第20話:なんでそないつまらん自慢するんや!

 秋の肌寒さが感じられる夜、立ち呑み「半蔵」の店内は温かな灯りに包まれていた。かすみさんは、深緑色の和風エプロンを身につけ、髪を少し長めにしたショートカットで、落ち着いた雰囲気を醸し出している。


 この夜、カウンターには四人の常連客の姿があった。


 まず、エメラルドグリーンのワンピースに黒のレザージャケットを羽織った貴船紹子が立っている。今日は少し疲れた表情を浮かべていた。


「かすみさん、今日も赤ホッピーをお願いします」


 紹子の隣には、白衣の上に青いカーディガンを羽織ったかおるさんが立っていた。医療従事者らしい観察力鋭い目つきで、しかしゆっくりとお酒を楽しんでいる。


「私は梅酒のロックを一つ」


 向かい側には、ネイビーのスーツに赤いネクタイという出で立ちの高梨さんが立っていた。やせ型の体に似合わぬ存在感を放ち、ウイスキーのグラスを手に黙々と酒を楽しんでいる。


「いつもの山崎12年をロックで」


 そして、端の方には派手な柄のアロハシャツを着た田山さんが立っていた。顔色は少し悪いが、目は輝いており、何か話したそうな様子だ。


「俺は緑茶を一つ」


 かすみさんは四人の注文を聞きながら、軽快に動き回る。


「みなさん、お待たせしました。今日はこの秋にぴったりの珍しいお酒を仕入れたんです」


 かすみさんは、深い琥珀色の液体が入った瓶を取り出した。


「これは、スコットランドの『グレンモーレンジ』という蒸留所の『キンタ・ルバン』というウイスキーなんです。ポートワインの樽で後熟させているので、通常のウイスキーとは一味違う風味が楽しめますよ」


 高梨さんの目が輝いた。


「それは興味深い。そちらも一杯いただけますか?」


 かすみさんは丁寧にグラスに注ぎ、高梨さんに渡す。高梨さんが一口飲むと、驚きの表情を浮かべた。


「これは素晴らしい。ウイスキーの深みとポートワインのフルーティーさが絶妙に調和してる」


 その言葉に、他の客たちも興味を示す。


「私も一杯いただこうかしら」


 紹子が言うと、かおるさんも頷いた。


「私もお願いします」


 かすみさんが二人にも注ごうとしたとき、田山さんが突然声を上げた。


「俺さ、糖尿と心筋梗塞やって、ここにペースメーカー入ってるんだよね~」


 突然の発言に、みんなが驚いた表情を見せる。


「そんなに自慢するものじゃないわよ」


 かおるさんが優しくたしなめる。


「そうですね、田山さん。健康が一番大事ですから」


 林川先生が入店してきたタイミングで、その言葉を聞いて付け加えた。


「なにしろこういう患者さんが一番困るんだ」


 林川先生は小さく嘆息した。


 しかし、田山さんは止まらない。


「でもさ、俺、このペースメーカーのおかげで命拾いしたんだよ。すごい最新型のやつでね、遠隔で調整できるんだぜ」


 紹子が困ったように笑う。


「田山さん、それは確かにすごいけど……」


 しかし、田山さんは続ける。


「それに、俺が開発したアプリ知ってる? あの超有名な『ポケットメモリー』だよ。毎日何百万人も使ってるんだぜ」


 高梨さんが視線を上げる。


「田山さん、確かにそれは素晴らしいアプリだけど……」


 かすみさんは、ついに我慢の限界に達したようだ。彼女は田山さんの前に立ち、大阪弁で厳しく言った。


「なんでそないつまらん自慢するんや! だいたい病気は自慢するようなもんちゃう! 仕事かてみんなそれぞれ頑張ってんねんからいちいち自慢せんでええ! 自分語りしかせんようなおっさんは嫌われるで!」


 田山さんは、かすみさんの言葉に驚いたような表情を見せた。そして、少し恥ずかしそうに笑った。


「ごめん……つい調子に乗っちゃって」


 かすみさんの一喝で、店内の空気が和らいだ。田山さんはしゅんとしながら緑茶を舐めている。かすみさんの溜飲も下がったようで、うん、と軽く頷いた。


「さあ、みなさん。この珍しいウイスキーに合わせて、特別な一品を用意しましたよ」


 かすみさんは、小さな皿を持ってきた。


「これは、スコットランド風のスモークサーモンのカナッペです。ウイスキーの風味を生かすために、ほんの少しだけウイスキーでマリネしてあります」


 皆が目を輝かせながら、その一品を見つめた。


「いただきます」


 四人が口を揃えて言うと、一斉に箸を伸ばした。


「うまい! これはウイスキーに合うね」


 高梨さんが満足そうに言う。


「サーモンの燻製の香りとウイスキーの風味が絶妙です」


 かおるさんも感心したように頷く。


 田山さんは、緑茶を飲みながら、少し反省したような表情を浮かべていた。


「みんな、さっきはごめんな。つい調子に乗っちゃって」


 紹子が優しく微笑んだ。


「気にしないで、田山さん。でも、健康が一番大事だからね。これからも無理せず、みんなで楽しく飲もうよ。田山さんは緑茶だけどね(笑)」


 その言葉に、全員が頷いた。


 かすみさんは、みんなの様子を見ながら微笑んだ。


「さあ、今日も「半蔵」で楽しい時間を過ごしましょう」


 彼女の言葉に、店内は温かな空気に包まれた。


 この夜、立ち呑み「半蔵」では、少しの騒動はあったものの、結局はみんなで和やかに過ごす時間となった。それは、人と人とのつながりを大切にする「半蔵」らしい、心温まる夜だった。

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