第4話 分岐

「ん?なにごとだ?」


 翌日、朝練を終え”いつものように”教室へ向かうと、何やらクラスがざわついていた。

 とりあえず、自分の席に腰を落ち着ける。

 それを合図にユージが振り向き、もう一人の友人であるトモダが寄ってきた。


「トモダはやりたいやつとかあんの?」


 ユージがトモダに尋ねる。

 やりたいやつ?


「僕は王道の喫茶店かな。メイさんいるし」

「あーね、わかるわ」


 喫茶店?……ああ。

 ここでようやくクラスの異変に気付く。

 そういえば、丁度この時期に開かれるんだった。


「学園祭の出し物ね」


 アルバキア国立魔術学園開校記念祭。

 いわゆる学園祭だ。


「当たり前だろ。なんだ逆張りか?今時流行んないぜ」

「そーだそーだ」

「ああ悪い悪い、俺はね……あれとかどう?お化け屋敷」


 確か、もとの世界でもお化け屋敷だったはずだ。


「「……」」


 すると、二人は怪訝な顔をして顔を見合わせた。


「ん?」

「いや何でも……お化け屋敷かあ、結構準備が面倒くさそうだな、衣装とか」

「小道具も必要だしね」

「まあ、皆がやりたいやつやればいいよ」


 そう言って水を飲むと、二人は再び顔を合わせて頷き合った。


「おまえ――童貞捨てた?」

「ブフォッ!!?」


 思わず口に含んでいた水を吐き出した。

 やべっ、鼻に入った!


「ゴホッゴホッ!…どうしたいきなり!?」

「だって……ねぇ?」

「なんか態度が大人びているし、全体的に余裕があるよな」

「そーだよ、いつもユージの難癖に乗ってくれるのに」

「……そ、そんなことないぞ?」


 二人は冗談めかして言うが、実際大人から戻ってきているという点においては当たっているのだから反応に困る。


「大体昨日からおかしかったぜ」

「ね、なんか……タイムスリップしてきたみたいな」

「う゛んッ!」


 再び吹きそうになるのを、今度は何とか堪える。

 鋭すぎるぜ、トモダよ。

 

「じゃなかったとしたら、小説の影響だな?分かるぜ。推しキャラを無意識に真似てしまうのはよくあることだ」


「「それは分からない」」


「……」


 おかしいおかしい、とはやし立てる二人だったが、チャイムが鳴ると引っ込んでいった。

 自分の手のひらを見つめながら考える。


「……」


 そんなに変わったのだろうか。

 やはり、日頃一緒の二人はさすがに違和感を覚えたようだ。

 このことがバレては面倒なことになる。

 気をつけなければ。

 今度からは、記憶と違う行動を取るときにより用心しよう、そう決心し今日の授業に臨んだ。


「そろそろ魔術祭が近づいてきたから実行委員決めるか。やりたい人挙手」


 朝の会で、担任が気だるげに呼びかける。


「「「……」」」


 クラス全員が、担任と目が合わないよう下を向いたまま黙りこくる。


「おい、先生話してるんだからこっち見ろー……まあそうだよなー、いないよなー」


 せっかく学園祭で煩わしい課題が出ないこの時期。

 やりたい出し物の話に花咲かせども、実行委員とかいう面倒くさそうな役割をわざわざ引き受ける奴などうちのクラスにはいない。


「よしっ、なら先生が決めよっと……じゃあ、まずメイ」

「えっ私?」


 キョトンとした表情で固まるクラスのマドンナ。


「頼むよ、お前しっかりしてるし。メイしかいない」

「私にしか…」

「そう、お前だけが頼りだ」

「な、なら……」


「クズ教師!」「ふぅ~、良かったぁ~」「オイ待て、あと一人いるんだぞ」「お、おれやってみようかな……」


 やんややんやと騒ぐ中、担任が再び指を遊ばせると教室は静まりかえる。


「……ふっ」


 皆が皆自分には当たらないようにと祈っている中、俺だけは違った。

 なぜなら、自分ではないことを知っているからだ。

 実行委員をやった記憶なんて無いし当たるわけがない。

 そう悠長に構えている時だった。


「――じゃあ、二ノ。頼むわ」

「は?」


 あるはずのないかこが目の前にあった。

 同時に、地獄のような空気が一転して弛緩する。

 周りを見渡せば、自分ではないことに安堵する者、早速我関せずと読書に没頭する者、俺をニヤニヤと見つめる者、と反応は百人百様である。


「い、いやいやっ、ちょっと待ってくださいよ。どうして僕なんですか?」


 諦めてたまるかと、苦し紛れに理由を聞いてみた。


「え?なんかお前昨日からそわそわしてるし、やりたいのかなって」


 俺のせいかーーッ!?


「えーっ、全然違っ、いや、お前等もおかしいと思うよな、なあ?」


 援護を求め必死に呼びかけるが。


「そんなことはないよ、むしろ二ノしかいない」「きっと二ノ君なら出来るわっ」「い、いいなぁ」「俺は関係ない」


 と、小魚の群れが巨大な魚を描くかのごとく、一つの意思によって否定が許されない状況に陥ってしまった。


 くそっ、こいつらこういうときだけ協調性見せやがって!

 打ち合わせでもしてんのか!?


「それじゃ決まりだな。二人は放課後職員室こい。解散」


 それだけ言うと、担任はさっさと教室を出て行ってしまう。


 どうする?

 俺の知っている未来と違うぞ……。


 しばらく放心状態でいると、前のユージが振り向いて言う。


「二ノ、そんなにいやなら、俺が代わってやろうか?」


 唐突にそんなことを言い出した。


「……マジ?」


 思わず、聞き返してしまう。


「マジマジ」

「なんで?ユージのバイトは?」


 ユージも俺と同じ帰宅部であり、たしか喫茶店のバイトをしていたはずだ。

 時間を取られる実行委員なんてする時間がないって、さっき言ってたのに。


「いいんだよ、店長話分かる人だから」


 ユージは冗談などではなく本気で言っているようだ。


……どうする?

 

 実際、このような面倒な役回りは今までの人生避けてきた。

 それに、今朝決めたばかりじゃないか。

――変に過去を変えない、と。


 確か史実では、実行委員はユージでもなかったはずだがこの際どうでもいい。

 彼も乗り気のようだし、ここは思い切ってお願いしよう。

 魔術の特訓もしたいしな。


「それじゃ頼……」


 しかし、そう言いかけた直後。


「二ノっ、私たち二人で頑張ろうね!」


 やたら嬉しそうに、メイが話しかけてきた。


「ッ!?」


 ユージはビクッと背を震わせ、メイの顔を見る。


「……だよなあ」

 

 ぽつりと呟くユージ。

 だよなあ?

 意味がよく分からないが、メイに俺がユージと変わったことを言わなければならない。

 ユージは面白いしやるときやる男だから、きっと俺なんかより頼りになるだろう。

 俺は、ユージと顔を見合わせる。

 互いに頷き合った。


「ごめん、メイ。俺ユージと変わったから」

「ごめん、二ノ。やっぱ無理だった!」

「え」

「ん?」


 固まるメイ。

 合唱ポーズで申し訳なさそうに謝るユージ。

 話しについて行けず、フリーズした俺にもう一度ユージが言う。


「そういえば、店長今の時期忙しいって言ってたの忘れてた!」

「えっ?さっき話が分かるって」

「なに?どゆこと?」


 さっきと真逆の言及に驚く俺と、なにがなにやら分からないメイ。


「じゃ、俺ちょっと催したから」


 言うが早いが、ユージは急いでその場を離れる。

 廊下では、ユージがトモダに抱きつこうとしたが、躱されヘッドロックをかまされていた。


「何……だと……!?」


 あっという間の出来事に場は疑問符で溢れる。


「と、とにかくっ、二ノが実行委員やるんだよねっ?」

「あ、ああ。そういうことに……なるな」

「放課後もよろしくねっ」


 メイは、来たときと同じテンションで自分の席へと戻っていった。

 なにがどうなったんだ?

 この一連の流れのせいで、俺はいまいち状況を飲み込みきれずにいた。


……え、マジでやるの?実行委員?


 俺今日決めたばかりなんだぞ、大人しくしてるって。

 あーもうめちゃくちゃだよ。

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