第16話:ここの常連さんたちは、みんな半蔵の歴史の一部なんや

 梅雨明けの蒸し暑い夜、立ち呑み「半蔵」の店内は、いつもの温かな雰囲気に包まれていた。かすみさんは、淡いブルーの浴衣姿で、髪に小さな朝顔の髪飾りをつけ、夏の訪れを感じさせる雰囲気を醸し出している。


 この夜、カウンターには五人の常連客の姿があった。


 まず、白のブラウスにネイビーのスカートという爽やかな装いの貴船紹子が立っている。今日も赤ホッピー片手に幸せそうだ。


 その隣には、派手な柄のアロハシャツを着たくまさんが立っていた。かすみさんと同じく居酒屋を経営している彼は、いつもハワイアンな雰囲気を漂わせている。


 向かい側には、緑のポロシャツにカーキのチノパンという落ち着いた装いのやまさんが立っていた。うどん屋の仕事を終えてホッとした表情だ。


 その隣には、黒のタンクトップにジーンズという筋肉質な姿の安谷くんが立っていた。自衛隊の訓練で疲れた様子だが、目は輝いている。


 そして、端の方には、シンプルな白のTシャツに黒のジーンズという、いかにも学生らしい装いの霧ちゃんが立っていた。


 かすみさんは、五人の前で軽快に動きながら、新しいお酒を注いでいた。

 その時、紹子が不意に口を開いた。


「前から気になってたけど、田山ハイってなんですか?」


 かすみさんは、その質問に微笑んで答えた。


「ああ、田山ハイね。実はね、うちの常連さんの田山さんが考え出したんや。田山さんは病気で酒を止められてるんやけど、半蔵が好きで通ってくれはる。それで、緑茶を緑茶ハイの気分で飲んではるんよ。それを見た常連さんたちが『田山ハイ』って呼び始めてん」


「へえ、そんな由来があったんですね」


 紹子が感心したように言う。


「そういえば、他にも常連さん発祥のメニューってあるんですか?」


 霧ちゃんが興味深そうに尋ねた。


「ああ、たくさんあるで。例えば『くまさんの気まぐれピクルス』とか」


 かすみさんは、くまさんを見てにっこりと笑った。


「くまさんが自分のお店の余り野菜を持ってきてくれはってん。それを漬けたのが始まりやね」


 くまさんは照れくさそうに頷いた。


「ほかにもあるで。『安谷くんの筋肉プレート』とか」


 安谷くんが驚いた顔をする。


「それって、僕が筋トレの後によく注文するやつですか?」


「そうそう。高タンパク低脂肪のおつまみを盛り合わせたやつや。今じゃ筋トレ好きの常連さんに人気なんよ」


 かすみさんは、次々とメニューの由来を説明していく。


「『やまさんのうどんだし割り』も人気やで。やまさんのうどん屋の出汁を日本酒で割るんや」


 やまさんは嬉しそうに笑った。


「ほかにも、半蔵独自の作法もあるんやで」


 かすみさんは、カウンターの下から小さな鈴を取り出した。


「これは『おかわり鈴』っていって、常連さんが酔っ払いすぎて声が出にくくなった時に使うんや。鳴らすと『おかわり』ってことになっとんねん。まあ、そもそもそんななるまで呑んだらあかんねんけどな」


 一同が笑い声を上げる。


「ここの常連さんたちは、みんな半蔵の歴史の一部なんや」


 かすみさんの言葉に、全員が温かな気持ちになった。


 紹子は感慨深げに言った。


「かすみさん、こういう話を聞くと、半蔵がますます好きになります」


「ほんまに? うれしいわ」


 かすみさんは照れくさそうに頬を掻いた。


 その夜の「半蔵」は、常連たちの思い出話で盛り上がった。それぞれが「半蔵」での思い出を語り合い、笑い、時には懐かしむ。そんな中で、彼らの絆はさらに深まっていった。

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