第5話:そこんとこやりくりしてください!
梅雨明けの蒸し暑い夜、立ち呑み「半蔵」の店内は、心地よい涼しさに包まれていた。かすみさんのショートカットの髪が、忙しなく動く度にふわりと揺れる。彼女の温かな笑顔が、店内の雰囲気をさらに和ませていく。
この夜、カウンターには五人の女性客の姿があった。
まず、いつもの赤ホッピーを片手に、貴船紹子が立っている。出版社勤務らしい知的な雰囲気を纏いながらも、少し赤らんだ頬がほろ酔い加減を物語っていた。
その隣には、さちこが小さな体を寄せ合うようにして立っていた。145センチほどの小柄な体型ながら、その存在感は抜群だ。手には、いつもの焼酎のお湯割りが握られている。
向かい側には、宿澤さんが立っていた。シングルマザーながら現役モデルとして活躍している彼女は抜群のスタイルの良さと美しさで、店内の空気を一変させるような存在感を放っている。
その隣には、心太くんが立っていた。妙齢の女性でありながら、「くん」付けで呼ばれる彼女の目は、すでに酒で潤んでいた。
そして、端の方には茨木ちゃんが立っていた。恰幅の良い体型ながら、目は輝いており、何か面白い話を期待しているようだ。
かすみさんは、五人の前で軽快に動きながら、新しい酒の説明を始めた。
「今日はね、暑い夏にぴったりの日本酒が入ったんです。新潟の『八海山』の『夏越五百万石』という限定酒なんですよ」
彼女は、涼しげな青い模様が描かれた徳利から、それぞれの酒器に注いでいく。
「わぁ、なんて爽やかな香りでしょう」
宿澤さんが、鼻を酒器に近づけながら言った。
「ほんとだね。まるで夏の風が吹いてくるような……」
心太くんも、目を細めて香りを楽しんでいる。
「この『夏越五百万石』は、暑い夏でも飲みやすいように、アルコール度数を抑えめにしているんです。さらに、フルーティーな香りと爽やかな酸味が特徴なんですよ」
かすみさんが丁寧に説明する。
五人が一斉に口をつけると、驚きの表情が広がった。
「うまか! これは確かに夏向きばい!」
紹子の博多弁が飛び出す。
「なんて軽やかな味わいなんでしょう。喉越しがとても良いですね」
茨木ちゃんが、舌で余韻を味わいながら言った。
「かすみさん、この酒に合う肴は何かありますか?」
さちこがゆっくり尋ねる。
「はい、実は今日は特別なものを用意しているんです」
かすみさんは厨房に向かい、小さな皿を持って戻ってきた。
「これは、夏野菜のカルパッチョです。バジルのジェノベーゼソースを添えてみました」
五人は、目を輝かせながらその一品を見つめた。
「わぁ、美しい……」
宿澤さんが思わず声を漏らす。
皿の上では、薄くスライスされた夏野菜が、色とりどりに並べられていた。トマト、ズッキーニ、ナス、パプリカなどが、まるで花畑のように盛り付けられ、その上に鮮やかな緑色のソースが滴るように添えられていた。
「いただきます」
五人が口を揃えて言うと、一斉に箸を伸ばした。
「うん! これはうまか! バリうまばい!」
紹子の声が弾んだ。
「野菜の甘みと、ソースの爽やかさが絶妙だね」
心太くんがしみじみと言う。
「日本酒との相性も抜群です。まさに夏を感じられる一品ですね」
茨木ちゃんが、満面の笑みを浮かべた。
かすみさんは、五人の反応を見て満足そうに微笑んだ。
「みなさんに喜んでもらえて、私も嬉しいです」
その時、かすみさんが不意に口を開いた。
「今日はめずらしく男のお客さんがいないので女子会でもしましょうか?」
その言葉に、全員の目が輝いた。
「いいね! たまにはゆっくり女子トークもしたいわ」
宿澤さんが嬉しそうに言う。
「そうだね。普段は言えないような話もできそう」
心太くんも賛同の意を示す。
「じゃあ、まずは……」
紹子が言いかけたところで、さちこが急に思い出したように口を開いた。
「そういえば、みんなってお金のやりくりとかどうしてる? 私、最近ちょっと苦しくて……」
その言葉に、全員が少し驚いたような表情を見せた。
「えっ、さちこさんが? いつもグルメに詳しくて、美味しいもの食べてるイメージだったけど」
茨木ちゃんが驚いた様子で言う。
「そんなことないわよ、本当もう、そこんとこやりくりしてください! って感じよ」
さちこが少し照れくさそうに笑う。
「実はね、美味しいもの食べるために他を必死に節約してるの」
その言葉に、みんなが笑いながらも共感の表情を浮かべた。
「わかるわ~。私も子育てしながらモデルの仕事してるから、結構大変なのよね」
宿澤さんが同意するように頷く。
「私も編集の仕事、契約で不安定だから、常に貯金と相談しながら生活してるわ」
紹子も自分の状況を打ち明ける。
「みんな、いろいろ工夫してるんだね」
心太くんが感心したように言う。
「私も旦那と二人で生活費を分担してるけど、それでも結構きついわ」
心太くんの言葉に、みんなが頷く。
「でも、どうやってやりくりしてるの? 具体的に教えてよ」
茨木ちゃんが興味深そうに尋ねる。
かすみさんは、みんなの会話を聞きながら、新しい酒を用意し始めた。
「みなさん、この話にぴったりの珍しいお酒があるんです。スコットランドの『ブルイックラディ』というウイスキーの蒸留所が作った『ザ・ボタニスト』というジンなんですよ」
かすみさんは、植物の絵が描かれた美しいボトルから、それぞれのグラスに注いでいく。
「このジンは、なんと31種類もの植物を原料に使っているんです。複雑な味わいの中に、爽やかさと深みがあって、まるで人生そのもののよう。お金のやりくりの話にぴったりかなと思って」
五人が一斉に口をつけると、驚きの表情が広がった。
「すごい! これ、複雑だけど飲みやすいね」
紹子が感嘆の声を上げる。
「ほんとだ。いろんな味が重なってるけど、すっきりしてる」
さちこも満足そうに頷く。
「さて、このお酒を飲みながら、みんなのやりくりの秘訣を聞かせてもらおうかしら」
宿澤さんが笑顔で言う。
「私から始めるわ。モデルの仕事って不定期だから、収入が安定しないのよね。だから、いい仕事が入ったときは必ず半分は貯金するようにしてるの」
「へぇ、その割合で貯金してるんだ」
心太くんが感心したように言う。
「私は、毎月の収入を必要経費、貯金、自由に使えるお金の三つに分けてるわ」
紹子が自分のやり方を説明する。
「必要経費は家賃とか光熱費とか、絶対に必要なものね。貯金は将来のためと緊急用。残りを自由に使えるお金にしてるの」
「なるほど。そうやって分けると、使いすぎる心配もなくなりそう」
茨木ちゃんが感心したように言う。
「私はね、毎週日曜日に家計簿をつけるのが習慣なの」
さちこが少し照れくさそうに言う。
「そうすると、どこでお金を使いすぎたか、どこを節約できるかがよくわかるのよ」
「私も似たようなことしてるわ。でも、アプリを使ってるの」
心太くんが言う。
「スマホで簡単に入力できるから、その場ですぐにチェックできるのよ」
「へぇ、それいいね。私も試してみようかな」
茨木ちゃんが興味深そうに言う。
かすみさんは、みんなの話を聞きながら、新しい肴を用意し始めた。
「みなさん、このお話にさらにぴったりの一品を用意しました」
彼女は、小さな皿を持って戻ってきた。
「これは、『コインチーズ』という料理です。薄くスライスしたじゃがいもを重ねて、チーズをのせて焼いたものなんですよ」
五人は、目を輝かせながらその一品を見つめた。
「わぁ、本当にコインみたい!」
宿澤さんが驚いた様子で言う。
皿の上には、金貨のように丸く切り取られたじゃがいもの重ね焼きが並んでいた。表面はこんがりと焼けたチーズで覆われ、香ばしい匂いが漂っていた。
「いただきます」
五人が口を揃えて言うと、一斉に箸を伸ばした。
「うまい! これ、お酒に合うね」
紹子が満足そうに言う。
「そうそう、お金の話しながらコインみたいな料理食べるの、なんか楽しいわ」
心太くんが笑いながら言った。
「でも、みんな結構しっかりやりくりしてるのね」
宿澤さんが感心したように言う。
「そうね。でも、たまには贅沢も必要よね」
さちこが言う。
「そうそう。だからこそ、こうやって『半蔵』に来て美味しいお酒と料理を楽しむんでしょ?」
茨木ちゃんが笑顔で言った。
その言葉に、全員が頷いた。
「そうだね。お金の使い方って、結局は幸せになるためのものだもんね」
紹子がしみじみと言う。
「だからこそ、こうやってみんなで集まって楽しむ時間も大切にしたいわ」
宿澤さんの言葉に、全員が同意するように頷いた。
かすみさんは、五人の様子を見ながら微笑んだ。
「みなさん、素敵な女子会になりましたね」
彼女の言葉に、店内は温かな空気に包まれた。
この夜、立ち呑み「半蔵」では、お金の話題から始まった女子会が、人生の豊かさについての深い会話へと発展していった。それは、まるで複雑な味わいを持つジンのように、苦さと甘さ、そして爽やかさが混ざり合った、まさに人生そのもののような時間だった。
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