第27話:「人生は 酸いも甘いも 飲み干せば」

 新橋の路地裏に佇む立ち呑み「半蔵」。いつもより静かな夜、店内にはほんのりと柔らかな灯りが揺れている。


 カウンターに寄りかかるように、スマートフォンを覗き込む女性がいた。ショートカットに黒縁メガネ、カジュアルなブラウスにジーンズという出で立ちの紹子。彼女の前には、いつもの赤ホッピーが置かれている。


「おかえり、紹子さん。今日はゆっくりできそうやな」


 かすみさんが、カウンターを拭きながら声をかける。


「はい、久しぶりにのんびりできそうです」


 紹子は顔を上げ、微笑む。


「それにしても、なんか真剣な顔して見てたけど、何かあったん?」


 かすみさんが不思議そうに尋ねる。


「ああ、これですか? 実は最近、川柳にハマってて……」


 紹子は少し照れくさそうに答える。


「へぇ、川柳かぁ。紹子さん、文才あるもんな」


 かすみさんが感心したように言う。


 その時、店の戸が開く音がした。


 風に吹かれたようなラフな髪型、深緑のアロハシャツに白のリネンパンツという、リゾート気分たっぷりの出で立ちの男性が入ってきた。


「やぁ、こんばんは」


 軽やかな声で挨拶をする男性は、常連の大澤さんだった。


「おかえり、大澤さん。今日はなんかリゾート気分?」


 かすみさんが笑顔で迎える。


「ああ、今日は仕事が早く終わってね。気分転換にちょっとおしゃれしてみたんだ」


 大澤さんは照れくさそうに頭をかく。


「似合うてるで。ほな、今日は南国気分でトロピカルカクテルでもどう?」


「おお、それいいね! お願いします」


 大澤さんは嬉しそうに頷く。


 かすみさんは手際よくカクテルを作り始める。鮮やかなブルーのキュラソーに、ホワイトラム、パイナップルジュースを加え、グラスに注ぐ。最後にパイナップルの輪切りとチェリーを飾り付ける。


「はい、できたで。ブルーハワイや」


 かすみさんが鮮やかな青色のカクテルを差し出す。


「わぁ、綺麗! まるで南の島の海みたいだ」


 大澤さんは目を輝かせながら、一口飲む。


「うん、爽やかで美味しい! これは気分も上がるね」


「よかった。大澤さんに似合うと思ってな」


 かすみさんが嬉しそうに笑う。


 その時、再び戸が開く音がした。


 今度は、スーツ姿ながらネクタイを緩め、少し疲れた表情を浮かべた男性が入ってきた。


「おかえり、安谷くん。今日も大変やったんか?」


 かすみさんが声をかける。


「はい、ちょっとね。ほんと今日も訓練が厳しくて……」


 安谷くんは肩をすくめながら答える。


「そうか。ほな、今日はこれ飲んで元気出してや」


 かすみさんは棚から珍しそうな瓶を取り出す。


「これ、沖縄の泡盛なんやけど、ハブの骨が入ってんねん。強精効果があるらしいで」


「へえ、そんなのがあるんですね。じゃあ、それください」


 安谷くんは興味深そうに瓶を眺める。


 かすみさんが泡盛を注ぐ間、紹子が安谷くんに声をかけた。


「安谷くん、今ね、川柳の話をしてたんだけど」


「川柳ですか? 紹子さん、そんな趣味があったんですね」


「うん、最近ハマってて。みんなでやってみない?」


 紹子の提案に、大澤さんと安谷くんが顔を見合わせる。


「面白そうですね。僕も参加します!」


 安谷くんが元気よく答える。


「私も久しぶりに頭を使うのもいいかもしれないな」


 大澤さんも笑顔で頷く。


「おお、それええな! みんなで川柳大会や!」


 かすみさんが興奮気味に言う。


「テーマは……そうやな。『お酒』『半蔵』『人生』の3つでどうや?」


「いいですね!」


 全員が賛同の声を上げる。


 こうして、「半蔵」の即興川柳大会が始まることになった。



 店内に期待感が漂う中、かすみさんは小さなメモ帳と鉛筆を取り出し、常連たちに配り始めた。


「さぁ、みんな準備はええか? 最初のテーマは『お酒』や」


 かすみさんの声に、全員が頷く。


 その時、店の戸が再び開いた。


 艶やかな着物姿で、髪を和風にアップにした女性が現れる。その優雅な佇まいは、まるで古き良き日本の美人画から抜け出してきたかのようだ。


「あら、みなさん。今日はなんだか賑やかですね」


 杏奈さんの柔らかな声が響く。


「おかえり、杏奈はん。ちょうどええところに来てくれたわ。みんなで川柳大会しようと思てんねん。杏奈はんも参加してや」


 かすみさんが嬉しそうに声をかける。


「まあ、素敵ね。ぜひ参加させてください」


 杏奈さんは優雅に頷く。


「杏奈さん、今日は特別な日? 着物姿がとても素敵です」


 紹子が感心したように尋ねる。


「ありがとう。実は今日、お茶会があってね。そのままこちらに寄らせていただいたの」


 杏奈さんは少し照れくさそうに答える。


「ほな、杏奈はんにはこれやな」


 かすみさんは棚から美しい青色の瓶を取り出す。


「これ、京都の老舗酒蔵が作った特別な日本酒なんや。『月光』っていうねん。すっきりした味わいやけど、後味に深みがあって、まるで月の光みたいな神秘的な味わいなんよ」


「まあ、素敵なお酒。ぜひいただきます」


 杏奈さんは目を輝かせながら、小さな盃を受け取る。


 一口飲んだ杏奈さんの表情が、うっとりとしたものに変わる。


「本当に美味しいわ。まるで月明かりに照らされた庭園を歩いているような……」


 その言葉に、他の常連たちも興味津々の表情を浮かべる。


「さて、川柳大会や。みんな『お酒』のテーマで書いてみてな」


 かすみさんの声に、全員が静かにメモ帳に向かい始めた。


 しばらくの沈黙の後、かすみさんが声をかける。


「ほな、できた人から発表してみよか」


 すると、意外にも最初に手を挙げたのは安谷くんだった。


「はい、僕からいいですか?」


 安谷くんは少し照れくさそうに、メモ帳を見ながら読み上げる。


「『筋肉と 酒は友達 明日もまた』」


 一瞬の静寂の後、店内に笑い声が広がる。


「さすが安谷くん! 筋肉と酒を結びつけるなんて」


 紹子が楽しそうに言う。


「ほんまやな。安谷くんらしい川柳や」


 かすみさんも笑顔で頷く。


 次に手を挙げたのは大澤さんだった。


「じゃあ、僕はこんな感じかな」


 大澤さんは少し考え込むような表情を浮かべながら読み上げる。


「『泡の中 溶けゆく日々の 疲れかな』」


「おお、ええやないですか。大澤さんの普段の様子がよく表れてる感じ」


 安谷くんが感心したように言う。


「そやな。大澤はんの、仕事の疲れを癒すために来てくれてる気持ちがよう分かるわ」


 かすみさんが優しく微笑む。


 杏奈さんも静かに手を挙げる。


「私もよろしいかしら」


 優雅な仕草でメモ帳を持ち上げ、柔らかな声で読み上げる。


「『月光の 盃(はい)に映るは 今宵かな』」


「わぁ、素敵……」


 紹子がため息をつく。


「さすが杏奈はん。さっきの『月光』のイメージがそのまま川柳になってもうたな」


 かすみさんが感心したように言う。


 最後に、紹子が少し緊張した様子で自分の川柳を読み上げる。


「『赤ホッピー 明日への希望 湧いてくる』」


「おお、紹子はんの赤ホッピー愛が伝わってくるわ」


 かすみさんが嬉しそうに言う。


「そうそう、紹子さんといえば赤ホッピーだもんね」


 大澤さんも頷く。


 かすみさんは、みんなの川柳を聞きながら、自分も一句ひねっていた。


「ほな、おばちゃんも一句」


 かすみさんは少し照れくさそうに読み上げる。


「『常連の 笑顔が一番 うまい酒』」


 その言葉に、店内が温かな空気に包まれる。


「かすみさん……」


 紹子が感動したように呟く。


「そうですね。ここの笑顔が一番の酒ですよ」


 安谷くんも静かに頷く。


 そんな中、杏奈さんが不思議そうな顔をする。


「あら、もう一人いらっしゃったわよね?」


 全員の視線が、カウンターの端に座る一人の男性に向けられた。


 長身で、首の長さが際立つその男性は、派手な柄のスーツを着こなしていた。


「あ、きりんさんだ。すっかり気づかなかった」


 紹子が驚いたように言う。


「きりんはん、いつの間に来てたん? 川柳、書いてみる?」


 かすみさんが声をかける。


 きりんさんは、ゆっくりとこてこての関西弁で答えた。


「せやな。ほな、わてもひとつ」


 きりんさんは、どこか遠くを見るような目つきで読み上げる。


「『人生は 酸いも甘いも 飲み干せば』」


 その言葉に、店内が静まり返る。


「……すごい」


 安谷くんが小さく呟いた。


「きりんさん、深いですね」


 紹子も感心したように言う。


「ほんまやな。人生の機微を一句に込めてはるわ」


 かすみさんも静かに頷く。


 きりんさんの川柳をきっかけに、店内の雰囲気が少し変わった。それぞれが、自分の人生や、「半蔵」での時間について、深く考え始めているようだった。



 きりんさんの深い川柳によって、店内の雰囲気が一変した。皆が自分の人生や「半蔵」での時間について、静かに思いを巡らせている。


 そんな中、かすみさんが静かに口を開いた。


「みんな、ようけ考えとるみたいやな。ほな、次のテーマは『半蔵』にしよか。この場所への思いを、川柳に込めてみてや」


 常連たちは頷き、再びメモ帳に向かう。


 その時、店の戸が開き、新たな客が入ってきた。


 長身でがっしりとした体格、しかし少し前かがみの姿勢で入ってきたのは、『叔父貴』だった。普段の厳つい雰囲気とは打って変わって、今日は柔らかな色合いのセーターを着ている。


「おう、みんな揃っとるな」


 叔父貴の渋い声が響く。


「おかえり、叔父貴。ちょうどええところに来てくれたわ。みんなで川柳大会しとんねん。叔父貴も参加してや」


 かすみさんが温かく迎える。


「へっ、川柳か。面白そうやな。ワシも混ぜてもらおうか」


 叔父貴は意外にも乗り気な様子で、カウンターに座る。


「叔父貴、今日はなんだかソフトな感じですね」


 紹子が柔らかな笑みを浮かべながら言う。


「ああ、今日は孫の運動会やってな。応援に行ってきたんや」


 叔父貴の表情が少し緩む。


「まあ、素敵! お孫さんがいらっしゃったんですね」


 杏奈さんが優しく微笑む。


「ほな、叔父貴にはこれやな」


 かすみさんは棚から、古びた陶器の徳利を取り出す。


「これ、新潟の老舗酒蔵が作った純米大吟醸や。『翁の夢』っちゅうねん。まろやかで深みのある味わいが特徴なんよ」


「おお、懐かしい。ええもん出してくれるな」


 叔父貴は感慨深げに徳利を受け取る。


 一口飲んだ叔父貴の顔に、穏やかな表情が浮かぶ。


「うむ、うまい。深みのある味がするわ」


 その言葉に、他の常連たちも温かな眼差しを向ける。


「さて、『半蔵』のテーマで川柳、できた人おる?」


 かすみさんの声に、今度は紹子が真っ先に手を挙げた。


「はい、私からいいですか?」


 紹子は少し照れくさそうに、しかし声に力を込めて読み上げる。


「『路地裏の 灯り頼りに 帰る家』」


 その言葉に、店内が静まり返る。


「紹子さん……いい句やね……」


 かすみさんが感動したように呟く。


「そうだね。ここは本当に、帰る場所なんだ」


 大澤さんも静かに頷く。


 次に、安谷くんが少し緊張した様子で読み上げる。


「『鎧脱ぎ 素顔見せ合う 憩いの場』」


「おお、これもええ句や。安谷くんの普段の緊張が解けていく様子がよう分かるわ」


 かすみさんが優しく微笑む。


 杏奈さんも静かに手を挙げる。


「私もよろしいかしら」


 優雅な仕草でメモ帳を持ち上げ、柔らかな声で読み上げる。


「『人々の 想い溶け合う 一杯に』」


「素敵ですね、杏奈さん。まさに今のこの空間を表してる気がします」


 紹子が感心したように言う。


 大澤さんも、少し照れくさそうに自分の句を読み上げる。


「『カウンター 肘つき語る 人生を』」


「ほんまやな。ここでは色んな人生ドラマが繰り広げられてるわ」


 かすみさんが懐かしそうに言う。


 最後に、叔父貴が渋い声で読み上げる。


「『半蔵に 厳つい顔も 溶けていく』」


 その言葉に、店内に温かな笑いが広がる。


「叔父貴、自虐的やな」


 きりんさんが関西弁で茶化す。


「まあ、ワシもここではただのおじさんやからな」


 叔父貴も照れくさそうに笑う。


 かすみさんも、みんなの句を聞きながら、自分の思いを込めた一句を詠む。


「『常連の 笑顔が作る 我が家かな』」


 その言葉に、店内が温かな空気に包まれる。


「かすみさん……本当にそうですね。ここは私たちの第二の家なんです」


 紹子が感動的に言う。


「ほんま、そのとおりや。ここにおると、なんやほっとするんよ」


 叔父貴も珍しく素直な口調で言う。


 その瞬間、全員が「半蔵」という場所の特別さを、あらためて実感したように見えた。


 きりんさんが、静かに言葉を添える。


「『人生は 酸いも甘いも 飲み干せば』……ここ半蔵で、みんな人生の苦楽を分かち合っとるんやな」


 その言葉に、全員が深く頷く。


 かすみさんは、目頭を少し熱くしながら言った。


「みんな、ほんまにありがとう。こんな素敵な言葉をもらって、おばちゃん、幸せやわ」


 常連たちは、互いに視線を交わし、温かな笑顔を浮かべる。この瞬間、彼らの絆がより一層深まったことを、全員が感じていた。



 「半蔵」への思いを川柳に込めたことで、店内の雰囲気はより一層和やかになっていた。常連たちの間には、普段以上に強い絆が感じられる。


 かすみさんは、カウンターの奥から小さな和菓子の箱を取り出した。


「みんな、ここまでようけ川柳を詠んでくれたさかい、ちょっと休憩しよか。これ、うちの近所の老舗和菓子屋さんの季節の生菓子やねん」


 箱を開けると、秋の風情を感じさせる色とりどりの生菓子が現れた。


「わぁ、綺麗!」


 紹子が目を輝かせる。


「ほんまに芸術やな」


 叔父貴も珍しく柔らかな表情を見せる。


 かすみさんは丁寧に生菓子を取り分けていく。


「紹子はんには紅葉をかたどった『もみじ』、安谷くんには栗を模した『松茸』、杏奈はんには『萩まんじゅう』、大澤はんには『月見だんご』、叔父貴には『柿』の形をした羊羹、きりんはんには『すすき』をあしらった最中や」


 それぞれに合わせた和菓子を配り終えると、かすみさんは満足そうに微笑んだ。


「さあ、みんな召し上がって。お茶も入れるさかい」


 常連たちは、美しい和菓子に見とれながら、それぞれの感想を口にする。


 その時、店の戸が再び開いた。


 すらりとした体型に、シンプルながらも品のある服装。その姿は、一見すると普通の中年女性に見えるが、よく見るとどこか華やかな雰囲気を漂わせている。


「あら、みなさんこんばんは」


 柔らかな声で挨拶をしたのは、宿澤さんだった。


「おかえり、宿澤はん。ちょうどええところに来てくれたわ」


 かすみさんが笑顔で迎える。


「今ね、みんなで川柳大会してるのよ。宿澤さんも参加しない?」


 紹子が声をかける。


「まあ、素敵! ぜひ参加させてください」


 宿澤さんは嬉しそうに頷く。


「ほな、宿澤はんにもこれどうぞ」


 かすみさんは、残っていた「銀杏」の形をした練切を宿澤さんに差し出す。


「ありがとうございます。とても可愛らしいわ」


 宿澤さんは優雅に和菓子を口に運ぶ。


「さて、最後のテーマは『人生』や。みんなの人生観を、川柳に込めてみてな」


 かすみさんの言葉に、常連たちは少し緊張した面持ちで頷く。


 しばらくの間、店内は静寂に包まれた。それぞれが、自分の人生を振り返り、言葉を選んでいるようだ。


 最初に口を開いたのは、意外にも叔父貴だった。


「ほんじゃ、ワシから行くか」


 叔父貴は、普段の厳つい表情とは違う、柔らかな表情で読み上げる。


「『荒波を 越えたどり着く 酒肴かな』」


 その言葉に、店内がしんと静まり返る。


「叔父貴さん……」


 紹子が感動したように呟く。


「叔父貴の人生、きっと色んな苦労があったんやろうな」


 かすみさんが優しく微笑む。


 次に、宿澤さんが静かに手を挙げる。


「私もよろしいでしょうか」


 宿澤さんは、少し遠くを見るような目つきで読み上げる。


「『シングルの 背中で教える 強さかな』」


 杏奈さんが共感するように頷く。


「一人で子育てしながら、モデルの仕事も頑張ってはる宿澤はんの強さが伝わってくるわ」


 かすみさんが感心したように言う。


 安谷くんも、少し緊張した様子で自分の句を読み上げる。


「『日々鍛え 守るものさえ 見つからず』」


「安谷くん……」


 大澤さんが驚いたように見つめる。


「普段は明るい安谷くんやけど、こんな悩みも抱えてたんやな」


 かすみさんが優しく言う。


 杏奈さんも、静かに自分の句を披露する。


「『華やかに 見えて寂しき 夜の蝶』」


 その言葉に、店内が静まり返る。


「杏奈さん、そんな寂しい思いしてたんですね……」


 紹子が心配そうに言う。


「いいえ、今は違うわ。半蔵(ここ)があるもの」


 杏奈さんが柔らかく微笑む。


 大澤さんも、少し照れくさそうに自分の句を読み上げる。


「『酔いどれて 忘れし夢を 思い出す』」


「ほんまやな。お酒って、時には忘れてた自分を思い出させてくれるもんや」


 かすみさんが静かに頷く。


 紹子は、少し迷った後、決意を固めたように読み上げる。


「『推しと共に 歩む人生 悔いはなし』」


 その言葉に、店内に温かな笑いが広がる。


「さすが紹子はん。最後まで推し活を貫いてはるな」


 かすみさんが楽しそうに言う。


 最後に、きりんさんがゆっくりと口を開く。


「『人生は 酸いも甘いも 飲み干せば』」


「きりんさん、それもう三度目やないかーい!」


 安谷くんが明るく突っ込む。店内に朗らかな笑いが広がる。


「きりんさん、でもその句にはホンマに人生が詰まってるわ」


 かすみさんが感慨深げに言う。


 かすみさんも、みんなの句を聞きながら、自分の思いを込めた一句を詠む。


「『常連の 人生預かる 酒場かな』」


 その言葉に、店内が温かな空気に包まれる。


「ほんまにそうや。うちらの人生、かすみさんに預けてるようなもんやわ」


 叔父貴が珍しく素直な口調で言う。


 その瞬間、全員が「半蔵」という場所の、そしてかすみさんの存在の大きさを、あらためて実感したように見えた。


 きりんさんが、静かに言葉を添える。


「人生は酸いも甘いもあるけど、ここ半蔵で、みんなで分かち合うことで、すべてが飲み干せるんやな」


 その言葉に、全員が深く頷く。


 かすみさんは、目に涙を浮かべながら言った。


「みんな、ほんまにありがとう。こんな素敵な言葉をもらって、おばちゃん、幸せやわ。これからも、みんなの人生に寄り添えるお店でありたいな」


 常連たちは、互いに視線を交わし、温かな笑顔を浮かべる。この瞬間、彼らの絆がより一層深まったことを、全員が感じていた。


 外は夜更けに差し掛かっていたが、「半蔵」の中は、温かな光に包まれていた。それは、お互いの人生を分かち合った人々の心の光だった。

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