第5話 準備

六限のロングホームルーム、別名総合の時間にて。

俺とメイは、教壇に立って学園祭の出し物決め会議を開いていた。


「何か出し物の案ある人ー?」

「ある人ー」


 元気よく進行するメイを横目に、俺も追随する。

 あの気だるげ教師からの任命から数日後、俺とメイは早速実行委員として司会進行を務めることとなったのだ。


「「「……」」」


 だが、残念ながら手を上げるファーストペンギンはいなかった。


「……」


 面倒くせえ。

 内心、おれは毒づいていた。

 力を入れれば入れるほど、このような役は仕事が増えるのだ。

 しかし、我らがEクラスは総じてやる気が微塵もないため、意見が出ようはずもない。

 いつもなら、率先して意見を出してくれるユージも今日は元気がない。

 後で、事情を聞いてみよう。

 だが、大人な俺はクラスメイトの気持ちも分かるのだ。


 皆の前で意見を言うのは恥ずかしいよな……。


 だからこそ、我々実行委員は当然対策も怠らない。

 あの教師に作らせたプリントを配り、第三希望まで書かせて意見を募った。

 ちなみに、嫌がる担任へは先日の理不尽な指名をダシにした。


 黙々と意見を書いていくクラスメイト達。

 メイと目が合い、互いに頷き合う。

 あとは、放課後を待つだけだ。



 放課後、早速結果を開示しランキングを作る。


「お化け屋敷、メイド喫茶、お化け屋敷、劇……クソほどつまらんな、例年通りだ」


 しかし、なぜか担任も一緒にいた。

 頬杖をつきながら、愚痴をこぼす教師。

 ……なんでこの人ここにいるんだ。


「まあまあしょうがないですよ。でもやっぱりお化け屋敷が多いですねっ」


 ニコニコのメイが正の字を加えながら答えた。


「何だよメイちゃん、ずいぶん上機嫌だな」

「えー、そんなことないですよ先生っ」

「はーん、なるほどなるほど。先生分かっちゃっt……謝るからその顔やめな?」

「うふふ」


 二人が騒ぐ中、俺は一人黙々と開示していく。

 こういった単純作業は、実際やってみると意外と楽しいものだ。


 整理した結果、結局お化け屋敷に決まった。


「次は企画書ですね。何をコンセプトにするのかにもよりますが、まずは場所をどうするかです」


 お化け屋敷のような定番の出し物をやる場合、他のクラスより優れた企画書で通りの激しい人気の場所を勝ち取ることが必須だ。


「……ふーん。じゃ、先生会議あるから行くわ。後はよろしくなー」


 冷やかしを終えると、担任は手をひらひらさせながら教室を後にした。


「何しに来たんだあの教師……」

「暇つぶしだと思う」


 だが、あの教師顔が良いから女子生徒からは人気なのだ。

 ルッキズム反対!


「せっかくの魔術学園なわけだし、どうせなら魔術で色々仕掛けたいよねっ」

「そうだな、安全面と予算を考えなきゃだ」


 ああでもないこうでもないと、二人で話し合っていれば時間はあっという間に過ぎていった。


キーンコーンカーンコーン


 下校時間を告げるチャイムが鳴る。


「そろそろ帰るか」

「そだね」


 企画書の作成も程々に、帰りの支度を済ませる。

 窓の下を覗くと部活動に勤しむ学生や、仲良さげに帰って行く生徒達が見えた。


 青春だなぁ。


 夕焼けで、オレンジに染まる校舎や木々が一層こちらをノスタルジーにさせた。


 なんか泣けてくる。


 年甲斐もなくふけっていると。


「二ノ帰ろっ」


 澄んだ声で我に返らされる。

 今日の自主練は家でやろう。


「ああ、行こうか」


 軽く笑みを浮かべて、メイと歩幅を合わせる。


「昨日家でね――」


 隣で話すメイは可憐で弾んでいる。

 彼女が話す内容は他愛もない日常の一コマ。

 だが、彼女が笑えばこちらも楽しい気持ちになる。

 メイと過ごす時間は心地良かった。


「……」


 しかし、どうしても考えてしまう。


 こんなことをしていて良いのだろうか、と。


「どうしたの?」

「ん?いや、日が落ちるのが早くなってきたなって」

「たしかに、もうすぐ冬だもんね」


 彼女は眩しすぎるのだ。

 いや、彼女だけではない。

 ユージも、トモダも、この学園が。

 俺にとっては、あまりにも輝いていて目が眩むんだ。


 夕日のせいに違いない。


 これ以上考えないように、メイと別れた後ひたすら魔術の特訓をした。



 そうこうしているうちに、時間はどんどん過ぎていく。

 企画書もなんとか通り、場所も一階の角となかなかの場所を勝ち取った。


 方向性が決まったり制限が課されたりすると、人は意外と意見を出すものだ。

 このクラスでも至る所で鳩首凝議が行われ…。


「あーし衣装作りたくなーい」「うちも」「布っていちいち買わなきゃダメかなー」


 いや……みんな、負担を背負いたくないだけかもしれない。


 それでも、準備はつつがなく進み、お化け屋敷も徐々に形を帯びてくる。


「二ノっち、暗幕ってどこから借りれば良いんだっけ?」

「メイちゃん、幻影魔術って何級まで使用していいの?」


 作業が進むと、事情に詳しい進行係は東奔西走の毎日だ。

 誰かしらから質問やトラブルの相談が舞い込んでくる。


 例えばある日の準備中、被服室で衣装作りの進捗を聞いているときだった。


「二ノ君いるー?なんかモーブ君とユージが言い争いしてるんだけどー」

「えっ、どういうこと?」

「とりあえず来てー」


 どうしたんだ一体?ひょっとして緊急事態か?


 急いで教室に戻ると、二人が形容しがたい表情で睨み合っている。


「どうした?」


 恐る恐る聞いてみると。


「聞いてくれよ二ノ!こいつが『白装束の幽霊は貧乳しかあり得ない』って言うんだぜ!ありえねえだろっ!」

「……」

「いえいえ、巨乳派こそ現実の見えていない妄言に違いありません」


 え、何。こいつらシリアスな表情でそんなことディスカッションしてたの?

 ……く、くだらねえぇ。


「すまん、もうちょっと分かるように言ってくれ」

「あ?だからさ、もう少し出てくるお化けを増やそうかって話してたんだけどよ、当然極東に出てくる白装束の女幽霊は話題に上がるだろ?」


 当然という意味を辞書で調べて欲しいが、とりあえず呑み込む。


「それで?」

「それで須くどんなシルエットにするかイメージを伝え合うだろ?その時にさ、こいつ『白装束から覗き見えるまな板が良いのです』とか言うんだぜ!?そんなの女幽霊に失礼だろ!」


 この話題自体、幽霊への礼を失すると思うが。


「この男こそ、『豊満な身体が本来鎮めるべき霊に対してアンビバレントな感情を勃こす、そのやるせなさが最高なんだ』と……不謹慎ですぞ」


 謹んで欲しいのはお前等の態度なんだが。


「……どっちでも良いけど、お化け役の女子にもその説明しろよ?」


「「……」」


 などと、言い争いを諫めたり。


 また、ある日の準備中、呼ばれるがまま備品保管庫へ行くと。


「これうちらのクラスが借りるってなってんだけど」

「いやいや、こっちの使用機材の箇所見てよ……ほら分類番号うちのクラスと一致してんじゃん」

「は?意味分かんないんですけど」


 と、別のクラスと揉めていた。


「あっ、二ノ。聞いてくんない?うちらの暗幕、数足りないんだけど」


 双方の話を聞くと、どうやら運営の手違いで同じ備品が二つのクラスに貸出されていたらしい。


「んー、じゃあ仕方ない。残りの窓には闇魔術を掛けよう、当日は学校全体に魔力流れるらしいから、今から申請しとく」

「まじっ!?二ノってばマジゆーのーっ!」

「ははは……」


 他クラスとの衝突に介入したり。


 はたまたある日のこと、bgm班に相談を受けた。


「なあ二ノ、bgmなんだがこのカセットからじゃなくて教室の使っても良いか?」


 そう言って彼らが指差したのは、先日俺が賢者に呼び出されたとき流したスピーカーである。

 このスピーカー、学園に流れる魔力が動力になっていた。


「たぶん問題ないが、たしか教室の魔力って幻影魔術も使ってるよな」

「おっけ、じゃあトモダと話してくる」


 そう言って、彼らは装置班のトモダと話を進めていた。

 というのも、一度に複数の魔術が行使されると魔力の流れが反対になるとかないとか。

 その辺はよく分からないが、まあ二人とも把握してそうだし大丈夫だろう。

 

 こうして、俺は毎日何かしらの想定外と共に日々を過ごしていた。

 懸念通り、実行委員の忙しさは噂に違わない。


 それに、学校から帰ればもはや日課となった魔術の訓練が待っていた。

 訓練はひたすら辛いイメージが大きいが、それだけではない。


「――……!」


 昨日より短く詠唱ができた。

 こう、毎日続けていれば少しずつだが成長を実感できる。

 そんなのレベルが低い最初だけだとか、野暮なことは言わないで欲しい。


「ははっ……よし!」


 じわりじわり湧いてくる喜びを噛みしめ、俺は魔術の特訓に励んだ。

 文化祭は着々と近づいていく。

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