第23話:え? 九大って六本松と箱崎にあるっちゃないと?
真夏の蒸し暑い夕暮れ時、立ち呑み「半蔵」の店内には、風鈴の涼やかな音色が響いていた。かすみさんは、淡い水色の浴衣姿で、髪に小さな朝顔の髪飾りをつけ、涼しげな雰囲気を醸し出している。彼女の表情には、いつもの優しさと共に、何か楽しげな光が宿っていた。
この夜、カウンターには四人の常連客の姿があった。
まず、鮮やかな赤のノースリーブワンピースに白のカーディガンを羽織った貴船紹子が立っている。首元にはさりげなく淡水パールのネックレスが輝き、涼しげな印象を与えている。今日は少しリラックスした表情を浮かべていた。
「かすみさん、今日も暑いですね~。赤ホッピー、お願いします」
紹子の言葉に、かすみさんはにっこりと笑顔を見せた。
「はい、承知しました。すぐにお持ちしますね」
その隣には、爽やかなミントグリーンのブラウスにホワイトデニムを合わせたかおるさんが立っていた。いつもは店の隅で静かに飲んでいる彼女だが、今日は珍しくカウンター席に座っている。
「紹子さん、今日はお仕事お疲れ様でした。何か面白い原稿はありましたか?」
向かい側には、花柄のマキシワンピースに麦わら帽子という、まるで旅行に来たかのような装いの万秋ちゃんが立っていた。小柄で美人の彼女は、周りを見渡しながら楽しそうに微笑んでいる。
「Wow, it's so hot today! かすみさん、冷たいビールをお願いします!」
そして、端の方には淡いピンクのTシャツにデニムショートパンツという爽やかな装いのさちこが立っていた。小柄な体型ながら、その存在感は抜群だ。
「かすみさん、今日は珍しい焼酎とかある?」
かすみさんは、四人の様子を見ながら、新しいお酒を用意し始めた。
「みなさん、今日は暑い日にぴったりの珍しいお酒があるんです。これは、沖縄の『山原シークヮーサー』という蔵元の『シークヮーサー梅酒』なんですよ」
かすみさんは、透明感のある黄緑色の液体を、それぞれのグラスに注いでいく。
「シークヮーサーの爽やかな酸味と、梅酒のまろやかな甘みが絶妙なハーモニーを奏でています。暑い夏にぴったりの一杯ですよ」
四人が一斉に口をつけると、驚きの表情が広がった。
「わぁ、これは美味しい!」
紹子が目を細めて言った。
「爽やかな酸味がたまらないわね」
その時、店の入り口が開き、一人の女性が入ってきた。
「おかえり~」
かすみさんが振り返ると、そこには見覚えのない女性の姿があった。長い黒髪を波打たせ、白のブラウスにフローラルスカートという清楚な装いの、20代後半くらいの女性だ。
「あら、初めてのお客さんかな? いらっしゃいませ」
かすみさんは笑顔で女性を迎え入れた。
「はい、初めて来ました。友人に勧められて」
女性は少し緊張した様子で答えた。
「お名前は?」
「夏海と書いて、なつみと読みます」
「なつみさんね。ゆっくりしていってください」
かすみさんは、なつみさんをカウンター席に案内した。
しばらくして、紹子が話しかけた。
「なつみさん、お仕事帰りですか?」
「はい、そうなんです。最近東京に転勤してきたばかりで」
「へぇ、どちらからですか?」
「福岡からです」
その言葉を聞いた瞬間、紹子の目が輝いた。
「えっ! 福岡? 私も福岡出身なんですよ!」
なつみさんの表情が明るくなる。
「まあ、そうなんですか! どちらですか?」
「私は博多です」
「私も博多なんです!」
二人の声が重なり、店内に笑い声が広がった。
紹子は、博多弁で話し始めた。
「うわあ~、ばり懐かしか~! 博多では毎日よう呑みよったばい」
なつみさんも博多弁で応じる。
「博多の屋台、ばり美味いもんばっかりやもんね~」
かすみさんは、二人の会話を聞きながら、新しい肴を用意し始めた。
「お二人の博多トークにぴったりの一品を用意しました」
彼女は、小さな皿を持って戻ってきた。
「これは、『博多風もつ鍋風おでん』です。博多名物のもつ鍋をおでんにアレンジしてみました」
皿の上には、コラーゲンたっぷりのスープに、もつや野菜、こんにゃくなどが煮込まれていた。
「「わぁ、これは懐かしか~」」
紹子となつみさんが同時に叫んだ。
二人は博多弁全開で、次々と地元の思い出話を披露し始めた。中洲の屋台街の話や、長浜ラーメンの思い出、福岡ソフトバンクホークスの話題など、話は尽きない。
他の常連客たちも、二人の楽しそうな会話に聞き入っていた。
「博多って、そんなに魅力的な場所なんですね」
かおるさんが感心したように言う。
「Oh, I want to visit Hakata someday!」
万秋ちゃんも興味深そうに聞いている。
「私も行ってみたいな。美味しいものがいっぱいありそう」
さちこも目を輝かせている。
かすみさんは、みんなの様子を見て満足そうに微笑んだ。
「みなさん、博多の雰囲気を味わえるお酒を用意しましたよ」
彼女は、新しいボトルを取り出した。
「これは、福岡の『光酒造』さんの『博多小女郎』という珍しい焼酎です。博多の食文化にぴったりの、コクのある味わいが特徴なんですよ」
みんなが一斉に口をつけると、驚きの表情が広がった。
「うん! これは博多の味やね!」
紹子が感動したように言う。
「ほんと、懐かしか~」
なつみさんも目を細めている。
「ばってん、あたしもう10年も福岡ば帰っとらんけん、博多の街もだいぶ変わったっちゃろうね~」
「あー、10年も帰らんやったら、めっちゃ変わっとうばい」
「外人さんも増えたし……あたしが小さい頃とかはもう百道とかなんもなかったとよ。でもあそこは今ヤフオクドームとかタワマンでいっぱいになっとっちゃろ?」
「せやね~、再開発も進んどるけんね。九大かて移転しとるしね」
「え? 九大って六本松と箱崎にあるっちゃないと?」
「紹子ちゃん、古い古い。今は伊都キャンパスに全部移ったとよ」
「え~、知らんやった~! なんね、あたしに何の相談もなく!(笑)」
「なんで九大が紹子ちゃんに許可得ないかんのよ(笑)」
その夜の「半蔵」は、博多弁と笑い声で溢れていた。紹子となつみさんの会話を中心に、他の常連客たちも博多の魅力に引き込まれていく。
閉店時間が近づき、なつみさんが帰り支度を始めると、紹子が声をかけた。
「なつみさん、また来るっちゃろ? 福岡の話、もっとしたいけん、絶対来てや!」
「うん、絶対来るけん! なんや、ここ、めっちゃ居心地よかったわ~」
かすみさんは、二人の様子を見ながら静かにつぶやいた。
「こうして人と人がつながっていくんやね。半蔵がそんな場所であり続けられたら嬉しいわ」
その言葉に、誰もが心の中で同意していた。半蔵は、単なる立ち呑み屋ではなく、人々の心が通い合う特別な場所なのだと。
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