第3話 再会




 そうこうしているうちにいつの間にか放課後となる。

 早速、賢者のいる特級クラスへと足を運ぶべく席を立つと同時に放送が入った。


『2-Eクラス、二ノ=モーナさん。至急、13教室までお越しください』


 なんだ突然……。

 出端をくじかれ、訝しんでいると。


「あはは」「二ノ、おまえ何したんだよ」


 クラスメイトからの笑い声が聞こえてくる。

 

「……っ」


 若干の恥ずかしさを感じつつ、指定された教室へ向かった。


「おかしい」


 階段を登りながら考える。


 学生時代に、放送で呼び出されたことなんてなかったよな。

 過去と違うのは今日だけだが、別段問題を起こしたつもりはない。

 つまり、呼び出し人はおそらく。


 教室のドアを、少々警戒しながら引く。

 そこにいたのはまさに考えていた人物に他ならなかった。


「……やっぱりな」




 窓から吹き込む風に、煽られた白いカーテン。

 それをじっと見つめながら、何を考えているか分からない無表情で。


――賢者はぽつんと佇んでいた。


 黒いローブに、肩まで掛かった新雪を思わせる真っ白な髪。

 細身で小柄な身体や、その美しい顔はひどく中性的だ。

 学年を表す銀色のネクタイピンには、特進クラスを表す装飾が施されている。

 学園の象徴――梟の羽だ。


「久しぶりだな、怪我は大丈夫か?」


 なるべく平常を装い、質問する。

 賢者はゆっくりと顔をこちらに向け答えた。


「……”こっち”の私は大丈夫」


 続けて、彼女は言う。


「ごめんなさい」


 深く頭を下げながら。


「……!」


 えらくあっさり非を認めるものだから、拍子抜けだ。


「……この状況を引き起こしたのはおまえか?」


 しかし。

 いくら我慢しようとしても。


「そう」


 やはり。

 この気持ちは抑えきれない。


「……理由を教えろ」


 賢者は、顔を上げると掴み所の無い表情で言った。


「襲われた原因を知りたかった」

「っ……まあ、そうだよな。でも、なんで俺まで?一人でだって行けただろ?」

「無理。魔力が足りなかった」

「ッ!」


 どうしてだろう。

 こいつを前にすると、なぜか苛立ちが収まらないんだ。


「……戻れるんだよな?原因が分かったら戻してくれよ」


 すると、賢者は口ごもり、やがて観念したように斜め下を向いた。

 嫌な予感がした。


「……すぐには答えられない」

「なんで……ッ!」


 瞬間、頭が沸騰しかける。

 ダメだ、こんなとこで怒っても何も事態は進展しない。

 一回落ち着こう……いや、やっぱダメだ。

 暑さと寒さが同時にくるような、暴れたい衝動に駆られて俺は。


「っ……ごめん、ちょっと頭冷やしてくる」


 すんでのところで我慢し、教室を去ろうとする。

 後ろで、賢者が動く気配がした。


「ついてくるなよ」

「あ……」


 教室を出る際、尻目に見えたのは手を伸ばしかけた賢者の姿だった。




 階段の踊り場まで行き、しゃがみ込む。


「何やってんだ俺……」


 ろくな会話も出来ず、勝手にキレて対話拒否。

 精神が体に引っ張られたか、いやきっと元の姿でもこの気持ちは変わらないのだろう。

 どこまでも他責な自分が情けなくて仕方なかった。

 それを変えるには、自分が変わるしかない。


「これは、チャンスのはずなんだ」


 正直、現実に戻れないこと自体さほど問題ではない。

 大した人生ではなかったし、なんならむしろやり直す機会を得られたのだ。


 誰もが思うだろう――『あの時に戻れたら』。


 過去に戻ったらどんな努力をしようかと妄想したことも何度あったことか。

 それが叶った今、俺にとって感謝こそすれ責める道理などない。


 そのはずなのに。


「イライラする……」


 あいつを前にすると、平常心ではいられず糾弾したくてたまらなかった。

 いつからか、あいつの全てが気に食わなくなったのは。


「……ふぅ」


 一度深呼吸をして、「これから」を考える。

 一人になれば自然と次に目が向いた。


「そうだ」


 もう一度言おう――戻らないはずの時が戻った。


 いいじゃないか、せっかく過去にこれたんだ。

 しかも、様々な経験をした記憶、それを持ち越したままで。


 だから――努力しよう。


 やり直して、今度こそ俺は――


「よしっ」


 頬を叩き、意を決して立ち上がる。

 ある意味、二度目の人生だ。

 悔いの残らないよう、全力で生きてやる!



◇13教室


 俺が戻ると、賢者は所在なさげにもたもたしていた動きをピタリと止める。

 別に、謝ってやるつもりはない。

 さっさと、原因を聞いて切り替えよう。


「それで、どうやった?」

「二ノ……!」

「ッ……そんな顔すんなよ」


 しかし、賢者は戻ってきた俺を見るなり、安堵したような不安げなような曖昧な表情をしてきやがった。

 こういうときだけ、子供のようにわかりやすい表情を浮かべるところが余計にむかついた。


「じ、実は……」


 賢者の説明によると、どうやらこの現象はある魔導具を介して起こされたものらしい。

 しかし、それは賢者が作成者ではないため作り方が分からないという。


「こっちの世界にはないのか?」

「ある、とは思う。でもどこにあるか分からない」

「そうか…」


 ともかく、もとの世界にもどる方法の捜索にはしばらく難航しそうだ。


「……」

「……」


 説明を終えると賢者は黙りこくり、俺の反応を窺った。

 顔色を窺われているようで非常に不快だが、一息ついて現状を確認する。


「……とりあえず、このまま生活するしかないんだな?」

「うん……ごめん」

「いい。あのままだと、おまえ死ぬしかなかったんだから」

「……っ」

「ただ、血なまぐさいことに関わるなんてまっぴらだ。一人でやってくれ」


 賢者ですら死にかけたのだ。

 の俺など確実に死んでしまう。


「ん、わかってる……あの」

「じゃあな」

「あ…うん」


 俺は踵を返し、教室を出ようと歩き出す。

 今更、”あいつ”と馴れ合うつもりはない。

 なぜなら、俺は”あいつ”が嫌いだからだ。


――それが、たとえ醜い嫉妬からくる感情だとしても。


 一度も振り返ることはなく、俺は教室を後にした。




◇アルバキア学園・第3訓練場


「始めるか」


 賢者と別れた俺は、学校に設置された訓練場へ来ていた。

 しばらくもとの時間には帰れないと分かった今、俺がやるべきことは後悔を作らないこと。

 つまり。


「あの頃なんて真っ直ぐ帰ってたもんなぁ」


 二度目の学生時代にして、初の自主練というやつだ。

 何とも恥ずかしい話だが、一度目の俺は強制される以外の訓練などしたことがなかった。

 むしろ、あの頃は如何に早く帰宅できるかを考えていた。


「真面目にやれば俺だって……!」


 動きやすい格好に着替え、誰もいない場所まで移動する。


「目標は……いや、とりあえず始めよう」


 初めて来る場所だったから若干緊張して独り言つ。

 軽く体を伸ばした後、魔力を身体に循環させていく。


「……っ」


 最初はゆっくり、身体の隅々まで魔力が流れるイメージをはっきり浮かべながら魔力を操作する。

 これを繰り返し行うことで、相手より早く淀みない魔術の発動が可能になるのだ。

 じんわりと身体が熱くなり、魔力の流れを全体で感じる。


「……ふう」


 地味で基礎的な訓練だが、最も大切な技術だ。

 シンプルな動きが重要なのは、身体を動かすのと変わらない。


 教師が言うには、この技術が『覚醒』につながるらしいが、学園で出来る者が一握り過ぎて、実際に見たことがない。

 それに、俺にとって何より難しいのは継続だ。

 ぶっちゃけ、それが何よりの才能だと大人になって痛感している。

 俺は、この機会で継続を手に入れるんだ。

 


「ハアッ…よし、次」


 短距離走を終えた後のような疲れを残したまま次の特訓に移る。

 実際に魔術を発動させる練習だ。


「――……――!」


 はっきり、口の動きを意識ながら唱えていく。

 現在練習しているのは、まだ呪文を唱えなければ発動できない中級魔術。


 こんな魔術、あいつにかかれば無詠唱で発動できてしまえるのだろう。


「……っ」


 焦る気持ちが入り、上手く発動できなかった。

 魔力は使えば使うほど、酸欠状態のように頭痛がし身体も疲弊していく。


「……ぐっ」


 だが、俺だって出来るはずなんだ。

 最初は意味すら分からなかった初級魔術も、使っていくうちに段々その本質を理解していった。

 そして、術名を口にするだけで発動が出来るようになった。

 その達成感は、中々楽しいものだった。


 中級だって変わらないはず。


「クソッ」


 だが、あの時の俺はその楽しみを知っていながら、目の前の”楽”を選んでしまった。

 一般的に、初級に比べ中級の習得難易度は三倍、上級魔術に至っては十倍とされている。

 俺はその面倒くささから諦めてしまった。

 その結果が――今日までの俺だ。

 あんな惨めな思いなど、もうしたくない。


「ハアッ…ハアッ…もう一度……!」


 俺は、訓練場の最後の一人になるまで、必死に特訓を続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る