第7話:コミュニケーションに言葉なんて要らへんねん!
初夏の爽やかな風が吹く夜、立ち呑み「半蔵」の店内には、いつもの温かな空気が漂っていた。かすみさんは、淡い青色の浴衣姿で、髪に小さな朝顔の髪飾りをつけ、涼しげな雰囲気を醸し出している。彼女の表情には、いつもの優しさと共に、どこか楽しげな光が宿っていた。
この夜、カウンターには五人の常連客の姿があった。
まず、赤いブラウスに白のパンツスーツという凛々しい姿の貴船紹子が立っている。今日は少しリラックスした表情を浮かべていた。
その隣には、ピンクのワンピースに白のカーディガンという爽やかな装いの万秋ちゃんが立っていた。小柄で美人の彼女は、周りを見渡しながら楽しそうに微笑んでいる。
向かい側には、派手な柄のアロハシャツを着たくまさんが立っていた。かすみさんと同じく居酒屋を経営している彼は、なぜかハワイアンな雰囲気を漂わせている。
その隣には、シンプルな黒のTシャツにジーンズという普段着姿のよしおくんが立っていた。スウェーデンと日本人のハーフらしい整った顔立ちが、周囲の目を引いている。
そして、端の方には真っ白なワイシャツにネクタイという、いかにも仕事帰りといった姿の金田さんが立っていた。いつもの紳士的な雰囲気を漂わせている。
かすみさんは、五人の前で軽快に動きながら、新しい酒の説明を始めようとしたその時、店の入り口が開いた。
「おかえり~」
かすみさんが振り返ると、そこには5人連れの外国人の姿があった。
「Oh, welcome! Please come in!」
万秋ちゃんが即座に英語で対応し始める。
「Thank you! We heard this is a great local izakaya.」
外国人のうちの一人が答える。
しかし、その後のやりとりで、5人のうち3人は英語が話せないことが判明した。
「あ、ちょっと待って……」
万秋ちゃんが困惑の表情を見せる中、かすみさんはにっこりと笑顔で前に出た。
「ウェルカム! プリーズ カム イン!」
かすみさんは、カタカナ英語で話しかけながら、大きなジェスチャーで店内に招き入れる。
「オーケー? ドリンク? フード?」
かすみさんは、お酒を飲む仕草と、食べる仕草をしながら尋ねる。
外国人たちは、かすみさんの仕草を見て笑顔になり、頷いた。
「アメイジング! かすみさん、すごい……」
紹子が驚嘆の声を上げる。
「ホントだね。言葉が通じなくても、こんなに意思疎通ができるなんて」
万秋ちゃんも感心したように言う。
かすみさんは、紙とペンを取り出すと、簡単な絵を描き始めた。日本酒、ビール、焼酎などのお酒の絵と、おつまみの絵を描き、それぞれに番号をつける。
外国人たちは、その絵を見ながら指さしで注文を始めた。
「みんな、わかるやろ? コミュニケーションに言葉なんて要らへんねん!」
かすみさんが関西弁で笑いながら言う。かすみさんが関西弁になるときは、相手が関西人のときか、自分の気持ちがすごく盛り上がった時だけだ。
その言葉に、店内にいた全員が笑顔になった。
かすみさんは、注文を受けると、新しいお酒を用意し始めた。
「みなさん、この国際交流にぴったりのお酒があるんです。スコットランドの『ブルームーン』という青いウイスキーなんですよ」
かすみさんは、青く輝く液体が入ったボトルから、それぞれのグラスに注いでいく。
「このウイスキーは、特殊な製法で青く着色されているんです。味わいは華やかで、ほのかな甘みがあります」
外国人たちも含め、全員が一斉に口をつけると、驚きの表情が広がった。
「わぁ、本当に青いウイスキーだ!」
紹子が感嘆の声を上げる。
「Wow! It's really blue!」
英語の話せる外国人も驚いた様子で言う。
かすみさんは、外国人たちの反応を見て満足そうに微笑んだ。
かすみさんは、外国人たちの反応を見て満足そうに微笑んだ。そして、新しい肴を用意し始めた。
「みなさん、このインターナショナルな雰囲気にぴったりの一品を用意しました」
彼女は、色とりどりの小皿を持って戻ってきた。
「これは、『世界の味めぐり前菜盛り合わせ』です。日本、イタリア、メキシコ、タイ、インドの5カ国の代表的な前菜を少しずつ盛り合わせてみました」
皿の上には、枝豆、生ハムとオリーブ、ワカモレ、トムヤムクン風スープ、サモサが美しく並べられていた。
「すごい! まるで世界一周旅行みたいだね」
くまさんが目を輝かせて言う。
「Amazing! This looks delicious!」
外国人の一人が感激した様子で声を上げる。
かすみさんは、箸の使い方を身振り手振りで外国人たちに教えながら、みんなに料理を勧めた。
「いただきます」
日本人の常連たちが声を揃えて言うと、外国人たちも真似をして「Itadakimasu!」と言った。
店内に、料理を楽しむ音と笑い声が広がる。
「かすみさん、こんな料理まで作れるんだね。すごいよ」
よしおくんが感心したように言う。
「当たり前や、自分で言うのもなんやけど、うち世界中の料理に詳しいんやで」
かすみさんが照れくさそうに答える。
その時、外国人の一人が立ち上がり、何かを言い始めた。英語の分かる仲間が通訳を始める。
「彼は、日本の伝統的な乾杯の挨拶を教えてほしいと言っています」
万秋ちゃんがみんなに説明する。
「おお、それなら『カンパイ』だな」
金田さんが紳士的に答える。
かすみさんは、すかさずジェスチャーで「カンパイ」の仕方を外国人たちに教え始めた。グラスを持ち上げ、「カンパイ!」と声を出し、軽く触れ合わせる動作を見せる。
外国人たちは興味深そうに見ていた後、全員で「Kampai!」と声を上げた。
店内に歓声が上がり、和やかな雰囲気が広がる。
「こんな国際交流、初めて見たわ」
紹子が感動したように言う。
「ほんと、かすみさんのおかげだよね」
万秋ちゃんも頷く。
かすみさんは、みんなの様子を見ながら微笑んだ。
「言葉が通じんでも、心は通じるもんやで」
彼女の言葉に、全員が同意するように頷いた。
その夜、立ち呑み「半蔵」は、小さな国際交流の場となった。言葉の壁を越えて、食べ物と飲み物を通じて人々が繋がっていく。それは、まるで世界中の味と文化が一つの場所に集まったような、特別な時間だった。
外国人たちが帰る頃には、店内の全員が友達のように打ち解けていた。
「いってらっしゃい! また来てな! おおきに!」
かすみさんが笑顔で見送る。
「Thank you! We'll definitely come back!」
外国人たちも笑顔で手を振りながら去っていった。
店内に残った常連たちは、まるで素晴らしい冒険から帰ってきたかのような表情を浮かべていた。
「今日は特別な日になったね」
紹子がしみじみと言う。
「そうだね。こんな経験ができるなんて、『半蔵』ってほんとに素敵な場所だと思う」
万秋ちゃんも同意する。
かすみさんは、みんなの言葉を聞きながら、静かに微笑んだ。
「みんなのおかげやで。こんな素敵な常連さんがおるから、『半蔵』はあかんのや」
彼女の言葉に、全員が温かな気持ちに包まれた。
この夜、立ち呑み「半蔵」は、言葉の壁を越えた交流の場となった。それは、小さな店の中で起こった、大きな世界とのつながりだった。
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