第7話 決意

「「「乾杯!!!」」」


 皆、お酒の代わりにジュースでグラスをぶつけ合う。

 学園祭後、近くの飲食店にて2-Eは大成功を祝し打ち上げを行っていた。

 何となく最初は担当班ごとにテーブルを囲んだが、そのうち移動し合い結局ぐちゃぐちゃとなっていった。

 明らかに人数オーバーなテーブルで騒ぐグループもあれば、静かに感想を言い合うグループもある。


「一時はどうなるかと思ったー」「ねー」


 総じて、皆の表情は明るい。

 そこかしこから楽しそうな声がする。

 興奮冷めやらぬといった感じだ。


「でも良かったよね、皆キャーキャー叫んでたし」

「ほんっと、魔術がちゃんと発動して良かったな」

「ね!……ぷっ、でもウけるよね~トモダの焦りっぷり」

「あ、あれは皆の目が怖すぎたんだよ、殺されるのかと思った……」

「「あはは」」


 皆、口々にお互いの健闘を称え合い、喜びを分かち合っていた。

 誰もが笑顔を浮かべ、楽しそうだった。

 そんな様子を見て思う。

 頑張って良かった……。


 グラスを持ってジュースをチビチビ飲んでいると、


「二ノも良かったよね、なんか見直した」


 クラスメイトの話題が俺に向いた。


「分かる!ちょっと変わったよね、良い方に」

「いつも眠そうにしてたもんな」

「そうそう!」


 近くに座っていた人達が褒めてくれる。

 褒められるのは悪い気がしなかった。

 だが。


「皆のおかげだよ」


 だが、これは所詮。


――仮初めに過ぎないのだ。


「何だよかっこつけやがってっ」

「そんなことないさ」


 本来の俺は皆の前で行動なんて起こさなかった。

 きっと、誰が俺の立場になったとしても、俺と同じような対応をしたし、もっと認められたのだろう。


 俺は、要するに二度目というズルをして評価されただけ。

 そんなものを素直に受け取れる程、単純な性格をしていない。

 だからこそ、気付いてしまった。


――これ以上、みんなの青春を奪ってはいけない。


 逃げるように背けた目の先で、メイと目が合った気がした。


「ん?」


 ニコッと笑うメイに、どんな顔をすれば良いか分からない。

 俺はジュースを一口飲んだ。


「……」



 しばらくして席を立つ。


「二ノどっか行くの?」

「ちょっとトイレ」


 興奮冷めやらぬ場が遠くに感じ、その場にいられなくなった俺は店の外へ出た。

 隣の路地裏で、壁に寄りかかる。


 肌を撫でる冷えた風が、今は気安かった。

 

 雲に覆われた月がその姿を見せることはなく、泣きそうな空模様に何故か安心する。

 今夜は降るかもしれないな。


 口が寂しかったのでポケットを漁るが、あいにく何も入っていない。


 そうだった……学生だった。


「ふぅーー」


自嘲を誤魔化すように深呼吸する。


「ニノ?」


 確かめるような声がした。

 呼ばれるがまま、首を傾ける。

 そこには、右手を胸に添えながら、不安げな顔でメイが立っていた。

 心の奥が嫌にざわつく。


「どうしたの?体調悪い?」


 どうやら、心配してくれていたようだ。


「ん、悪い。ちょっと涼んでいただけだよ」


 努めて明るく返す。

 その声音に安心したのか、メイはいつものように微笑んで横並びにもたれかかった。


「そっか。じゃ、私も涼んじゃおっ」


 いつも楽しそうなメイは、もし俺の立場だったらどんな気持ちになるのだろう。

 俺なんかとは違って、誰かを羨んだり卑下したりする気持ちはないのかな。


「「……」」


 しばし、無言でぼおっと空を見つめる。

 店内から漏れた光がぼんやりと二人を照らす。


「はい」


 メイが、左のこぶしをこちらに向けて続きを促した。

 俺も、右のこぶしを優しくくっつける。


「おつかれさま」

「おつかれー」


 暖かい感触が右手に伝わる。

 こんな優しいグータッチは初めてだ。


「「……」」


 それ以降、どちらとも話し始めず、再び沈黙が降りた。

 しかし、不思議と気まずくはない。


 店内の騒がしさが微かに漏れ聞こえ、楽しそうな笑い声を遠くに感じる。

 時間がゆっくりと過ぎていく感覚だけが残った。


「楽しかったね」


 たっぷりと間をおいた後、メイが笑いながら溢す。


「そうだな、案外やってみるのも悪くはなかった」

「ニノ、最初すごい嫌そうだったのにね……ひょっとして私のおかげかな?」

「違いない。メイが相方で良かった」

「えっ?あっ、そ、そう…かな?そう…かも、あははっ」


 メイは、焦ったようにごにょごにょと口ごもりながら下を向いた。

 その様子がおかしくて、つい笑ってしまう。


「ははっ、自分で言っといて照れるなよ」

「い、いや、だってニノの口からそんな素直なことが出るなんて」


 どんだけぶっきらぼうなんだ、普段の俺は。

 メイは、誤魔化すように咳払いすると。


「知らなかったけど、ニノって魔道具に詳しかったんだね?」

「えっ?」


 だが、続いて出たのは思ってもない方向からの質問だった。


「トモダくんが言ってたんだよ。なんか魔道具の扱い方が経験者っぽいって」


 あれだけ気をつけていたのに……。

 トモダは相変わらずの鋭さだった。


「…まあ、最近少し興味があってさ」

「へえ、じゃあ将来はそっちの方に行くの?」

「そうだな――たぶん


 だって、未来でなってるし。


「そっか」


 その後、メイは噛み締めるように繰り返すと、何かを決意したように口を開く。


「じゃ、じゃあ私も――」

「メイの方は宮廷魔術師だっけ?」


 食い気味で質問する俺。


「えっ?」

「前言ってただろ、将来なりたいって」


 メイの初志貫徹っぷりに脱帽させられたんだ、あの時の俺は。


「そ、そうなんだけどね、今の私の成績じゃ……それに、私…わたしねっ――」

「俺はさ、思うんだよ」


 またしてもわざと遮り、俺は続けた。


「……何を?」

「メイが、たまに俺の務める店に来て、宮廷魔術師としての愚痴とかこぼして……」

「……」


 思い出を聞かせるように、俺は言葉を紡ぐ。

 変えてはいけない、これはダメだ。


「それを俺が適当な相づちして、怒られて……そんな日常があってもいいんじゃないかって」

「そう……だね」


 勘違いさせてはいけない、してはいけないのだ。

 これは、そう――あるはずのない夢のようなものなのだから。


「ごめん……気持ち悪いよな。そろそろ冷えるし戻ろうか」

「……うん」


 俺の居場所はここではない。


――戻らなければならない、現実に。


 そう決意して、俺達は店内へと戻った。



 その後もしばらく打ち上げは盛り上がったものの、そこは学生。

 頃合いの良い時間になるとしっかり解散する流れになった。


「それじゃあ改めて――みんな、お疲れ様!」


「「「おつかれー!」」」


 それぞれが帰路に就く中、なんとなく一人で帰りたかった俺は用事があると言い、皆と別れて歩いていた。


 夜も更け、辺りは静寂に包まれている。

 そのうち、ポツポツと肩に当たる感覚がしたかと思うと、少しずつ強くなった雨。

 気にせず歩けば、前髪が頬に張り付く程濡れてしまう。

 だが、それで良かった。


「……」


 何を自分に酔った気でいるんだ……。


「ん?」


 自己嫌悪がもう一周するかと思われたその時、前方にぼおっと突っ立っている人影が見えた。


 またヘンな奴か?


 自身を棚に上げつつすれ違い様横目でちらり盗み見ると、よく見知った顔だった。


「ッ!?」


――何を隠そう、賢者である。


「お、おいっ、どうした!?」

「ん…あ…二ノ、さん…」

「さん?」

「ごめんなさい……」


 そのまま、力尽きたように気を失ってしまった。


「えぇ……」


 どうすりゃいいんだよ……。

 このまま放置するわけにはいかないので、俺は賢者を背負って家へ連れ帰った。


――運命が大きく変わるような予感を覚えて。

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