第4話:懐かしかー、実家でよう飲んどったばい
梅雨明けの蒸し暑い夜、立ち呑み「半蔵」の店内は、いつもより賑やかな空気に包まれていた。かすみさんのショートカットの髪が、忙しなく動く度にふわりと揺れる。彼女の温かな笑顔が、店内の雰囲気をさらに和ませていく。
この夜、カウンターには五人の常連客の姿があった。
まず、いつもの赤ホッピーを片手に、貴船紹子が立っている。出版社勤務らしい知的な雰囲気を纏いながらも、少し赤らんだ頬がほろ酔い加減を物語っていた。
その隣には、さちこが小さな体を寄せ合うようにして立っていた。145センチほどの小柄な体型ながら、その存在感は抜群だ。手には、いつもの焼酎のお湯割りが握られている。
向かい側には、高梨さんが立っていた。やせ型の体に似合わぬ存在感を放ち、ウイスキーのグラスを手に黙々と酒を楽しんでいる。
その隣には、心太くんが立っていた。妙齢の女性でありながら、「くん」付けで呼ばれる彼女の目は、すでに酒で潤んでいた。
そして、端の方にはとらさんが立っていた。60がらみの豪快な風貌で、手には日本酒の酒器を握っている。
かすみさんは、五人の前で軽快に動きながら、新しい酒の説明を始めた。
「今日はね、みなさんのふるさとにちなんだお酒を用意してみたんです」
その言葉に、五人の目が一斉に輝いた。
「まずは紹子さん。福岡といえば、やっぱりこれでしょう」
かすみさんは、焼酎の瓶を取り出した。
「『白岳』の米焼酎です。すっきりとした味わいが特徴で、お湯割りはもちろん、ロックでも美味しく飲めます」
「懐かしかー、実家でよう飲んどったばい」
紹子の博多弁が飛び出す。
「次は、さちこさん。北海道と言えば、やっぱりビールですよね」
かすみさんは、黒いボトルを取り出した。
「サッポロビールの『黒ラベル』エクストラブリュー。通常の黒ラベルよりもホップの香りが強くて、苦みがしっかりしているんです」
「まあ! これは珍しいわ!」
さちこの目が輝く。
「高梨さんは岩手出身ですよね。これ、どうでしょう」
かすみさんは、琥珀色の液体が入ったボトルを取り出した。
「『南部美人』の梅酒です。南部美人の日本酒をベースに作られた梅酒で、上品な甘さが特徴なんです」
「ほう、懐かしいな。実家に帰ると必ず飲むんだ」
高梨さんの表情が柔らかくなる。
「心太くんは山形の庄内出身でしたよね。ではこちら、いかがでしょうか?」
かすみさんは、透明な瓶を取り出した。
「『紅花屋』の『雪女神』という日本酒です。山形県花の紅花をあしらったラベルが特徴的で、フルーティーな香りと爽やかな味わいが楽しめます」
「わぁ! 懐かしいの~! 庄内の冬を思い出すわ」
心太くんの目が潤む。
「最後に、とらさん。漁業つながりということで、こちらはいかがでしょう」
かすみさんは、青い瓶を取り出した。
「『島乙女』という泡盛です。沖縄の海を思わせる爽やかな香りと、まろやかな口当たりが特徴です」
「おお! これは珍しいな。魚に合いそうだ」
とらさんの目が輝く。
五人がそれぞれの酒を口にすると、懐かしさと新鮮さが入り混じった表情が広がった。
「さあ、みなさん。それじゃあ、ふるさと自慢大会でも始めましょうか」
かすみさんはそう言って笑った。
かすみさんの言葉に、五人は目を輝かせた。
「じゃあ、まずは紹子さんから」
かすみさんの声に、紹子が嬉しそうに身を乗り出した。
「福岡といえば、やっぱり食いもんばい! 特に博多ラーメンは絶品たい」
紹子の目が輝く。
「細麺に濃厚な豚骨スープ、それに明太子をトッピングしたら最高たい!」
「へえ、明太子をラーメンに?」
さちこが興味深そうに聞く。
「そうたい。福岡では当たり前やけど、ばってん他では珍しいかもわからんね」
紹子が得意げに答える。
「あと、屋台文化も自慢たい。夜な夜な屋台が並んでどって、そこをみんなで飲み歩くとは最高よ」
かすみさんは紹子の言葉に合わせて、小さな皿を出した。
「こちらは、博多風の明太子ポテトサラダです。福岡の味を再現してみました」
「わぁ! ありがとう!」
紹子が感激した様子で箸を伸ばす。
「次は、さちこさん。北海道の自慢を聞かせてください」
かすみさんが促すと、さちこが小さな体を揺らしながら話し始めた。
「やっぱり、北海道と言えば大自然! 広大な土地に、四季折々の絶景があるんだわ」
さちこの目が遠くを見つめる。
「冬の樹氷、春の花畑、夏の青い空と海、秋の紅葉。どれも絶景だよ」
「それに、新鮮な海の幸も自慢よ。特にウニとイクラは絶品さ」
かすみさんは、さちこの言葉に合わせて、小さな器を出した。
「こちらは、ウニとイクラの軍艦巻きです。北海道の味を楽しんでください」
「おお! これは嬉しいわ!」
さちこが喜んで手を伸ばす。
「では、高梨さん。岩手の自慢をお願いします」
高梨さんは、ウイスキーグラスを置いて静かに話し始めた。
「岩手と言えば、やはり平泉だな。中尊寺金色堂は世界遺産にも登録されている」
高梨さんの声に、誇りが感じられる。
「それに、岩手の地酒も素晴らしい。南部杜氏の技術が息づいているんだ」
「わんこそばも有名ですよね」
心太くんが言う。
「ああ、そうだ。一杯ずつ食べ続けるあの独特の食べ方は、岩手の粘り強さを表しているようだ」
かすみさんは、高梨さんの言葉に合わせて、小さな器を出した。
「こちらは、南部せんべいです。岩手の味をお楽しみください」
「ありがとう。懐かしい味だ」
高梨さんが感慨深げに手を伸ばす。
「心太くん、山形の自慢を聞かせてください」
心太くんは、少し酔った様子で楽しそうに話し始めた。
「山形と言えば、さくらんぼだね! 佐藤錦が特に有名だけど、他にもたくさんの品種があるの」
心太くんの頬が赤く染まる。
「それに、山形の温泉も素晴らしいよ。銀山温泉なんて、まるで千と千尋の神隠しの世界みたい」
「芋煮会も山形の文化だよね」
紹子が言う。
「そうそう! 秋になると、みんなで芋煮を作って川原で食べるの。最高の思い出だよ」
かすみさんは、心太くんの言葉に合わせて、小さな器を出した。
「こちらは、山形風の芋煮です。山形の味を再現してみました」
「わぁ! ありがとう! 懐かしい匂い!」
心太くんが嬉しそうに箸を伸ばす。
「最後に、とらさん。漁業関係者として、海の自慢を聞かせてください」
とらさんは、豪快に笑いながら話し始めた。
「やっぱり日本の魚は世界一だな! 特に築地、いや今は豊洲か、あそこに集まる魚の種類と鮮度は世界一だ」
とらさんの目が輝く。
「マグロの解体ショーなんて、外国人観光客に大人気だしな」
「日本の漁師の技術も世界一ですよね」
安谷くんが言う。
「そうだ! 魚を傷つけずに捕る技術、魚を生かしたまま運ぶ技術、どれも日本の誇りだ」
かすみさんは、とらさんの言葉に合わせて、小さな皿を出した。
「こちらは、特製の刺身盛り合わせです。日本の海の幸をお楽しみください」
「おお! これは素晴らしい!」
とらさんが感激した様子で箸を伸ばす。
五人のふるさと自慢を聞きながら、かすみさんは幸せそうに微笑んだ。
「みなさんの故郷への愛を感じました。日本って本当に素晴らしい国ですね」
その言葉に、全員が頷いた。店内には、郷愁と誇りが入り混じった温かな空気が流れていた。
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