4-1

 目を開けると持ち主がいた。

 オアはその顔に、カメラの焦点を合わせる。

「お、おっはよー」

「おはようございます、アヌさん」

 梁の葬儀が終わった後、オアは梁の勤務していた大学に引き取られた。梁の教え子である太田アヌという助教授に、所有権が渡されたらしい。

「今日も元気そうで、何よりだね」

「ありがとうございます」

 オアは、この大学でアヌの仕事を支えながら、日々を過ごしていた。

「お手伝いできる事はありますか」

「うむ。そこの棚の中をだね、何とかしなきゃと思ってるんだが、時間が無くてね。とりあえず、何とかしてほしいんだね」

「承知しました」

 夜、アヌの研究室で充電をし、彼女が出勤してくる時間に電源を入れる。昼から夕方まで動き、そして夜はまたスリープモードに入る。

 そんな暮らしは充実していたし、オアには「楽しい」ものだった。

「棚の中を整理してみました。よろしいでしょうか?」

「うん、ありがとうだね」

「お役に立てれば幸いです」

 ドアがノックされ、一人の大学院生が入って来る。

「先生、今お時間よろしいでしょうか」

 この大学の大学院で心理学を学ぶ、北野結歌だ。

 彼女を見た途端、オア電子回路に電流が走った。明るい感情の波が身体中をめぐり、人間だったら頬の紅潮と心拍数の上昇が見られるところだ。

「こんにちは、オア。元気?」

 アヌとの用事が終わると、結歌は彼の方を向いて微笑んだ。

「自分はヒューマノイドです。元気という概念は、当てはまらないかと」

 オアが言うと、結歌はくすくす笑う。

「そうかもしれないわね」

 何故かは分からなかったが、オアは結歌を見るたびに、エラーを起こしそうになっていた。理由は異常な電流が身体を駆けめぐるせいだが、その電流の訳を彼は知らなかった。

 しかし、これは深刻な問題だ。もし実際にエラーを起こしたら、不具合が起こるかもしれない。

「アヌさん」

 結歌が部屋を出た後、オアは持ち主に自分の状態を報告する。

「おやおや、それは困ったね」

 言葉とは裏腹に、アヌの表情は緩んでいる。

「それは多分、『恋』っていう現象だね。面白いね」

「『恋』? これがですか……?」

「うむうむ。人間に恋をするヒューマノイドなんて、最高だね」

 アヌは目を輝かせ、オアを見やる。

「君は、本当に面白いヒューマノイドだね。学会発表したいところだけどね、天宮先生から、オアの事はなるべく秘匿しろって言われてるからね……ジレンマだね……」

 むうぅ、とアヌは頭を抱える。

 それを横目に、オアはこの不思議な感情のやり場に「困って」いた。

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