第8話 犯人



「僕の名前はユウ、これからよろしくね」


 隣に座る茶髪の少年が、穏やかな笑みを浮かべながら名を名乗る。


「私はセイと申します。この旅に神のご加護があらんことを」


 そう名乗ったのは、目の前に座る金髪の修道女。


「ワタシはレン。ギルドから派遣されたわ。よろしく」


 斜向かいの少女が、鋭い目つきで告げた。




「チサト!そっち魔物が言ったよ!」


「チーちゃん、患部を見せてください。『ヒール』」


「アンタばかね、この結び目をこっちに括るのっ」


「――!」


「  」

 

「 」




◇二ノ自室



 家へ帰り、ずぶ濡れの賢者を着替えさせベッドに眠らせた。

 その後、自分もシャワーを浴びてコーヒーを淹れたところで賢者の声が聞こえる。


「ん……」

「あっ起きた」


 賢者はしばらく目をぱちくりさせると、段々と状況を理解したのか。


「ッ!?」


 すぐさまベッドから出ようとする。


「まだ動くなって。これ飲んで身体温めろよ」


 湯気の立ち上るマグカップを渡してその場にいさせた。


「……」


 賢者は、両手で持ちながら無言でコーヒーを見つめる。

 見つめるばかりで、一向に飲もうとしない。


「ん?どうした?」

「……ない」

「なんて?」

「コーヒー……飲めない」

「……そうかよ、ココアは?」

「飲める」


 クソッ、腹立つな。

 渋々ココアを淹れなおしたところで、ようやく話を開始する。


「悪かったな、風邪引くと思って着替えさせた」


 男の俺がするべきではないのは分かっているが、きっとこれから込み入った話になると思い誰も呼ばなかった。


「……っ」


 今気付いたのか、徐々に顔を赤らめる賢者。


「……見た?」

「なるべく見ないように頑張った」

「……そう」

「ごめんなさい」


 なんというか、思っていた反応と違い咄嗟に謝ってしまった。

 謝ったらあれだよな、まるで下心があるみたいじゃないか。


「全然気にしてない」


 あ、やべえよこれ。

 めっちゃ気にしてんじゃん。

 今度お詫びに何か甘い物でも買ってこよう。

 それはともかく。


「……で?一体どうしたんだよ」

「それは……」


 誤魔化すように尋ねると、賢者はばつが悪そうに視線をさまよわせてはもごもごした。

 あーそうだ、俺から協力を拒んだったんだ。


 それに気付くと、今度は俺が気まずく首をさすりながら口を開いた。


「そのことなんだがな、あー、いや……悪かった」

「え?」


 賢者は唐突な謝罪に戸惑い呆けた表情をしている。


「俺から言っといて何だが、困ってるんだよな?今まで、何もせずに申し訳なかった」


 呑気に文化祭を楽しんでいたことが申し訳なく感じる。


「それは……いきなり過去に飛ばしたんだから、混乱して当たり前」

「だが」

「むしろ、私の方こそ……ごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げる賢者。


「あなたの未来を奪ってしまってごめんなさい」

「い、いや、いいんだ」


 そこまで大げさなことではない。

 俺の人生など、大したものではなかったんだ。

 強いて言うなら、師匠に何の恩返しも出来なかったことだけが心残りだが。


「別に、もう戻れないと決まったわけじゃないだろ?」

「それは……けど」

「だから、その……俺にも協力させてくれ、おまえの襲われた原因探るの」


 しばし黙っていた賢者だったが。


「……いいの?」

「ああ」


 子犬のようにこちらを見上げる賢者に、若干狼狽えつつも答える。


「戦いになるかもしれない」

「お、おうよっ、これでも最近特訓してんだぜ?」


 そうだ、最近魔力操作が伸びてきたし、多少なら役に立つ……と、思う。


「相手は危険」

「だ……だいじょう、ぶだ。たぶん」

「国が相手になるかも」

「何したの?」


 いきなりスケールのでかい話すぎる……。


「ありがとう……ッ、とても助かる」

「ごめん、やっぱちょっとまって?」

「実は――」


 難聴系賢者は、俺の制止を聞こえていなかったかのように事情を説明した。


「旅の中で知った。私達の背景にはある組織があった」

「組織って?」

「『研究所』ユウとセイはそう言ってた」


 魔王討伐の中で、勇者機関と教会の背後にある『研究所』なる組織に疑問を抱いたこと。

 魔王に言われたことがずっと頭に残っていたこと。


「お前は何も知らないって」


 問い詰めようとした勇者と聖女の様子が変だと思ったと。

 そして、研究所へ訪問する前日に誰かに襲われたこと。


「絶対そいつら犯人じゃん」


 今の話を聞いている限り、犯人はどう考えても研究所絡みなのだろう。


「そう思って、研究所に向かった」


 しかし、過去に戻り研究所に向かったのはいいものの、そこには何もなかったらしい。

 おかしいと思った賢者は自信の魔術を駆使し、そこが建設予定の研究所かつ、旧研究所が他に存在していたことを知る。


「だから、今日そこへ行ってみた」

「そしたら?」

「――全部燃えていた」

「え……」


 そこは全焼しており何の手がかりも得られなかった、と賢者は言った。

 というより、全焼していたからこそ新研究所が建設されたのであり、誰にいつなぜ襲われたのかも分からないらしい。

 つまりは手詰まりのようだった。


「じゃあ、どうするんだ?」

「……分からない」


 二人して、沈黙する。


「あっ」


 突然、賢者が何かをひらめいたように口を開いた。


「どうした?」

「ユウとセイなら何か知っているかも」


 ちなみに、勇者と聖女のことである。


「会いに行かなきゃ」

「ちょっ、まてまてまて」


 そそくさとベッドから這い出ようとする賢者を慌てて止める。


「いきなり行っても混乱するだろ、まだ二人とは知り合いじゃないんだから」

「あ……」


 すると、賢者はそのことに今気付いたかのように間抜けな表情のまま固まった。


 これは……相当疲れているな。


 賢者に危うさを感じ、このまま眠らせることにする。


「まあ、ちょっと休め。このところしばらく休んでないだろ?」

「こっちに来てからはベッドでほとんど寝てない」

「ッ!?」


 よく見れば、顔はやつれ目には大きなクマを作っていた。

 さしもの賢者とはいえ、中身は人間である。

 消耗するし、思考力だって低下する。

 俺は、ブレーキの壊れた賢者を落ち着かせることに全力を尽くした。




 翌日、賢者は起きなかった。

 当然だ、限界を超えて活動していたのだから。

 心配だったので、俺も念のため学校を休み、賢者から聞かされた情報を整理した。


「研究所、ねえ…」


 そんな話、今までの人生で聞いたことない。

 正直陰謀論めいた話はあまり好きではないのだが、発言者があの賢者なのだ。

 友達から聞くのとでは説得力が違う。


 それに、あいつが俺に対して質の悪い嘘をつくようにも思えない。

 現状、研究所は存在すると仮定しよう。

 勘ぐられた研究所は、賢者の命を狙った。


……賢者?


 そこで腑に落ちないことが一つ。


 そもそも賢者を襲える者なんているのだろうか…?


 相手は、あの勇者一行の一人で魔術のスペシャリストだ。

 研究所にどんな手練れがいるか分からないが、そう簡単に始末できる者はいないだろう。

 というか、どうやって殺すんだ?


 俺なら出来るか?


 どうだろうな、でもあいつは自分のことに鈍感だ。

 何食わぬ顔で近づいて、いきなりブスッ、とやっちまえばいける……か?


……なんかいけそうな気がする、だってあいつ身内には甘そうだ…し。


「……ッ!」


  そこで、俺は嫌な推測を立ててしまう。


 あいつが襲われたのは、俺が見失った後のはずだ。

 なぜなら、最初にあいつの後ろ姿を観たとき、重傷を負っているようには思えなかったからだ。


 となると、犯人は俺が追いつくまでの短時間で、なおかつ戦闘すら行わずあいつを斬ったことになる。

 あいつが不意打ちを食らうなんて考えられない。

魔術師は近接に弱いから、奇襲に最も警戒するのだ。


 それに、賢者の名は伊達じゃない。

 反撃や、対策だってしっかり取っているだろう。


 しかし、身内なら?


 あいつのことだ、その警戒レベルは著しく落ちるだろう。

 いや、誰だってそうだ。

 俺だって落ちる。


 そして、俺の中で結論づけられる。


 とどのつまり、あいつを襲ったのは――




……勇者?

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