第6話 本番

 そんなこんなで気付けば学園祭前日。

 俺達2-Eは本来なら夜にもかかわらず、教室で仕上げに掛かっていた。

 この日だけは申請を出せば校舎に泊まることが出来たからだ。


「よーしっ、あとちょっと皆でがんばろーぜ!」


「「「おー」」」


 クラスのお調子者が作興した。

 最初は乗り気ではなかったクラスの皆も、いつの間にかやる気になっていたようだ。


「二ノ、見てくれ!やっと完成したんだ」


 クラスメイトがbgm用の円盤を持ってきた。

 これを流せば、明るいイメージの強い教室にもおどろおどろしい雰囲気を演出してくれるはずだ。


「おっ、間に合ったんだな。凄いじゃないかっ」

「ちょっと聞いてみてくれよ」

「もちろん、あっちょっと待ってくれ」


 俺は、教室の隅で幻影魔術を発動できる装置の作業中のトモダに声を掛けた。

 トモダはたしか、bgm制作にも携わっていた。

 一緒に聞いた方が良いだろう。


「トモダ、ちょっと休憩しないか?」

「それじゃあ、もう一回試してみよう」


 あら、タイミングが悪かったかな?


「あ、二ノ…たしかに、ずっと作業しっぱなしだったよ……じゃあちょっと休憩!」


「「「うぇーい」」」


 作業をいったん中止して、二人でbgmの視聴をする。


「どうだ?」

「うん!めっちゃ怖くて良い感じだよ!教室は明るいのに鳥肌立った」

「よし、bgmはこれで完成だな」


「「「いぇーい!」」」

 

 その後も、明日に向けて仕上げていくそれぞれの担当を見て回った。

 どのグループも笑顔が絶えず、明日の反応を予想しわいわい騒いでいる。

 この教室全体がとても熱気に溢れていて、集団で何かを成すことへのエネルギーが迸っていた。

 これが若者に許された熱、か。


「……」


 熱に当てられ、夜一人風に当たりに外へ出た。

 吹き抜ける風の冷たさに酔いながら、最近頻繁に考えることを思い返す。


「はあ……」


 俺は、あの頃輪に入りきれずにいた。

 むしろ、一途に頑張るひたむきさを下に見ていたのかもしれない。

 だが、実際中心に立つとなんと爽快なことか。

 これほどのことは、大人になると中々体験できることではない。


 俺は、今までの行いを後悔すると同時に、やはりあの光景が霞んで見えてしまう。

 なぜならこれは所詮……。


「ッ!?」


 突然、頬に冷たさを感じて振り向いた。


「やっ、お疲れ」


 そこにいたのは、魔力補給用飲料水、通称”魔剤”を手にしたメイだった。


「ああ、メイか。ありがとな、買い出し」

「いえいえ~」

「どうしてここが?」

「トモダ君が教えてくれた」


 手すりに肘をかけながら、ぼうっと月を眺める。

 そういえば今日は満月。

 巷では、最も獣人が強くなる日だとか何とか。

 

「……」


 月光が、闇夜を照らしメイの横顔に影を作った。

 端整な顔立ちはそのうえさらに美しく見え、湖面を踊る妖精を思わせる。


「いよいよ明日だね」

「そうだな」

「楽しかった?」

「それなりに」

「なにそれっ、素直じゃないなぁ」


 彼女はおかしそうに笑った。


「この年になると、言葉にしづらいんだよ」

「同い年じゃん……」

「そうだった……」


 彼女は、もう一度「何それっ」と笑い、それから右の手のひらをこちらに向ける。

 俺も、同じポーズを取った。


「じゃあ、明日もがんばろーっ」

「おー」


パンッ


 乾いた音がして、遅れて手のひらが少し熱くなった。

 皆のためにもなんとか成功させなきゃな。

 そう、静かに心に秘め教室へと戻った。







 当日。


「どうしよう……」


 誰かが呟いた。


「えっ、このままじゃヤバくない?」

「うちら出し物中止?」

「これ目玉だよね?」


 堰を切ったように、教室がざわつく。


「二ノ、ど、どうしよう」


 メイが不安そうな顔を俺に向ける。


「……っ」


 我々2-Eクラスは、過去最大のアクシデントに遭遇した。



 事態は五分前に遡る。


「よしっ、これでいいんじゃないか?」

「皆お疲れーっ!」


「「「うぇーい!」」」


 一晩かけた内装の飾り付けもようやく終わり、いよいよ学園祭の準備が完了した。

 各々、苦労や努力を労う。


「じゃあ最後に、リハーサルだけしとこう」


 装置班の面々が電源に手をかける。


「じゃあおねがい」

「いきまーす、3,2,1……ゼロ!……あれ」


カチカチ


 だが、何度スイッチを押しても幻影魔術だけが発動しない。

 幻影魔術は今回の目玉であり、最後の仕掛けだ。

 これが作動しないと非常にまずかった。


「えっ、どういうこと?」


 クラスが一周の静寂の後、不穏にざわめく。


「なんで……ッ!?昨日まではちゃんと作動してたのに!」


 装置班がそうこぼすと、不安は伝染し皆口々に動揺を表した。


「どうする?」


 トモダとユージがこちらを見る。

 それを皮切りに、皆が俺を見つめた。


「……ッ」


 ダメだ、こういうときこそ冷静に……俺まで乱れたらグダグダになってしまう。


 俺は大きく深呼吸すると、背筋を伸ばして平静を装った。


「時間がない。まず、装置班は原因解明に努めてくれ。解決するまでは人力で幻影魔術を行使する。中級以上の幻影魔術が扱える者は教壇前に集まってくれ。俺はその間のシフトを練り直すから、メイは現場指揮を頼む」

「りょ、了解っ」


 まずは現状整理、次にどうすべきか、順々に説明していく。

 大丈夫。これくらい、働いていたらこれくらいのトラブル日常茶飯事なんだ。


「よしっ、トラブルがあった方がきっと将来の思い出話が盛り上がるはずだっ!障害も楽しんでこう!解散!」


「「「お…おーーッ!」」


 各自、戸惑いを見せながらも何とか開始に向けて動き出した。


 それから数分後。


『ただいまより、第85回アルバキア国立魔術学園祭を開催致します』


 開幕を知らせる放送が響き渡った。


「2-Eがんばろーっ!」


「「「オー!!」」」


向こうではメイが鬨の声をあげていた。

打って変わって、装置制作班側では原因解明に頭を悩ませていた。


「トモダどうだ?何か分かったか?」


ダメ元で聞いてみるが、彼は額に汗を浮かべながら首を振る。


「うーん……装置自体に問題は無いはずなんだ、昨日の試運転も上手くいってたんだけど」


 しゃがみ込んで装置を確認する彼らの上から、そっと様子をのぞき込んだ。

 たしかに、装置にこれといって不自然な点はない。

 続いて、周りを見渡す。


 よく考えろ、魔術は絶対だ。

 問題があれば、必ずこちら側に気づけていない欠陥があるはず。


 装置のことは俺よりトモダの方が詳しい。

 だから俺が考えるべきは、もっと全体のことだ。

 実行委員の俺だから気付けること。

 昨日と変わったこと。


 その時、聞く者の不安を煽るような音が鳴り響く。

 これは昨日聞いたbgm……ああそうか。


 おおよその事態は把握した。

 しかし、これは当時の俺ではありえない視点だ。

 ここで変に介入してしまえば、違和感を残してしまうかもしれない。

 特にトモダは何かと鋭い。

 ここは、さりげなく思考誘導するしかない。


「昨日上手くいっていたってことは、昨日と今日で変化があったのかもしれないな」

「そう……だね、昨日とは違うこと……ああ、さっきbgmがついたね」

「ああ、そうだった。うちのクラスはギリギリの完成だったもんな。でも良い曲が出来た」

「うん、今も流れて……あっ、そうかっ!?逆だ!魔力の流れが逆回転になってたんだ!……なんで気付かなかったんだろ、ナイス二ノ!天才だよ!」

「いやいや、気付いたのはトモダだろ」


 あっ、このシチュちょっと気持ち良い……。


 トモダは、前を向くと頷き言った。


「よしっ、これなら1時間もあれば事足りるっ!直ぐに取りかかろう」


 班員と情報共有をした後、速やかに完成まで持って行った。



「ギャアァァァア」


 教室では、この世の者とは思えない絶叫が響き渡る。

 教室の外では、その声を聞いたお客さんが期待と恐怖に胸を膨らませていた。

 一方、裏方では別の意味での絶叫が。


「C班、10秒後に新しいのが来るぞ!」

「え、まだ着替え中なんだけど!」

「3秒で支度しな!」


 皆、想定外の来客に目を回していた。

 だが、その表情はどこが楽しげだ。


「みんな忙しそうだね」


 休憩中のメイが隣で話しかけてくれる。


「そうだな……ちょっと手伝ってくる」


 実行委員として、俺も駆けずり回った。



 その後、クラスのお化け屋敷は学園でも噂となるほどの盛況ぶりをみせた。

 シフトが空いた時間は、俺もユージとトモダと共に様々な売店を巡った。

 魔術祭は一年に一回の大イベントということもあり、どこも賑わっている。


「3時から、魔術対抗戦の決勝始まるって!」

「誰が優勝するんだろ」

「やっぱ賢者候補だろうな」


 俺の漏らした一言に、ユージは眉をひそめる。


「何言ってんだ?賢者候補は出ないぞ」

「えっ?」

「最近学校来てないんだって」

「……」


 結局、あれから賢者の姿は見なかった。

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