第9話 勇育




「ハアッ……ッ、ハアッ……コレを…賢者…そなたに…託す……」

「ッ!?」


 魔王が至近距離で何かを渡してきた。

 他の仲間からは見られない角度。

 押しつけられたのは、手のひらほどしかないカプセル型の魔道具。

 同時に、頭の中に起動方法が流れ込んでくる。

 魔王が、最後の力で賢者に送り込んだのだ。


「たの…ん…だ…ぞ」


 魔王は優しく微笑むと、糸が切れたように倒れた。


「チサト!大丈夫かい!最後に何かされた?」


 心配そうな表情でユウが駆け寄ってくる。

 私は、思わず渡されたカプセルを後ろ手に隠し、首を横に振った。


「…大丈夫、どこも異常は無い」

「よかったです~、魔王が突然ちーちゃんの方へ行ったので何事かと…」


 続いて、セイもその静謐な様子からは珍しく息を切らして走ってきた。


「……」


 レンは……レンは、どうしたんだっけ?


 思い出そうとしたけれど、急激に意識が上昇して、私は目を覚ました。


 まだ起きていない、の記憶――




◇二ノ自室


 結局、賢者が起きたのは丸三日経った夕方。

 魔術の特訓をしつつ、様子を見ていたが死んだかのように目を覚まさない。

 あまりにも起きないので流石に病院へ連れて行くか、と準備し始めた直後のことだった。

 しかも、第一声が。


「お腹…空いた」


 だった。こちらの心配を返して欲しい。

 夕食を食べている最中、賢者は口を開いた。


「やっぱり、ユウとセイに話を聞きに行こうと思う」

「まあ、そうなるよな」


 予想していたことだ。

 というか、現実的に取れる手段がそれしかない。

 だが、俺は言って良いか迷いつつ自分の憶測を口にする。


「そのことなんだけどな……その、何というか俺の予測なんだが」

「――分かってる、襲ったのはユウ」

「お前、気付いて……っ」

「姿は見えなかったけど、あの魔力の感じはユウしかいない…それに、近くにレンとセイもいたはず」


 瀕死になりつつも、魔力感知していたのか。

 勇者以外までいたとは……流石賢者だな。


「だからこそ、確かめる必要がある……ユウとセイが味方なのか――敵なのか」

「ん?レンジャーはいいのか?」

「レンは今どこにいるか分からない」


 レンジャーは冒険者出身らしいから、どこかのギルドにいるのかもしれない。


「もし、敵だったらどうするんだ?」

「その時は…」


 賢者は言葉を詰まらせたが、やがて絞り出すように。


「話を……聞こうと、思う」


 とだけ言うのだった。



◇魔導列車・特別席


 俺と賢者は、賢者候補の権限を使って学校をしばらく休むことにした。

 名目はある遺跡の調査。

 だが、教師から特に詳細や俺の同伴を尋ねられることはない。

 それだけ、賢者候補の権力は強いということだ。

 俺の方も、皆から離れる良い口実ができたと思っている。

 あれ以上一緒にいれば、また勘違いしたくなるに決まっているからだ。


「それで、どうやって会うんだ?」


 魔導列車の中にて、俺は向かいに座る賢者に尋ねる。

 勇者育成機関は魔術学園から少し遠いため、主要都市を結ぶ魔導列車に乗っての移動だ。

 ちなみに、費用は全て学園持ち。

 賢者様々だ。


「夜に忍び込む」

「えぇ、武闘派がうじゃうじゃしてんだろ?……行けるのか?」

「がんばる」

「いや意気込みじゃなくて」


 それに、まだ魔王を倒す前とはいえあの勇者だ。

 誰にもバレずに会う事なんて出来るのだろうか。


「ユウが言ってた。勇者育成機関は強者揃いだから侵入者があまりいないって」

「……」

「きっと油断してる」

「そうかな……そうかも」


 まあ、たしかにわざわざ化け物の檻に入っていく命知らずは少ないだろう。


「だから、問題はユウがどの部屋にいるのかだと思う」

「それを探るところから始めるわけだな」

「ん」


 やることが決まり、窓の外を見ると町の中に一際背の高い建物が目に入った。


「勇者育成機関、か」


 頼むから、争い事だけは勘弁してくれ。

 誰に祈るでもなく、俺は願うのだった。



◇都市ブレイブ・街道


 列車を降りて、早速勇者育成機関に向かう。

 あまりこっちの方には来たことがないから、町並みや雰囲気が新鮮だ。

 所感だが、魔術学園とは違い全体的に荘厳で空気が締まっている感じがした。

 均一な設計の家々を見回しながら、俺は賢者に尋ねる。


「そういえば、勇者様ってどんな人なんだ?」


 相手は世界を救った英雄だ。

 外聞や噂で聞く機会は多かったが、仲間から見た勇者はどんな人物だったのか。

 人柄や、何を考えながら生きていたのか気になった。

 

「ユウは……へん」

「変って……たとえば?」

「説明するのは難しい」

「……一つくらいないか?女が好きだとか大飯食らいだとかさ」


 賢者はしばし考えた後、思い出すように呟いた。


「長風呂だった」

「一緒に旅してきてそれかよ……いや」


 そうだ、こいつはその仲間に殺されたんだった。

 勇者をどう思っているかなんて、デリカシーがなかったか。


「悪い」

「……?」


 賢者は首をかしげたが、俺は何も言わなかった。


 少々気まずい空気になったが、駅から歩いてそう時間が経たずに俺達は目的地に辿り着いた。


「おお、ここが……」

「来るのははじめて」


 目の前にそびえ立つ建物を見て、俺達は息を呑む。

 町の雰囲気に合わせ、派手な装飾のない無骨な作りで、俺達の魔術学園とは随分と違った印象を与える。


 勇者育成機関、略して勇育。

 全国から集まった選りすぐりの強者達が、日々勇者になるために切磋琢磨する養成施設だ。

 突如現れる魔王に対する対抗策として設立された勇育は、平時から施設内で最も強い者を勇者候補と称し、大々的にアピールする。

 だから、俺も勇者が勇者候補の頃から名を知っていた。

 しかも、勇者ユウは入学当初から勇者候補の称号を守り続けた逸材だ。


「ここにいることは分かっても入れないんじゃ」


 せっかく着いたものの、勇者育成機関の入り口で俺達は立ち往生していた。

 ここに来るまでの間に、特に何か良いアイデアも思いつかなかったのだ。

 偶然通りかかってくれでもしたら助かるんだが。


「もし来たらこれを使う」


 賢者は二枚のスクロールを取りだした。


「なんだそれ」

「特殊な魔力を施したマーカー。スクロール自体は遠隔で燃やせるし証拠も残らない」

「なんでそんなもの持ってんだよ」

「二ノにもあげる」


 そう言って渡される。


「まあ、これが使えるのはよっぽどラッキーな時だな」


 何せ、俺達は勇者のスケジュールなど知らないのだから。

 今は授業中なのか、生徒の出入りも少なかった。


「部屋が分かったら夜潜入する」

「見張りはどうするんだよ」


 施設の入り口には、何人かの守衛が厳しい目付きで立っていた。


「私が引きつける」

「いやいや、俺が行っても研究所についてなんて聞けば良いか分かんねえよ」

「む」

「……」


守衛に睨まれ顔を見合わせる。

その場に長く居ても怪しまれるだけなので、少し離れた場所で作戦会議だ。


「大体、勇者がどの部屋にいるか分からないと潜入したところで迷うだけだろ」

「ユウは一番強いから一番高いところが部屋だと思う」

「んな安直な……」


 ダメ元でその辺の生徒に聞いてみるか。

 いや、怪しまれるだけか。


「「うーん」」


 特に解決策も思いつかず、何かないか施設の周りをうろちょろしている時だった。


「二ノ……あれ」


 賢者が目を見開いて指差す先にいたのは。


「いた……勇者!」


 友人らしき人と談笑しながら施設内に入っていく勇者の姿だった。

 いや外にいたんかい!


「いくぞ!」

「ん!」


 二人して、魔力をスクロールに注ぎ込む。

 注ぎ込まれた二枚のスクロールは、ひとりでに折りたたまれ鳥の形となり勇者めがけて飛んでいった。


「はははっ……ん?」


 しかし、勇者は目にもとまらぬ速さで一枚のスクロールを切り伏せる。


「ユウどうしかしたのか?」

「いや、小バエが飛んでただけさ」


 その後、何事もなかったかのように施設に入ってしまった勇者。


「よし、何とか上手くいったな」

「後は夜を待つだけ」


 斬られたのは俺のスクロールだけ。

 賢者のは勇者のポケットに入り込み、ただの紙へと戻っていった。

 これが、居場所を知らせるマーカーとなるはず。


「……」


 やっぱり、レベルが違う。

 魔力操作の速さ、質、全てが格上だ。

 俺も毎日特訓してきたのに……っ。


「どうしたの?」


 賢者が俺の顔を覗き込もうとしてきたので。


「何でも。それより戻ろうぜ」

「あたっ」


 おでこにデコピンをして誤魔化した。

 いいんだ、そのおかげで勇者に気付かれることなく仕込みが出来たのだから。


 それに、俺がしてきたのは戦闘系の魔術だ。

 今度こそ……。

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