程入浴を済ませてきたのか髪をしっとり濡らした状態で。


『ユウは長風呂』


 今になって思い出す、賢者から見た勇者の印象。

 そうか!制服を着ていない……!

 おそらく、賢者のつけたマーカーは制服を対象にしたのだ。

 そして、今勇者は制服を身につけていない。


 まさかここまで入浴時間が長いとは……なんて間が悪いんだ!


「ッ!?」


 俺は咄嗟に目を逸らした。


「おや……?」


 しかし、その反応が不味かったらしい。


「君――怪しいな」


 完全に警戒された。

 逃げなければ!


「やべっ」


 後ずさりした際に、小石につまずく。

 意図しないタイミングで身をかがめたのが幸いだった。


ヒュンッ


 真上を何かが通り抜ける音。

 遅れて気付く。

 今のは、勇者が訓練用の剣を振った音であると。


「……!?」


 えぇ、問答すらしないの……。


「へえ」


 避けられるとは思わなかったのか、勇者はわざとらしく驚いた顔をした。


「君は…いわゆる不審者って奴かな」

「い、いやっ、そうではなく」

「じゃあここで何をしていたんだい?」


 何か出すんだ二ノ=モーナ!

 何でも良いから言い訳を捻り出せ!


「か、課題の練習だよ。ほら、右手と左手で同程度の魔術を繰り出す訓練」

「ふーん」


 ボディランゲージを交えながら必死に説明をする。

 俺の見た目が学生だからか、勇者の警戒が少しだけ緩んだように見えた。


「でも君、うちの生徒じゃないよね?どうしてわざわざこんなところで練習を?」

「それは…あ、ああ、すまない。丁度今友人の家に泊まっていたもんだから、この辺の地理に詳しくなくて」


 ぐっ……どうだ?

 この言い訳は苦しいか?


「……」


 しばし沈黙が続き、勇者はじっと俺を見つめた。


「……っ」


 なんだこれ、何時間も一緒にいるような圧を感じるぞ?

 だが、やがて勇者は俺に手を差し伸べると朗らかに笑った。


「そっか。あそこには勇者育成機関があって見張りの人が勘違いしてしまうから、ここでの訓練はおすすめしないよ?」

「ああ、申し訳ない」


 彼の手を取り立ち上がる。

 勇者の手のひらには、剣を握り続けた者に現れる硬い豆が出来ていた。


「見張りの人には僕から伝えておくよ。それじゃ」


 そう言って、勇者はニコリと笑うと俺の横を通り過ぎ、施設に向かっていこうとする。


「……ふう」


 何とか、上手く?誤魔化せたようだ。

 しかし、不味いことになったな。

 ここに勇者がいるということは、賢者が空振ったということだ。


「……!」


 どうする?ここで、俺が聞くか?

 今この機会を逃せば次はどうやって会うんだ?

 だが、勇者の部屋ならもう押えている…ダメだ、近くでこんな怪しい奴を見つけたんだ。

 きっとしばらく警戒するに違いない。

 やっぱり俺が聞かなければ……でも、なんて聞けば……。

 それに、せっかく見逃して貰ったのにここで聞いたら間違いなく。


「っ」


 先程の一撃を思い出し身震いする。

 それとも賢者を待ってもう一度機会を待つか……。

 それもダメだ、賢者はかつて自身を殺そうとした相手に聞こうとしている。


『命令されれば仲間も殺せるか?』


 と。

 そんな質問、させてはいけない。

 俺がやるんだ。

 緊急用のスクロールに魔力を込め、賢者の元へ飛ばす。

 そして、俺は勇者の方へ振り返る。


「あ、あのっ!」

「ん?」


 俺は勇者を呼び止め、一言発す。


「――あなたは研究所に所属していますか?」





◇勇者育成機関・勇者自室


「いない……」


 勇者の部屋に忍び込んだ賢者は、あらかじめ用意していたメモから目を離した。

 これを読み上げれば聞きたいことが質問できるはずだったのだが。

 当てが外れた賢者は部屋を見回し。


「あ、制服……」


 二ノと同じ結論に至る。

 その時だった。


「あのスクロール……」


 窓の外をつつく鳥の形をしたスクロールに気付いた。

 窓を開けそれを受け取る。

 このスクロールは緊急用の…。


「……二ノ!」




◇勇者育成機関・付近の路地裏


「――あなたは研究所に所属していますか?」


 そう質問した直後。


「……ッ!?『ジガルタ』!」


 身の毛がよだち、本能に従って全方向へ魔力壁を貼る。

 しかし。


パリンッ


 一瞬で割れた音が聞こえたかと思えば。


「ガハッ!?」


 腹に大きな衝撃を受け壁に激突した。


「ゲホッ、ゲホッ……」


 魔力を全身に覆うことで致命傷にならずに済んだ。


 な、何とか生きてる……。


「やっぱり、いい反応するよね、君」


 いつ抜いたのか、訓練用の剣を振り終えた勇者が微笑みながら近づいてくる。


「……ッ」


 真剣だったら、もう死んでいた……。

 その事実に震えが収まらない。


「魔術師を、この距離で。しかも二回も仕留め損なうとは……僕もまだまだだ」


 声は優しさを帯びているのに、目の前にいるのは化け物だ。

 英雄と凡人じゃ、こんなにも違うのか……。


「ハアッ…ハアッ…グッ」


 波のように、痛みが押しては返す。

 彼はまだ勇者候補。

 せめて、自衛くらいは……そう考えたのは愚かな勘違いだったようだ。


 そして、わかった。

 勇者が剣を振り上げる。


「何か言い残すことはあるかい?」


 勇者は完全にだ。

 賢者が来るまで、何とかして時間を稼がねえと。


「……り、ゆう」


 ピクリと、勇者の手が止まる。


「もう一度」

「ハアッ…ハアッ…理由、を、しりたくは、ないのか……っ」

「たしかに……どうして知っているんだい?」

「それは…」

「言っておくが、嘘は通じないよ?分かるんだ、そういうの」


 俺を牽制するつもりで言ったんだろうが、逆につけいる隙ができた。

 やはり、勇者といえどこいつはまだ脇が甘い。


「あんたが……斬ったやつから…聞いたんだ」

「それは……どういう」


 嘘は言っていない。

 だからこそ、混乱するはずだ。


「はっ……なに、言ってるか、わかんねえだろっ」

「まあいいさ、後で確認する」


 そして、ここまでで充分時間は稼いだ。

 間に合ったんだ、緊急用のスクロールは。

 俺の命が尽きる前に。


「二ノッ!」


 彼女をここへ導いた。


「ッ!」


 勇者の振り払った剣は、硬い障壁に阻まれ高い音と共に弾き返される。


「これで3回目……今日は、中々上手くいかない日だね」

「ユウ…どうして…!」


 賢者と勇者は戦闘の高まりを見せた。

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