5-1

「オア、お待たせ」

 ワンピース姿の結歌が駆けてくる。

「遅くなって、ごめんなさいね」

「いえ」

 オアの告白から数日後、二人は街を歩いていた。人通りは多いが、道行く人間達がオアを気にする様子はない。

「この先よ」

 人ごみの中、二人は大きな鳥居を目指す。

「ここ、前から来たいと思ってたの。付き合ってくれてありがとう」

「いえ」

 鳥居の前で一礼し、境内に入る。繁華街の中とは思えない、緑豊かな景色が二人を迎えた。

「こういった場所には、初めて来ました」

 オアが辺りを見回しながら言う。

「私も初めてよ」

 結歌が返した。

「ここに祀られているのは、元は神様じゃないらしいの。でも、こうして祀って残り続けているのよね。人間の信仰心って、面白いわ」

「信仰心は、自分には理解が難しい現象です」

「現象……面白い言葉選びをするのね」

 結歌は笑うが、オアには何が面白いのか分からない。

「自分は、結歌さんを笑わせるつもりは無かったのですが」

「そうね。私が勝手に面白いと思っただけだから、気にしないで」

「承知しました」

 しばらく砂利道を進んでいくと、目の前に大きな社が現れた。

「立派ねぇ」

「そうですね」

 結歌は、鞄の中から財布を出す。

「五円玉を用意してきたの。こういう所では、やっぱり現金を使いたいわ。はい、オア」

 金色の小銭を差し出され、オアは戸惑う。

「自分は、自分のお金を持っていません」

「いいの。これは私の趣味だから。それに、あなたには渡すだけで、お金自体はここの御祭神に払うのよ」

「なるほど」

 オアは五円玉を受け取る。

「神様へのご挨拶って、どうするんだったかしら?」

「ええと……」

 オアは自分をインターネットに繋ぎ、検索をかける。

「二礼二拍手一礼、だそうです」

 周りを見ると、それらしき動作をしている人達がいた。

 二人も見よう見まねで参拝し、社を後にする。

「何だか不思議な気分だわ」

 鳥居へ帰る砂利道で、結歌が言う。

「私は神様を信じている訳じゃないけど、心の中には信仰心があるのかもしれないわね」

「……よく分かりません」

「そうね、これは人間にも難しいかもしれないわ」

 そんな話をしながら、鳥居をくぐり、来た道を戻る。

「今日はありがとう。楽しかったわ」

「お役に立てれば幸いです」

 大学まで結歌に送り届けてもらい、オアは校門で彼女と別れる。

「またね、オア」

「はい」

 街に紛れていく結歌の背中を見届け、オアは研究室に戻る。

「おかえりオア。デートはどうだったね?」

 部屋にいたアヌがオアに聞く。

「はい。大学の校門前で待ち合わせをして、歩いて……」

「違うね」

 アヌは笑う。

「どうだったって、感想を聞いてるんだね。行動じゃあないんだね」

「感想、ですか……?」

 オアはしばらく考えてから、声を発した。

「結歌さんは、『楽しかった』と言っていました。それは自分も賛成です。ただ……」

「ただ?」

「今はなぜか『寂しい』と思っています。さっきまで『楽しかった』はずなのに」

「おぉ!」

 アヌは目を輝かせる。

「立派に恋愛してるじゃないかね! すごいね!」

「すごいのですか?」

「うむ!」

 そして、一気に肩を落とした。

「……でも学会発表はしちゃいけないって、天宮先生の遺言だからね。もどかしいねぇ」

 悩む自分の持ち主の横で、オアは「立派に恋愛してる」の意味を考えるのだった。

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