第2話 旧友



「ひっく…ひっくっ」

「おい、そんなとこで泣いてないで遊ぼうぜ!」

「え…あ」

「ほらっ」

「う…うん!」



「二ノっ……まって」

「何やってんだよチサト!早くこっちこい!」



「二ノはやっぱりすごい」

「当たり前だろ?春からアルバキア生だぜ?」



「二ノ、わたしも受かった。補欠だけど」

「…へぇ、じゃあチサトとの腐れ縁もまだ続きそうだな」

「うん、また一緒」



「おいニノ聞いたか?ついに選ばれたらしいぜ、次の賢者候補!」

「チサトだっけ?今のうちにサインとかもらっとこうよ」

「ああ……そうだな」




◇自室


「ん……」


 夢と現実を行き来するような感覚がした。

 あったかくて、落ち着く。

 ずっとこうしていたい。

 瞼を開くのが億劫になる心地だ。


「あと五分……」


 もうちょっとだけ……ん?


 何かがおかしい。

 俺何でこうなってんだっけ……。


 たしか、そう。


 賢者が倒れているのを見て…誰かを呼ぼうと。

 それで気を失ったんだ。


 賢者?


「ッ!」


 意識がサルベージされて、現実の情報が急激に入ってくる。

 俺は誰かの布団の中にいた。


「?……ッ!?」


 おかしい、いや、布団の中にいるのもおかしいが、それよりもっと異常なのは。


「俺のじゃない……」


 この布団はそう、俺がまだ学生だった頃使用していたものだ。

 急いで起き上がり、周りを見渡す。


「あれ…これって…」


 布団の傍には散らかったちり紙。

 勉強机と、その上に陳列された参考書。

 それから、ハンガーにかけられた制服。

 そして、銀色のネクタイピン。


「まじかよ……」


 間違いない。


――過去に戻っている。


「そんなこと、現実にあり得るのか?」


 創作では擦られ続けた設定でも、実際に起きたなんて聞いたことがないぞ。

 それも、数時間や数日の話ではない。


「銀色って事は2年生か……」


 ウチの高校はネクタイピンの色が学年を表していた。

 3年も戻っているではないか!


「夢か……いてっ」


 自身の手をつねると、確かに少し柔らかさが残っていて。

 なんだか身体も軽いし、エネルギーが漲ってる感じもある。


「でも、どうして……」


 突然過去へ飛んだのか。

 普通なら夢かと疑うはずだ。

 実際、まだその可能性も捨てきれないが、それよりも有力なのは。


「賢者のやつ……っ」


 十中八九”あいつ”の仕業だろう。

 だが、さしもの賢者でもはたして時を戻すことなど出来るのだろうか。

 それに一番大切なことは。


「もとの時間に帰れるのか?…いや帰ってのか」


 今の時間は日の当たり方からして朝。

 本来なら、この時間は魔道具店に行って開店準備をしなければならないはずだ。


行ってもポカンだよな…」


 しかし、当然”こっちの”師匠が俺のことを分かるはずもない。


「というか」


 逆に今までのが夢だって可能性もあるのか……。

 学園を卒業したことも、勇者が魔王を倒したことも――賢者の殺害現場を見たのも。


「疑いだしたらキリないか……」


 どっちが本当の俺なのか、確かめる手段は現時点ではない。

 疑問は尽きないが、とにかくあいつの居場所を突き止めて聞くしかないだろう。


「俺のやるべきこと…」

 

 どこにいるかは分からないが、今はとりあえずこの時代の「俺」を演じるしかない。


「――学校行くか」


 もちろん不安が大部分を占めてはいたが、若干懐かしむ気持ちもありつつ制服を羽織った。



◇アルバキア学園・通学路


「久しぶりの登校だな」


 制服を身に纏い、家を出て、かつての通学路を歩く。

 周りを見れば、同じ制服を着た学生が学園に向かって登校している。

 建ち並ぶ店や、道を横切る野良猫、慌ただしく歩く人々……。

 景色のあれこれが懐かしい。


「本当に戻ってる……」


 俺の心以外の全てがこれを現実として訴えてくるが、依然として現実感はない。

 ここにきてもなお、壮大なドッキリに掛けられたのではないか、そう疑う気持ちがあるのだ。


 あやふやな記憶を頼りに学園に着くと、俺は二年次の教室へ恐る恐る向かった。

 幸か不幸か、登校中知り合いには会わなかった。


「……っ」


 教室に入ると、元クラスメイトがあの頃のままで思い思いに過ごしている。

 当時は欠片も気づかなかったが、学園は若さと活力に満ち溢れていた。


 席はこの辺だった……よな?


 3年生の時の記憶と混濁しながらも、何とか席に着く。


「よ、おはよう」


 前に座っていた学生が振り返りながら挨拶してきた。


 あ、ユージだ。懐かしい。


「あ、ああおはよう」

「どした?」

「いや、知り合いの殺害現場に出くわす夢見ちゃって」

「なんだそれ」


 本当に夢ならいいのに。


 苦笑いしながら自分の席に座った。

 教室の最奥、最後尾の席から周りを眺める。


「……」


 時間まで話す者、静かに本を読む者、机に突っ伏して少しでもまどろみに浸ろうとする者……。

 景色はあの頃と同じだ。

 分かってる。

 変わったのは自分だけ。

 だが。


「泣きそう…」


 まさか、こんなことで感慨にふけるなどと思いもよらなかった。


「基礎魔術理論の勉強した?」


 ユージが振り向きながら尋ねてきた。


「え?」

「今日小テストじゃん」

「い、いや。全然」

「再テストあるらしいぜ」

「……」

「?」


 この会話すら、大人になったら大切な記憶の一つなんだもんなあ。


「ははっ、俺嬉しいよ」

「再テストが!?」


 テストはまあ大丈夫だろう。

 何せ、一度卒業しているのだ。

 優秀とまではいかなくとも、赤点くらいは免れるはず。

 それよりも。


「なあユージ、賢者は特級クラスにいるよな?」

「あ?賢者候補だろ。まあ、いるんじゃねえの?特に移動したとかいう話は聞いてねえし」

「だよな」


 すると、ユージは椅子の背を抱えながらニヤつき言う。


「どうしたんだよぉ、こくんのか?」

「まさか。ちょっと聞きたいことがあるだけ」

「ふーーん。ま、そういうことにしとくわ」

「うぜぇ」


 出来ることなら、今すぐにでも賢者の元へ行き問い詰めたいのだが……。


 あいつの目的が分からない以上、うかつに動くのは危険だよな。


 俺は逸る気持ちを抑え、お互いが自由となる放課後まで待つことにした。

 だから、俺はこれから学生として一日を過ごすことになる。


「上手くやらなきゃな」


 ユージの言ったとおり、一限目は基礎魔術理論の小テストだった。


「そういえばやったなぁ」


 細かい知識はうろ覚えだったが、魔道具店の一員としてこれくらいは出来て当然だ。

 特に躓くことなくスラスラ答えテストを乗り切った。

 

 早々に二限目が始まる。


「じゃあ、二人組作って」


 人によっては地獄の始まりを告げるセリフと共に、各々が相手を見つけに動く。

 

「おい二ノ組もうぜ」


 この一言は神のお告げにも匹敵する救いの言葉だ。


「ああ」


 二人組を組み終えた後は、戦闘訓練だ。

 とは言っても、魔術師同士であるため近接戦ではなく一方が魔術を打ち、もう一方が相殺するラリー形式だ。


「じゃあ行くぞ、『ファイボル』!」


 ユージが俺に向かってこぶし大の炎弾を飛ばしてくる。

 俺は、右手で術式を描きながらそれに向かって放つ。


「はいよー、『ウォタボル』」


 このように水の玉で打ち消す。

 しばらく様々な属性でラリーを続けた後、魔力が切れ始めたところで授業は終了だ。


「やっぱり、自分でやると改めて宮廷魔術師の凄さって身に染みるよな」


 汗を拭きながら、ユージがふと呟く。


「そうだな、なんてたって俺達より早く強力な魔術打ち込んでんだから」


 言われてみればたしかに、どれだけメイが頑張ってきたのかを思い知らされる。

 加えて彼女は、魔王軍と国の存亡をかけて戦っていたのだ。

 それも俺がぬくぬく魔道具店に勤めている間に、だ。


「俺もなりてえな、魔術師」


 ユージが半ば、諦めの入った声でそんなことを言う。

 もちろん、俺はこいつがこの先どうなっていくか知っている。


「……どうだろうな」


 なんと答えれば良いか分からず、曖昧な返事だけしか出来なかった。

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